65歳から公的年金が受給できることは周知の通りです。しかし、65歳以前に「特別な年金」を受給できる人がいると、牧野FP事務所の牧野CFPはいいます。この「特別な年金」を受給するには、どんな条件があるのでしょうか。A夫妻の事例をもとに、牧野CFPが解説します。

え、どういうこと?…65歳以前に受給できる“特別な年金”

60歳で定年を迎え、現在同じ会社で再雇用されているAさん(64歳)。Aさんは、現在パートで働いている妻のBさん(63歳)と2人暮らしです。あと数ヵ月働き、Aさんが65歳になったタイミングでともに働くのを辞め、「年金生活」を始める予定です。

Aさんはある土曜日の午後、久しぶりに開かれた高校の同窓会で、同い年のCさんがすでに年金を受給していると話すのを聞きました。Aさんは、「あいつはたしか大企業に勤めていたから、定年退職後にその会社から年金をもらっているんだろう」と思いました。

しかし、その会話に加わったDさんも、「俺も年金をもらっている」と話します。Dさんは、高校卒業後ある会社に就職したのち、数年前に起業し現在は個人事業主です。

Aさんが「どうして65歳より前に年金をもらっているんだ」と聞くと、2人は“特別な年金”の存在を教えてくれました。

日本年金機構からさ、申請書届いてただろ?」

Aさんは気づいていませんでした。自身は63歳から、妻は62歳からその“特別な年金”=「特別支給の老齢厚生年金」を受給できるはずだったのです。

「特別支給の老齢厚生年金」とは

「特別支給の老齢厚生年金」は1985年、老齢厚生年金の受給開始年齢が60歳から65歳に上がったことを受けて、経過措置として設定されました。

主な受給対象者は次のとおりです。

・生年月日が、男性は1961(昭和36)年4月1日以前、女性は1966(昭和41)年4月1日以前

厚生年金の加入期間が1年以上

・老齢基礎年金(国民年金)の保険料納付済期間と、学生納付特例といった保険料免除期間などを合算した「受給資格期間」が10年以上

・下記[図表1]に示した受給開始年齢に達した人

「特別支給の老齢厚生年金」は、「比例報酬部分」と「定額部分」から支給されます。「定額部分」から段階的に受給年齢が繰下げられ、すでに2019年4月2日で男性の受給対象者すべてが65歳を超え受給期間は終了し、現在は下記図中のごく一部の女性のみが受給対象者です。

申請しないと受給不可…あてはまったら早急に申請を

見込受給額は、日本年金機構から毎年誕生月に郵送される「ねんきん定期便」か、同機構の「ねんきんネット」で確認することができます。

「報酬比例部分」の受給額は、在職中の賞与を含む平均月収と厚生年金の加入期間で計算します。なお、65歳から支給される老齢厚生年金も、この報酬比例部分と同様に計算します。

「定額部分」の受給額は、一定の料率に厚生年金の加入期間も含む国民年金加入期間を掛け合わせて算出します。65歳からのおおよその老齢基礎年金額に相当します。

「報酬比例部分※1」と「定額部分※2」の計算式は、それぞれ日本年金機構のHPを参照してください。なお、自身で計算される場合も、出た数値を過信することなく「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」の値を参考にしたほうがいいと筆者は考えます。

※1 日本年金機構「報酬比例部分」

※2 日本年金機構「定額部分」

申請するには、受給開始年齢になる3ヵ月前に、日本年金機構から、基礎年金番号、氏名、生年月日、性別、住所および年金加入記録が印字された「年金請求書(事前送付用)」と請求手続きの案内が郵送されます。

そうしたら、記載内容の確認と必要事項の記入を行い、必要な書類を取り揃えましょう。

その後、受給開始年齢に到達した誕生日の前日(「受給権発生日」という)になったら、「年金請求書(事前送付用)」と準備した書類を郵送するか、あるいは社会保険事務所の窓口に持参し、受給申請を行いましょう。

なお、この「特別支給の老齢厚生年金」に限らず、年金は申請しないと受給できません。また、「特別支給の老齢厚生年金」には、受給時期を繰下げて増額した年金を受給する制度はありません。したがって、受給権発生日になったら、早急に申請すべきです

他の年金が減る可能性も…「特別支給の老齢厚生年金」の注意点

1.時効

年金制度には、「時効」があります。年金が受給できる権利が発生して5年経つと、それ以前の年金は1ヵ月単位で、原則受給できなくなります。

これは言い換えれば、時効にかからない最大5年前までの年金であれば受給できるということです。ただし、人によっては、一度に多額の年金を受給することになり、課税の問題が生じかねません。そのため、多額の年金受給の可能性がある場合は税務署や税理士に相談することをおすすめします。

2.在職老齢年金(令和4年3月以降)

年金を受給しながら厚生年金に加入して働くと、老齢厚生年金の基本月額と総報酬月額相当額に応じて、下記のように年金が支給停止されるという「在職老齢年金制度」があります。

<「特別支給の老齢厚生年金」の場合の在職老齢年金の計算式と年金支給額

(1)基本月額:老齢厚生年金(報酬比例部分)の月額

(2)総報酬月額相当額ボーナスを含んだ1年間の給与の平均1ヵ月の金額

(1)+(2)が、

・48万円以下の場合 ……全額支給

・48万円を超える場合 ……基本月額-(基本月額+総報酬月額相当額-48万円)÷2の年金が支給

※ 詳細は日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」を参照のこと。

3.雇用保険の高齢者雇用継続給付

また、雇用保険の高齢者雇用継続給付で給付されると、在職老齢年金に加えてさらに年金が最大6%支給が停止されることがあります。詳細は、日本年金機構HPでご確認ください。

※ 日本年金機構「年金と雇用保険の高年齢雇用継続給付との調整」

間に合ってよかった…“臨時収入”にニンマリのA夫妻

A夫妻は、早速申請の準備をして社会保険事務所に行き、「特別支給の老齢厚生年金」受給の申請を済ませました。

てっきり65歳からと思っていた年金が、夫婦合わせて約206万円受給できます。思ってもみなかった臨時収入です。2人は、「なんだか申し訳ない」とニンマリし、そして、「これからはどんな郵便物も確実にチェックしよう」と誓ったそうです。

牧野 寿和

牧野FP事務所合同会社

代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)