物価上昇率を上回る水準で賃金が上昇した現役世代に比べ、「マクロ経済スライド」によって年金水準が引き下げられている高齢者は、物価高による大きな影響を受けています。ニッセイ基礎研究所の坊美生子氏が、物価高に対する高齢者の意識や影響の大きさについて分析します。

1―はじめに

歴史的な物価高と人手不足を受けて、今年の春闘では企業側の満額回答が相次ぎ、労働組合の中央組織・連合によると、5月8日までに企業側から回答を得た労組の平均賃上げ率は、前年を上回る3.67%(加重平均)となった1

連合によると、比較可能な2013年以降、最も高い数値だという。これに対し、物価上昇の水準はどうだったかと言うと、2022年平均の総務省消費者物価指数(総合)は前年比2.5%上昇だった。連合では、賃上げ率のうち約2%は定期昇給分で、残りがベースアップ分とされているが、いずれにせよ、働く人から見れば、賃金の上昇率が前年の物価上昇率を上回っており、物価高による家計負担が緩和される家庭が多いと考えられる(図表1)。

一方で、賃上げの恩恵が小さい高齢者の暮らしはどうかと言うと、厚生労働省によると、2023年度の年金改定では、年金額が3年ぶりの引き上げとなったものの、67歳以下は前年度比2.2%、68歳以上は同1.9%の引き上げにとどまった2

つまり、年金暮らしの高齢者にとっては、前年の物価上昇率を年金改定によって吸収できない状況である。年金改定は、物価と賃金の変化を反映する仕組みになっているが、年金財政健全化のために、現在は、年金水準を段階的に引き下げる「マクロ経済スライド」という措置が実施されているためである3

そこで本稿では改めて、物価高の高齢者への影響の大きさや意識をみるために、ニッセイ基礎研究所が今年3月29~31日に20~74歳の男女2,398人を対象に実施したインターネット調査「第12回新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」の結果を基に状況をまとめる。


1 連合プレスリリース(2023年5月10日)。 2 厚生労働プレスリリース(2023年1月20日)。 3 中嶋邦夫(2023)「2023年度の年金額(確定値)は、67歳までは2.2%増、68歳からは1.9%増だが、実質的には目減り-年金額改定の仕組み・確定値・注目ポイント」(基礎研レポート)

2―物価高の高齢者への影響

2-1| 物価高の家計への影響 まず、ニッセイ基礎研究所「第12回新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」から、物価高の家計への影響についてみていきたい(図表2)。「とても影響がある」との回答は、高齢者では43.7%、非高齢者(20歳から64歳まで)では42.1%、全体では42.4%であり、年齢層による違いは見られなかった。「やや影響がある」は高齢者は43.7%、非高齢者は37.1%、全体は38.4%で、高齢者は全体よりも有意に高かった。

2-2| 物価高の影響が大きい項目 物価高は幅広い範囲に及んでいるが、何の商品・サービスによって、物価上昇の影響を感じたかについて尋ねたもの(複数選択)が図表3である。高齢者で選択割合が多かった1位は「食料」92.7%、2位は「電気代・ガス代」(91.9%)でいずれも約9割に上った。日常生活に不可欠な食料や光熱費の値上げが、高齢者世帯の家計を圧迫していることを示した。

ここで、普段の高齢者の消費生活の特徴を見るために、総務省「全国家計構造調査(2019年)」から、世帯主の年齢階級別に、全消費支出に占める支出割合が大きい上位10項目を、筆者がランキングしたもの(図表4)を参照する。

これによると、「一般外食」の順位は、「30歳未満」から「60~69歳」までは4位以内であるのに対し、「70~79歳」と「80歳以上」では9位に下がっている。それとは対照的に、「野菜・海藻」が60歳代以下ではランク外だったのに対し、「70~79歳」では7位、「80歳以上」では6位に入っている。

つまり、高齢層では若年・中年層に比べて外食の支出割合が小さい代わりに、自炊のための生鮮食品への支出割合が大きいと言える。普段からこのようなライフスタイルであるために、食料品の値上げは、若年・中年層よりも、高齢層の家計への影響が大きいと言える。 同様に、支出割合ランキング(図表4)では、「電気代」も「60~69歳」では7位、「70~79歳」では5位と、若年・中年層(9~10位)に比べて順位が高くなっており、電気料金の値上げは高齢層への打撃が大きいことが分かる。

因みに「80歳以上」では「電気代」は3位と全年齢階級の中で最も高くなっている。ニッセイ基礎研究所の調査(図表3)は対象年齢を74歳までとしているが、後期高齢者の世帯に限れば、電気料金の高騰は、本調査の結果以上に家計を圧迫している可能性がある。

図表3に戻ると、高齢者が物価高を感じている項目の3位は「ガソリン代」(57.3%)である。支出割合ランキング(図表4)でも、ガソリン代を含む「自動車等維持費」は「60~69歳」「70~79歳」では1位、2位と順位が高く、高齢者の家計への影響が大きいことが分かる。コロナ禍以降、高齢者は公共交通を避けてマイカーを利用することが増えた影響もあると考えられる4

逆に、支出割合ランキング(図表4)では、住宅の修繕工事を含む「工事その他のサービス」が60~69歳では9位、70~79歳では4位に入っているのに、ニッセイ基礎研究所の調査(図表3)では「住居の設備・修繕」は6.9%と選択割合が小さい。物価高の状況で、高齢者世帯のなかには、住宅の修繕が必要な状態になっても、実施を先延ばしにしているケースもあるかもしれない。

2-3| 物価高への防衛策

次に、物価高への防衛策について、複数回答方式で聞いた結果が図表5である。最も大きかったのは「節電を心がける」(66.9%)で、全体(50.7%)より有意に高かった。すぐに取り組みやすい手段であることや、2-2|でみた、家計への影響の大きさの裏返しだと考えられる。

2位は「できるだけ不要なものは買わない」(63.0%)で、全体(52.4%)よりも有意に高かった。その他にも、「外食を減らす」(31.7%)、「洋服や装飾品を買い控える」(27.6%)、「旅行やレジャーなどの娯楽費用を減らす」(23.9%)なども全体より有意に高い数値となっており、高齢者には、ぜいたく品はできるだけ買い控える動きが強いことが分かる。

生活必需品についても「特売日やセールで買うようにする」が全体より大きく、割安に入手するよう努めていることが分かる。

また「できるだけ長く使えるものは使い続ける」も全体より有意に高い18.1%で、単に節約するだけではなく、ものを大事に使う「始末する」という姿勢が伺える。「貯蓄や投資を切り崩す」は14.4%だった。

全体(10.3%)と有意な差は無かったが、物価高が続けば、勤労収入の少ない高齢者の資産が目減りを続け、暮らしはより厳しくなっていく可能性がある。

 

2-4| 値上げに対する考え方 次に、値上げに関し、メーカーなどへの要望や、政府や自治体の対応についての考え方を尋ねて(複数回答)、「そう思う」と「ややそう思う」の合計が多い順に並べたものが図表6である。 まず、選択肢のうち大部分について、高齢者は全体に比べて「そう思う」「ややそう思う」と回答した比率が有意に高く、値上げに関する意見や要望が強いことが分かった。2-1|で述べたように、高齢者は値上げを実感している人の割合が高く、値上げに対してより敏感になっていると言える。 具体的な結果を見ると、トップが「今後、製造コストが下がった際は、きちんと値下げをして欲しい」(91.1%)だった他、「企業の不当な値上げや売り惜しみの監視が必要だ」(81.8%)、「値上げの際は、時期や理由などを十分に説明して欲しい」(79.2%)、「適切にコスト増を価格転嫁できているかの監視が必要だ」(78.4%)、「行政側からも企業の商品やサービスの値上げに関わる情報の提供が必要だ」(75.4%)など、値上げに関して企業側に説明責任や情報提供を求めたり、第三者に監視や管理を求めたりする項目が、軒並み8~9割と選択割合が高かった。 一方で、「品質は多少落ちても良いので、値上げはしないで欲しい」(25%)は選択割合が小さいことなどから、コスト高を背景とする値上げの動き自体は「やむなし」と捉えているものの、妥当な範囲と適切な方法で実施されるように求めている高齢者が多いことが伺える。 それと同時に、政府などによる家計への支援策への要望も多かった。最も選択割合が大きかったのは「電気代やガス代などの価格を抑制するような取り組みが必要だ」(84.0%)だった。2-2|で述べたように、光熱費の高騰は高齢層には強い圧迫となっていることを再び示す結果となった。6月からは、東京電力など大手7社が一部の電気料金引き上げを実施しており5、このような要望が一層、強まると予想される。 また、「公的年金は物価上昇を吸収できる水準への引き上げが必要だ」も74%となり、年金収入の増額への要望も強かった。その他、「所得税控除枠の拡大など、税制改正による負担軽減策の検討が必要だ」(71.8%)、「生活困窮世帯だけでなく一般世帯にも給付金が必要だ」(61.6%)も過半数に上った。「子育て世帯には優先的に給付金が必要だ」(51.5%)は全体(42.6%)よりも有意に高く、高齢者が子育て支援や少子化対策への意識が高いことも分かった。

2-5| 商品・サービスを選ぶ上で優先すること このような物価高の状況で、高齢者が今後1年間に、商品やサービスを選ぶ上で優先することを尋ね(複数選択)、選択割合が多い順に並べたものが図表7である。 歴史的な物価高の状況で、20~64歳の非高齢者では「価格の安さ」(49.1%)がトップだったのに対し、高齢者においてはトップ2が「信頼性・安全性の高さ」(64.3%)と「長く使えること」(60.5%)となった他、「質の高さ」も約5割に上るなど、商品・サービスへの「質」を優先する意識が上回った。質が良くてしっかりしたものを選び、長く使った方が、長い目で見ると得だ、というような考え方が伺える。言ってみれば、消費に対する時間軸が若年・中年層よりも長いと言える。逆に言うと、モノを買い替える頻度が若年・中年層に比べて低いと見ることもできるだろう。 一方で、商品・サービスを選択する上で優先することとして、「価格の安さ」も過半数が選択しており、現時点における家計への影響をなるべく抑えようという意識も伺える。 また、「健康に良いものであること」も半数(48.7%)に上り、非高齢者(22.5%)より20ポイント以上高かった。「地球環境や持続可能性への配慮があること」(21.2%)も非高齢者(8%)より高く、節電に関する筆者の既出レポート6で述べたことと同様に、高齢層の方が環境意識が高いことを示していた。

3―終わりに

冒頭に述べたように、今春から、事前の予想を上回る企業の賃上げが次々と伝えられ、注目を集めている。現役世代の中には、物価高の影響が吸収される世帯も多いのではないだろうか。

勿論、非正規雇用や中小・零細企業で働く人の中には、企業側から賃上げ回答を得られていない人もいると思うが、この後、厚生労働省の審議会で最低賃金が引き上げられる可能性はある。

一方、高齢者のうち勤労収入が無い世帯にとっては、今年度の年金の引き上げ幅が物価上昇幅を下回っているため、4月以降も家計への影響が続いていると見られる。報道では、物価高で生活が圧迫されて、多くの高齢者が職探しに乗り出しているという事例も伝えられているが7 、健康状態が悪ければ、それができないという高齢者も多いのではないだろうか。

本稿で述べてきた物価高の高齢者への影響をまとめると、高齢者の方が、64歳以下の非高齢者に比べて、物価高の影響がより大きく、特に食料価格や光熱費の上昇が圧迫要因となっている。

高齢者世帯では、もともと生鮮食品や光熱費への支出割合が大きいため、このような品目の値上げが暮らしを直撃していると言える。防衛策としては、節電や買い控え等の節約に加えて、ものを長く使うなど、長い目で見て出費を抑える姿勢が伺えた。貯蓄の取り崩しも1割を超えた。

値上げの動きについては、それ自体に反対というよりは、値上げが妥当な範囲かつ適切な方法で行われるように、企業や第三者に説明責任や監視を求める声が大きかった。

コスト高を背景とする値上げについては、「やむなし」という意識が芽生えている一方で、家計の負担増は事実であるため、負担軽減のために、光熱費を抑制する取り組みなどの家計支援策を求めていると見られる。年金引き上げが物価高に追い付かない現状では、今後も高齢者の暮らしの実態を注視していく必要があるだろう。

このような状況で、高齢者にどのような商品・サービスが受け入れられるかというと、高齢者は、購入時の価格以上に、信頼性や安全性、耐久性など「質」への優先意識が強い。

「良いものを長く使う」ことによって余計な出費を抑えるというような、長い目で見た「賢い消費」を心がけている姿勢が伺える。若年・中年層に比べて長い時間軸で消費行動を判断していると言える。

また、老化していく中で、健康に良いものは、優先度が高いことも改めて分かった。高齢者市場においては、このような意識に応えていくことが重要だろう。


7 北海道新聞2023年5月29日朝刊。

(写真はイメージです/PIXTA)