陸上自衛隊

陸上自衛隊日野基本射撃場で3人の隊員が死傷した実弾乱射事件で、逮捕された18歳自衛官候補生の男は菊松安親1曹を狙っていたことが分かった。では、なぜ菊松1曹は狙われたのだろうか。

実際に小銃射撃訓練を何度も計画・実行してきた元第10師団幹部の筆者が明らかにしていく。


■狙われたのは弾薬交付所

菊松1曹は弾薬交付所で勤務していた弾薬係であったことが報じられている。左太ももに重傷を負った原悠介3曹も同じく弾薬係で、死亡した八代航佑3曹は待機位置にいる交代係である。

射手は射撃直前に統制のもと弾薬交付所に赴き、弾薬の交付を受ける。交代係は待機位置で箱から実弾を出させ弾倉に込めさせたり、耳栓や服装、銃に不備が無いかを確認させたりする係である。

男の供述により、交代係の八代3曹は間にいたため撃った予定ではなかったと分かっている。


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■弾薬交付所に全弾薬がある

射撃場内の弾薬は全て弾薬交付所に配置し、射場係幹部と弾薬係が管理している。射場係幹部は弾薬係と射場の通信を担う射場通信、怪我の手当をする衛生隊員の長だ。

この弾薬交付所を襲撃し占領されると、全弾薬を渡してしまう形となる。そうならないように、規則に基づいて射撃位置から離隔し、容易に接近できないように蛇腹鉄条網等で四方を囲み、障害を構成している。


■菊松1曹はなぜ狙われたのか

菊松1曹の階級から鑑み、考えられる教育隊内の役職は、(1)教育隊の班をまとめる区隊長、(2)区隊長を補佐する区隊付、(3)教育隊本部要員の3つ。

射撃のために臨時で支援しにきた隊員の可能性も少しあるが、その場合は男との接点はなく、恨みを買うことは考えにくい。

(1)教育隊の班をまとめる区隊長の場合区隊の父のような役割で、班長たちをまとめ指導し、候補生たちに対しては基本的に班長を通した間接指導となる。候補生たちの困りごとを聞いたり面談を行ったりするので、恨みは買いにくい。

(2)区隊長を補佐する区隊付の場合は父である区隊長を支える区隊の母のような存在である。(1)と同じく候補生たちに対しては基本的に間接指導、時には指導することもある程度である。当然、直接指導する初級陸曹の班長たちほどは恨みを抱くこともないはずだ。

(3)教育隊本部要員の場合は、教育隊の運営を行う管理要員である。訓練計画を作ったり、物資や武器を管理したり、新隊員では顔と名前が一致しないほど接点は少ない。捜査が進むまでは狙われた理由を断言できないのは勿論だが、教育隊に精通している筆者や周りの幹部でも首を傾げているほど、菊松1曹が狙われた理由は推測が難しい。

菊松1曹が男と指導組織上の関わりがほとんどないにも関わらず狙われたことを考えると、男は弾薬交付所を襲いたかっただけという見方もできる。


■最小限の被害で食い止めたのは不幸中の幸い

陸曹2人が亡くなってしまったのは大変悔やまれるが、弾薬交付所を占領されることなく逮捕できたのは不幸中の幸いである。もし弾薬交付所が占領されていたら、数千発の実弾が男の手に渡っていたので、考えただけでも恐ろしい。

今後自衛隊は再発防止のため、射撃実施間の射撃場の施錠や警戒、通信を確実に行い、弾薬交付所に関係隊員以外を近付けることがないように留意してもらいたい。実弾を携行している準備位置に交代係が1人しかいないのも問題だ。

また射撃場に限らず、全自衛隊施設の施錠や解錠には顔や静脈認証、ICチップなどを併用し、事故防止に全力で努めるべきである。増額した防衛予算の使い道の一つは自衛隊のDXなど、アナログな原始時代的組織体質の改善ではなかろうか。


■執筆者紹介

安丸仁史(やすまるひとし):1994年福岡生まれ、福岡育ち。防衛大学校(人文・社会科学専攻)中退後、西南学院大学文学部外国語学科卒業。 2017年陸上自衛隊に幹部候補生として入隊。

職種は普通科で、小銃小隊長や迫撃砲小隊長、通訳などを務める。元レンジャー教官。 現在は複数事業を経営。

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(取材・文/Sirabee 編集部・安丸仁史

自衛隊小銃乱射事件、菊松1曹はなぜ狙われたのか 弾薬交付所に課題か