韓国政界であたかも支持率獲得のための“伝家の宝刀”のごとく扱われてきた「反日扇動」が、最近の日韓関係改善や韓国若年層の意識変化により、次第にその神通力を失ってきているようだ。

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 それを如実に表しているのが、韓国国会における第一党である「共に民主党」が主導している福島原発処理水の放流に対する反対デモが思ったほどの効果を発揮していないという事実だ。先頭に立って大衆を扇動しようとしている李在明(イ・ジェミョン)代表は、ついに中国に救いの手を求めたが、その行動が今度は韓国の激しい「反中世論」を巻き起こし、むしろ痛手を被る事態となっている。

 共に民主党にはここ最近、いい話がまるでない。李在明代表の各種不正疑惑、庶民派政治家を自任した若手議員の怪しい仮想通貨投資、党代表選出過程での金銭選挙疑惑など、金銭が絡んだスキャンダルが絶えない。

 その共に民主党が現在最も力を注いでいるのが、福島第一原発の処理水放出問題だ。福島原発処理水の海洋放出を、「尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権と与党の外交失策」として追及し、数多の金権スキャンダルで悪化した世論を覆そうという戦略だ。

根拠なき煽り文句に国民が反発

 共に民主党5月26日、「福島汚染水海洋投棄および水産物輸入反対国民署名運動発足式」を実施し、党代表が議員や党員を率いて全国を回り反対集会を開催する一方、街頭やインターネットで国民に署名を求める活動を展開している。共に民主党は、福島原発処理水を「核廃棄物」、福島原発処理水の放流を「核テロ」に例えて、「共に使っている井戸に毒物を入れた」などの刺激的なフレーズで韓国国民の恐怖心を煽りに煽っている。

 しかし、科学に基づかず、恐怖心を刺激する民主党のこのような主張は、韓国国民はもとより民主党内からもあまり共感を得ていない。

 6月3日、釜山のチャガルチ水産市場で開かれた集会に参加した民主党議員はたった7人だけという有様だったし、「怪談を広めて商売を台無しにしている」というチャガルチ市場の商人たちの抗議を受ける場面もあった。それだけではない。

 ある漁業団体は「(処理水が)韓国の東海(註:日本海のこと)に流入するのに5カ月かかる」「放射性物質は重いので沈んでも海洋生態系食物連鎖に浸透する恐れがある」等の科学的に検証されない主張を展開したソウル大学原子工学科の名誉教授を「国民不安を煽り水産業者に打撃を与えている」として警察に告発した。

国民の心の底にフェイクニュースに踊らされた記憶

 民主党の主張がいまだに韓国国民から大きな共感を得ていないのは、過去の狂牛病BSE牛海綿状脳症)扇動とTHAAD電磁波扇動から派生した「フェイクニュースに対する学習効果」のおかげだろう。

 2008年の狂牛病デモは、李明博(イ・ミョンバク)政府が米韓FTA締結のために米国産牛肉に対する全面輸入方針を発表したことで、民主労総など市民団体の主導下で行われた「米国産牛肉輸入反対運動」だ。03年、米国内で牛海綿状脳症牛が発見されて以来、米国産牛肉の輸入が中断されていた韓国では、米国産牛肉の輸入再開に対する反対世論が巻き起こった。

 特にインターネット上では「狂牛病にかかった米国産牛を食べると、脳にスポンジのように穴が開き、四肢が麻痺して苦しみながら死に至る」「牛を原料とする化粧品を使っても狂牛病にかかる」「韓国人の95%が狂牛病に脆弱な遺伝子を持っている」などの未確認怪談が広がり、中高校生やベビーカーを押した主婦層までが大挙してデモに参加し、2カ月以上も過激な抗議活動が展開された。

 ところが現在の韓国ときたら、米国産牛肉の最大輸入国となっている。国民を刺激した情報のほとんどが“デマ”だったことに気づいたからだ。

 朴槿恵大統領時代には、THAAD電磁波に対する怪談がインターネットを熱くした。2016年朴槿恵政権がTHAAD(高高度ミサイル防衛システム)の韓国配備を発表すると、民主党と市民団体が強く反発し、THAAD反対の共同前線を構築した。

 その際に「THAAD電磁波が、近隣住民の身体内部の水分を過熱し、やけどを負わせる」「THAAD電磁波は奇形児出産・不妊・がん・脳腫瘍白血病などを誘発し、突然変異の生物出現、農産物被害の恐れがある」などの怪談などが流布された。おかげでTHAAD基地が配置された星州産マクワウリの価格が暴落するなど経済的な被害を受けた人々も多かった。しかしこれも科学的根拠のないフェイクニュースであることが後ほど明らかになった。

中国のトリチウムには沈黙、その50分の1の福島原発処理水のトリチウムに盛大に噛みつく

 韓国与党の「国民の力」によると、福島原発処理水に対する反対デモには、かつて狂牛病デモを主導した195個の市民団体が参加している。文在寅ムン・ジェイン)政権時代、政府や与党の間違いには一言も反論できなかった市民団体が、尹錫悦政権に変わった途端に、民主党と一体化しながら「反政府・反日闘争」の先頭に立っている。

 しかも、韓国の西海(註:黄海のこと)上に配置された中国の55基の原発からは福島原発処理水の50倍近いトリチウムが放出されているが、韓国の環境団体や市民団体が中国の原発水に問題提起をしたことがないということも、韓国国民の間で市民団体の主張に対する信頼性を失わせている。

 市民団体の影響力が著しく低下している中、李在明代表が救いの手を求めた相手が中国だった。8日、李代表は福島原発処理水問題の協力などについて話し合うとして、YouTubeの生中継チームを引き連れて在韓中国大使公邸に邢海明・駐韓中国大使を訪れた。国際社会に多大な影響力を持つ中国を引き込み、尹錫悦政権の外交失政を浮き彫りにしようという目論見だったが、この「行幸」はむしろ韓国民の公憤を招き、逆効果をもたらしたと言えよう。

中国大使の「訓示」をかしこまって傾聴

 大使公邸で李代表を迎えた邢海明大使は、準備していた原稿を取り出して15分間、韓国政府に対する悪口と脅迫を吐き出した。

「中韓関係の困難に対する責任は中国にはない」

「断言できるのは、中国の敗北に賭けると後で必ず後悔するという点だ」

「韓国が中国に順応すれば、中国経済成長のボーナスを持続的に享受できるだろう」

習近平主席指導の下で中国夢という偉大な夢を叶えようとする確固たる意志が分からなければ、机上の空論に過ぎない」

 この15分間の傲慢な「訓示」は共に民主党のYouTubeチャンネルを通じて韓国国民に生中継された。邢海明大使の前で丁寧に両手を合わせて慎ましやかな姿勢で傾聴している李代表の姿と、熱心に訓示をメモしている民主党議員たちの姿に韓国国民は屈辱感さえ覚えた。

 常日頃から民主党の機関紙のような役割を担っている『ハンギョレ』さえ、「野党代表が一国の大使官邸を直接訪ねたのは格に合わず、これを党のYouTubeチャンネルで生中継したことは外交を政治的に活用しようとしたという批判を避けられない」とし、李代表の行動が「全て不適切だった」と批判したほどだ。

 この会合は、険悪化している中韓関係をさらに悪化させたという点でも長らく記憶されるだろう。

若い世代ほど「反中で親日」

 9日、韓国外交部が邢海明大使を呼び出し、「挑発的言動を慎むように」と注意すると、翌日中国も鄭在浩(チョン・ジェホ)韓国大使を呼び出し、「中韓関係について韓国は深く反省しなければならない」と警告するなど、両国の感情的溝が深まっている。

 中韓関係悪化とともに両国の国民の感情も悪化している。世論調査機関である「韓国リサーチ」が4月に発表した「韓国人の周辺国好感度」によると、韓国人は米国に対する好感度が最も高く、次いで日本、北朝鮮ロシア、中国の順になっている。特に20代と30代の中国に対する好感度は100点満点で15.1点しかなく、42.4点の日本と比べるとほぼ3分の1水準だ。他の調査でも韓国の20~30代の中国に対する否定的認識は常に80%を超えている。

 これら各種世論調査の中身を見ると、年齢が若くなるほど中国に対しては否定的で、日本に対しては肯定的な認識が高いという共通点が明らかになっており、韓国民の意識が変化していることを明確に示している。

 本格的な処理水放出が始まる7月までまだ時間は残っているが、福島問題を口実にした共に民主党の大々的な反日扇動は、意図した通りの成果を得られない可能性が高まってきた。

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