新開場十周年を迎える歌舞伎座の7月公演は「七月大歌舞伎」(7月3日初日~28日千穐楽)が、昼夜二部制にて開催。夜の部で上演される『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』は、江戸時代に活躍した才人、平賀源内が「福内鬼外(ふくうちきがい)」という筆名で書いた義太夫狂言の傑作だ。極悪非道な父頓兵衛と、愛しい人を命懸けで守ろうとする娘お舟の姿が対照的に描かれる。渡し守頓兵衛を勤める市川男女蔵、娘お舟を演じる中村児太郎が取材に応じ、それぞれ初役となる本公演への意気込みを語った。

市川男女蔵

男女蔵にとって、頓兵衛は初役ながら、今年4月に亡くなった父・四代目市川左團次が何度となく演じてきた役どころだけに、思い入れは格別。生前「あまり小細工するな」とアドバイスもあったといい、「心の中では、四代目左團次の頓兵衛が一番好きですが、こだわりすぎずに自分の頓兵衛を作っていければ」と抱負を語った。

お舟役に関しては、児太郎の父・九代目中村福助も演じており「平成10(1998)年の大阪松竹座が最後だったと思いますが、僕が見た記憶がなくて」(児太郎)。本公演のビジュアル撮影時には、福助も立ち会ったといい「ひとりの男性に惚れる気持ちを大事に、信念を持って勤めるよう言ってもらった。父が大事にしていたものを、少しでも体現できれば」とこちらも父からのアドバイスを胸に、初役に臨む所存だ。

中村児太郎

共演も数多い両名だけに、「一緒に舞台に立ち、同じ空気を吸っていますから、やはり相性がいい。僕は児太郎さん、大好きですね。毎日切磋琢磨していければ」(男女蔵)、「お優しいので、自分がお芝居しやすいようにしてくださるし、息や間合いも、ものすごく相性はいいのかなと。お兄さんの胸を借りて、一所懸命勤められれば」(児太郎)と揺るぎない信頼関係を見せた。

役どころについて、男女蔵は「敵役だからこそ、何か事情があって悪さをしてしまうが、根っから100パーセント悪い人ではないということ。歌舞伎に限って言えば、本当の悪人では品位がなくなってしまう」と説明。児太郎は「女方が主役を勤める数少ない演目。出たら出ずっぱりで、最初から最後まで舞台を守り続けるし、言葉だけで黙らせるお舟をお見せしないといけない」と決意を新たにしていた。

「七月大歌舞伎」『神霊矢口渡』特別ビジュアル
『神霊矢口渡』娘お舟=中村児太郎(令和5年7月歌舞伎座)(C)松竹

<『神霊矢口渡』あらすじ>
六郷川の矢口の渡し。渡し守の頓兵衛は、先の足利と新田の争いで、褒美の金欲しさに新田義興の命を奪った強欲者。ある日、義興の弟義峰が、恋人の傾城うてなと一夜の宿を乞いに偶然にも頓兵衛の家を訪れた。頓兵衛の娘のお舟は、気品あふれる義峰にひと目惚れ。一方、義峰の素性を知った頓兵衛は、再び金目当てにその命を狙う。

取材・文:内田涼

<公演情報>
歌舞伎座新開場十周年
「七月大歌舞伎

2023年7月3日(月)~28日(金)
【休演】10日(月)、19日(水)

昼の部11:00~
三代猿之助四十八撰の内
通し狂言『菊宴月白浪』

夜の部16:00~
一、『神霊矢口渡』
二、『神明恵和合取組 め組の喧嘩』
三、新歌舞伎十八番の内『鎌倉八幡宮静の法楽舞』

会場:東京・歌舞伎座

左から)中村児太郎、市川男女蔵