ウクライナ軍は、ロシア軍との各正面の戦闘において高性能の兵器を使用して、反転攻勢を有利に進めている。

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 そして、勝利することを追求している。

 一方、ロシア軍は約6か月もの周到な準備と重点正面に戦力を集中して戦い、直ちに後退することなく、陣地線で抵抗している。

 周到に準備している防御部隊に対する攻撃では、兵器の性能を生かして戦うことも必要だが、作戦戦術を駆使して勝利を追求することが重要であり、最も求められる。

反転攻勢:ロシア軍伝統のキル・ゾーン戦法、むなしく木っ端微塵に』(2023年6月14日 JBpress)では、①ウクライナ軍のここ数か月の戦い方と両軍の戦い方への影響について述べた。

 本稿では、②現在実行している作戦戦術、③今後ロシア軍を撃破するための作戦戦術について考察する

1.現在進行中の作戦と戦術

 ウクライナ軍は、バフムトからルハンシク攻撃軸、ドネツク南西からマリウポリ方向への攻撃軸、ザポリージャからメリトポリ方向への攻撃軸の攻勢作戦を開始したようだ。

 そして、それぞれの正面では第1防衛線の一部が突破され、いくつかの村落を奪回した小さな成果がある。

 ロシア軍は、陣地防御や局地的反撃を行って強固に抵抗している。現段階では、ハルキウ軸、へルソン軸からの攻撃は行われてはいない。

ウクライナ軍反転攻勢の攻撃軸

(図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイトでお読みください)

 現在の反転攻勢で、新たに編成された9個旅団のすべてが投入されているわけではいない。

 現在、バフムト軸、ドネツク南西軸、ザポリージャ軸のどれにも、多くの部隊は投入せず、楔を強く打ち込んではいない。

 戦力の一部に攻撃をさせて、ロシア軍の脆弱な間隙を探しているように見える。

 このため、現段階でのそれぞれの作戦が地上軍の本格的な反転攻勢なのか、主攻撃正面を秘匿するための陽動作戦なのか、ロシア軍の弱点部分を探る「試し攻撃(予備攻撃)」なのかという視点で、戦況の推移を見ていきたい。

 特に、3正面同時攻撃か、主攻撃正面はどこか、各正面の戦果を判断して主攻撃正面を決定するのか。

 あるいは、主攻撃正面の作戦に寄与する奇襲攻撃があるのか、これまで反転攻勢を開始していない攻撃軸で後日開始するのか。

 これらを見ていかなければ、戦いの実態は分からない。

2.ロシア地上軍を撃破するための作戦戦術

 ウクライナ軍の反転攻勢は、主に3つの攻撃軸から始まった。

 今後の戦況を予測するために、ウクライナ軍によるロシア軍を撃破して、領土を奪回する作戦戦術を考察する。

 その作戦戦術には、

①3つの正面同時攻撃(攻撃する3つの軸のうち、重点を決めずに攻撃すること)か、

②ザポリージャからメリトポリ方向が主攻撃軸、または、ドネツク南西からマリウポリ方向が主攻撃軸か、

③あるいは、3つの中から攻撃が最も進展している正面を主攻撃とするか、

④それとも、3つの正面はあくまで予備作戦(試し攻撃)であり、時期を遅らせてへルソンから渡河攻撃するなどの案がある。

 最終的には、すべての正面から攻撃を実施し、侵攻したロシア軍を撃破して、クリミア半島を含むすべての領土を奪還する行動となるであろう。

(1)現段階で、3正面同時攻撃は予備(試し)攻撃か

 ウクライナ軍の反転攻勢作戦は現在のところ、

①バフムトの包囲殲滅からリシチャンスクおよびルハンシクを目標としたバフムトの南北からの攻撃

②恐らくマリウポリを目標としたドネツク南西からの攻撃

③メリトポリを目標としたザポリージャからの攻撃の3つだ。

 ウクライナ軍が、この3つの攻撃軸でどの軸に最も戦力を投入しているのか、そして最も早く攻略したいのかについては、現段階の攻撃進展状況では不明である。

 とはいえ、ドンバス地域とクリミア半島を分断するという狙いでは、ドネツク南西からマリウポリへの攻撃、ザポリージャからメリトポリ方向への攻撃の2つを優先するだろう。

 どちらを優先するかは、攻撃が順調に進み、進展速度が速い軸になるであろう。

 この3つの攻撃軸の作戦は、ロシア軍から強い抵抗を受けている。軸の中でも、地域によっては、攻撃進展が進む箇所と進まない箇所がある。

 ウクライナ軍は現段階で、新たに編成したすべの部隊を投入してはいない。

 事前に解明した情報に基づき、どの正面を重視するかは、最終的にはロシア軍の弱点を見つけ、そこから攻撃進展速度が速い攻撃軸を選定するだろう。

 現段階の3正面同時の攻撃は、ロシア地上軍の反応を探る「試し攻撃(予備攻撃)」の可能性が高い。

(2)ザポリージャやドネツク南西からの攻撃軸はロシア軍の分断が狙い

 ザポリージャからメリトポリ方向への攻撃、ドネツク南西からマリウポリ方向への攻撃は、ドンバスとクリミア半島を分断してクリミア半島ロシア軍を孤立させる狙いだ。

 特に、ザポリージャからメリトポリ方向への攻撃は、メリトポリ奪還後、直ちにクリミア半島奪還に進む。

 作戦の狙いからは、この方向の攻撃が最も優先されるものであり、ウクライナ軍は戦力の重点投入を行い、主攻撃軸となる可能性が高い。

 とはいえ、ロシア軍もこのことは十分承知しているので、3線の防御陣地を構成し、最も多くの火砲や戦車を投入している。

 ということは、ウクライナ軍はここに多くの戦力を投入し、ただ単に正面突破攻撃を行えば、成功する可能性もあるが、多くの犠牲を出すことになる。

 ウクライナにとって、多くの犠牲を出してしまうと、事後の長期の戦いができなくなるので、できれば最小限にとどめたいはずだ。

 この正面の攻撃をこのまま続行すると、大量の誘導砲弾や自爆型無人機を投入しても、損害が多数出るだろう。

 したがって、ウクライナ軍はこの正面の攻撃を成功させるために、他の正面の攻撃と連携して、ロシア軍の戦力を分散させ、奇襲作戦によって混乱させるという作戦戦術を採用するのは間違いない。

(3)ロシア軍戦力を分散させる作戦戦術

 攻撃側は、攻撃方法について主導的に実施できるが、一方、防御側は攻撃側の方法に対処せざるを得ない。

 つまり、攻者は主導的であり、防者は受動的になると言われる。

 ロシア軍は、ウクライナ軍がどこから攻撃するのか、いつ攻撃するのかが分からないために、すべての地域において、防御準備をしなければならない。

 いつ攻撃されるか分からないので、いつでも緊張を解くことはできない。

 ウクライナ軍の反転攻勢の作戦は、具体的にはどうなのか。

 ウクライナ軍は、5つの攻撃軸から反転攻勢に出る姿勢を示している。

 ロシア義勇軍などの反ロシア政府の組織がウクライナに接するロシア領土への攻撃を行った。

 これらは、ロシア軍の戦力をウクライナ軍主攻撃正面に戦力を集中させないで、各地に分散させる作戦戦術だ。

 ロシア軍が分散して展開すればするほど、ロシア軍の防御陣地は薄くなり、ウクライナ軍の突破攻撃が成功する可能性が高くなる。

 一方、ロシア軍は重要正面に戦力を集中させ、ウクライナ軍の地上攻撃に突破されないようにしたい。

 そのため、カホフカダムを破壊して洪水を起こし、へルソン正面からの攻撃ができないようにし、ウクライナ軍の攻撃正面幅を小さくした。

 両軍とも、長所を追求し、短所を無くすように努力している。これが命懸けの戦いなのである。

(4)へルソンから渡河攻撃はロシア軍を混乱させる

 へルソンからのドニエプル川渡河作戦は、カホフカダムが破壊されて洪水が発生したために、遅れが生じているかもしれない。

 だが、水量が減少すれば可能性はまだ残っている。

 ウクライナ軍として不幸中の幸いだったのは、渡河実施中にダムを破壊されなかったことだ。

 その理由は、激しい水流に浮橋が流されずに残っていること、戦車等部隊が水没せずに損害が出ていないこと、渡河した部隊が後続部隊と孤立して各個撃破されなかったことである。

 今後、ドニエプル川の水量が減少し、水流が弱まり、達着地の道路が使用できれば、渡河作戦は、実施できるようになるだろう。

 ウクライナ軍渡河部隊は、渡河器材の準備も完了し計画も準備もできている。いつでも開始できる態勢である。

ウクライナ軍の渡河作戦イメージ

 ロシア軍のへルソン正面の守備部隊は、ドニエプル川の氾濫で多くの被害が出ていること、また、健全な部隊はザポリージャ方面に転用されているという情報がある。

 ロシア軍は、この正面からの渡河と攻撃は「実施できない」と油断しているだろう。

 渡河作戦が成功すれば、ロシア軍のへルソン正面守備部隊は混乱する。

 さらに、ザポリージャ正面の守備部隊は、側背に脅威を受けて混乱し、ドンバス地方かクリミア半島方面に撤退か敗走せざるを得なくなる。

 ウクライナ軍の主攻撃軸を防御するロシア軍防御は瓦解してしまうことになる。

ザポリージャ正面の戦いとへルソン渡河奇襲攻撃の予測イメージ

3.地上作戦に連携する奇襲攻撃

 クリミア半島奪回前に、ウクライナが必ず達成したい目標は、ザポリージャ正面からメリトポリ方向に攻撃、ドネツク南西正面からマリウポリ方向に攻撃し、ドンバス地方とクリミアを分断(分断作戦)することだ。

 前述したように、この正面からの攻撃はロシア軍が半年をかけて防御準備を行った地域に対する攻撃であることから、大きな損失が出ることが予想される。

 米欧から供与された兵器だけでは、確実に勝利することは難しい。

 そこで、分断作戦を成功させるために、これらに連携する奇襲攻撃が必ず必要だ。奇襲攻撃が成功すれば、各種方面の反転攻勢作戦が、短期間に進む。

 具体的には、へルソン正面からの渡河作戦が、奇襲攻撃の一つである。

 そのほかにも、多種多様な奇襲作戦を絡めてくるだろう。

 空挺・ヘリボーン攻撃、海上からの特殊部隊の上陸作戦を時期を捉えて実行、パルチザンの情報と連携した長射程ミサイル『ストーム・シャドウ』による策源地、指揮所、クリミア大橋の破壊、パルチザンによるロシア軍後方地域への攻撃などがある。

 HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System=高機動ロケット砲システム)、誘導砲弾およびストーム・シャドウミサイルによって、ロシア軍の火砲や防空ミサイルの破壊も、継続的に実施される。ロシア軍にとっては、大きな痛みを生ずるだろう。

4.ロシア軍防御は弱いところから総崩れ

 ウクライナ軍がどの方向からの攻撃を最重点にするかは、ロシア地上軍の反応あるいはロシア弱点が判明してから決定しようとしているようだ。

 したがって、これまでの攻撃は、欺偏陽動作戦なのかもしれない。

 このようなやり方は、机上ではできるが、実際の部隊運用には、実行することができないというのが通説ではある。

 しかし、ウクライナ軍の機動作戦は、その通説を覆すだろう。

 ウクライナは、ここで多くの兵器や兵員の損害を出せば、占拠された地域を奪回できないどころか、再びロシア軍の反攻を招いてしまう。

 今は、「F-16戦闘機の支援も得られていない。

 ウクライナは、失敗は許されない。今が正念場である。絶対に勝利しなければならない反転攻勢だ。

 領土は奪還したものの多くの損害を出してしまったのでは、将来、長期間戦うことはできなくなるのだ。

 地上の分断作戦を絶対に成功させることが、クリミア半島奪回の前提だ。

 マリウポリとメリトポリ方面への攻撃は、脆弱なところを見つけて、そこに戦力を集中して攻撃するだろう。

 また、ロシア軍の防御を早期に瓦解させるために、あらゆる奇襲攻撃と連携するだろう。

 ウクライナ軍の反転攻勢作戦は、近代戦史に深く刻まれる作戦になるであろう。

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