2023年5月19日に、さまざまなアーティストへ楽曲提供やリミックスを手がける音楽プロデューサー/DJのtofubeatsの新曲「自由」のMVが公開された。

【画像】宙を舞うダンボール、車の後部座席から見た景色……どれもが3DCGを背景に使っている

 本MVは配送業者の倉庫を舞台に、tofubeats演じる配達員がさまざまな場所を巡るというもの。MVには計10ヵ所以上のロケ地が登場するが、実はこれらのシーン、全編を通して松竹傘下のミエクル株式会社が運営する「代官山メタバーススタジオ」にて「バーチャルプロダクション」という最新の映像制作手法を用いて制作されている。

 バーチャルプロダクションは「LEDウォール」と呼ばれる巨大な映像ビジョンを使用することで、リアルタイムにCG合成をおこなうことができる撮影手法だ。3DCGで作成した背景素材や実際のロケーション映像をLEDウォールに投映し、その前にいる被写体と合わせて撮影することで、実際のロケ地に赴いて撮影してきたかのような映像を制作することができる。

 これにより映像制作のフローにおいて、従来の手法では撮影後に行われていたCG合成の工程が不要になり、早い段階で完成形のイメージを持てることから、プロジェクトの効率化とクオリティアップが期待できる。またスタジオ内で撮影が完結するため、撮影日の天候・時間・ロケ地との距離といった物理的な制約に左右されなくなるメリットもある。

 くわえて、美術セットをはじめとした制作物が減るため、コスト削減のみならず廃棄資材の削減にもつながる。大規模なロケ撮影も不要になるため、移動に伴うCO2も削減でき、環境に配慮したエシカルな映像制作を実現することができるという。実例として「自由」のMVでは、配送業者の倉庫のシーンを含めて、膨大な数のダンボールが登場するが、そのほとんどはCG制作によるもの。そのため廃棄資材の大幅な削減が実現している。

 5月25日に「代官山メタバーススタジオ」で行われたメディア向けの取材会では、「自由」のMV制作におけるバーチャルプロダクション使用の経緯が説明された。

 もともと、松竹の研究開発拠点である「代官山メタバーススタジオ」では、バーチャルプロダクションの活用事例を増やしていくうえで、技術的な方面でも「コンテンツが生まれる過程」自体のアップデートにチャレンジしたいと考えていたという。

 そのため、本MVの制作はバーチャルプロダクション技術とスタジオスペースの検証に最大限取り組むというチャレンジが設定され、「3DCGモデルを用いてどんな映像が撮れるのか?」というテーマをもとにした実証実験としての側面もあわせ持っている。

 また、松竹はこれまでに数々の映像制作を手がけてきた株式会社stuと新たに提携。昨年11月にスタートした本プロジェクトは、半年ほどの期間をかけて企画やテスト撮影、CG制作を行い、今年3月中旬に代官山メタバーススタジオにて2日間かけて撮影を実施したそうだ。

 取材会で語られたところによれば、今回の取り組みにはふたつの目的があるという。ひとつめは「LEDウォール」を用いた映像制作の知見を獲得すること。これは、バーチャルプロダクションを活用した制作ワークフロー自体がまだ業界内で固まっていないため、その確立を目指すためのものだ。またふたつめの目的としては、実証実験でありながらも「外部に出せるハイクオリティな映像」を制作することにあるという。

 実際のMV制作では、テクニカルディレクターを務めるstu・Murasaqi氏と監督を務めるHOEDOWN・馬場 一萌氏とで話し合いながら、LEDウォールとカメラワークが連動するというバーチャルプロダクションの技術を、どのように活用すれば面白い映像が撮影できるか。その方法を突き詰めていくために、時間をかけて3回のテストが実施されている。

 MVの設定を固めるにあたっては、「試行錯誤の中で工場という設定に落ち着き、CGを作り込んでいった」と松竹のプロデューサー・賜 正隆氏が説明してくれた。また今回の制作手法ではLEDウォールの手前に配置する美術セットも重要になるため、一部小道具をLEDウォールの前におきながら撮影が進められたほか、tofubeats本人を代官山メタバーススタジオに招き、現実の動きと背景の動きがリンクするシーンも撮影されたという。

ゲーム制作にも用いられる『Unreal Engine 5』を活用した、“バーチャル・ロケハン”

 本MVのロケハンでは、ゲームエンジンとして知られる『Unreal Engine 5』も活用されている。通常はロケ地に実際に赴いて現地を下見するロケハンだが、ここでは『Unreal Engine 5』のなかでカメラを動かして確認をおこなったという。

「今回はCGの中で視点を動かしながらカメラワークとダブルチェックを行いつつ、CG制作とカット割を決めていった」と賜氏は説明。そのため、3Dアセット製作をはじめとしたCG制作作業は本番撮影前に行われ、これがバーチャルプロダクションを用いた制作の特徴のひとつでもあるという。また本MVの映像は複数の手法を用いて撮影されているが、シーンごとにベストな撮影方法を選択できる点もバーチャルプロダクションを用いた制作の特徴として挙げられるだろう。

 取材会では、先述の馬場氏、賜氏にくわえてstuのテクニカルディレクターを務めるMurasaqi氏を迎え、本MVの制作を振り返るトークセッションも実施された。

 セッションでは馬場氏がバーチャルプロダクションを用いた制作に関して、「リアルのロケ地がないために選択肢が増えすぎる問題もあり、その多さに一時戸惑った」と述べた。一方で、代官山スタジオのLEDウォールは比較的コンパクトなサイズであるため、「カメラが過度に動くとその範囲を超えてしまうという制約がある」と説明。そのため、ウォールの外が映り込まないようなカメラの動きを設定する必要があったが、「その制約の中で新たな視点を探求することができた」と語った。

 賜氏は、「もともとは、映画やドラマにつながる演技の撮影のためにバーチャルプロダクションの活用を想定しており、stuさんに相談してワンシチュエーションものの会話劇を考えていた」と本MV制作の経緯について説明。しかし、実際に取り組んでいく中で「ストーリー性を保ちつつ、実証実験として多様なカットにチャレンジできるMVの撮影にこの技術を適用することにした」と述べた。

 Murasaqi氏は、本MV制作におけるアプローチと制作チームの編成、制作フローが異なることのメリットについて、次のように語った。

「今回は、カットごとに様々な実験を行いたかったためMV制作というアプローチを提案しました。

 当初はショートドラマを撮る想定でしたが、ドラマだとカットの連続性や、それを生かした脚本制作などを意識せねばならずリサーチとしての目的がどうしても後回しになってしまう。

 MVという形式のなかで物語を撮る方が現場のスタッフが試行錯誤しやすいと判断し、映像制作やテクノロジー活用の経験が豊富な馬場さんに監督を依頼しました。さらに制作チームの編成については、未知の分野に対する興味を持って積極的に取り組むことができる人材を起用しています」(Murasaqi)

 また、制作フローについても「CGを後から挿入する際のリテイク問題が解決し、プリプロダクション段階で全員がイメージを共有しながら作業が進められる」とその利点を強調した。

 一方で、チーム全体としてバーチャルプロダクションの知識が十分ではなかったため「試行錯誤しながら学びを深めるアプローチを取った」と苦労した点も語り、その時のフィードバックを活かしながら、テスト撮影を通じて改善を進めたという。馬場氏からは「美術とLEDウォールを組み合わせることで、LEDが照明の役割を果たし、空間として見たときに調和が取れる」といったような、「実際に試してみることで得られた知見」を記者に語ってくれた。また賜氏はプリビズ時の苦労をプロデューサー目線で、次のように語った。

「現状ではバーチャルプロダクションは主に背景として利用されているが、この技術を使えば無条件で良い映像ができるわけではない。今後、この技術が広く普及するためには、テストを重ね、どのようなアイデアが実現可能かを探っていく必要がある。今回のプロジェクトを経て、CGのクオリティだけでなく、従来の照明、美術スタッフとの連携が非常に重要だと認識されるなどスタジオスタッフの成長にもつながった。とくに、CGとリアル美術や照明を合わせる際の調整などには、各スタッフ間のコミュニケーションが不可欠で、難易度の高い映像制作も彼らのおかげで可能となった」(賜氏)

 また、賜氏はバーチャルプロダクションを使用する際に苦労した点として「スタッフ間での詳細なコミュニケーション」と「予算の割り振り」の2点を挙げ、以下のように語った。

「カメラワークの微妙な変更はCG対応を難しくさせるため、全員が連携して事前にある程度の決め事を定める必要があった。またCG制作におけるクリエイターやCG数、クオリティは予算により変わるため、既定の予算内でその割り振りを行うことが難しかった」(賜氏)

 馬場氏も『Unreal Engine 5』上でのロケハン体験を苦労した点として挙げた。

「バーチャルプロダクションでは、実写撮影とは異なり、ゼロから空間を作り出すことが可能で、ロケ地の天候や時間帯などの制約もないというメリットがある。その一方で、スタジオ内の壁や天井の高さを考慮に入れながらアングルを探すなど、従来の方法よりも考えなくてはならないことが多く、苦労した」(馬場氏)

■制作を通して感じたバーチャルプロダクションの可能性と展望

 最後に「今後のバーチャルプロダクションの展望」について、馬場氏はバーチャルプロダクションという手法がまだ黎明期にあると強調し、「その魅力が十分に伝わり、普及が始まったとき、どのような映像を作るべきかが問われる」と述べた。また、ビンテージのカメラレンズを再現するなど、今後の発展が期待されており、これらが実現すれば制作可能な映像の幅がより広がることに期待を寄せた。

 Murasaqi氏はソフトウェアとハードウェアの進化について、ゲームエンジンを用いたCGレンダリングソリューションはリアルタイムレンダリングへと進化し、その結果、レンダリング時間が短縮されると予想した。これにより、「(現状では)映画制作用に最適化されたソリューションであるバーチャルプロダクションも、個人制作者を含む多くの人々が利用可能になる」と、個人制作の現場に変革がもたらされる可能性を語った。

 賜氏はバーチャルプロダクションの活用がCM、ミュージックビデオ、地上波ドラマなどの制作現場にも広まっていることを指摘し、それらは今後も促進していくだろうと予想。さらに「大規模なスタジオを自社で持つか、またはバーチャルプロダクションが可能なプロダクションと共同で仕事を進めるか、という選択肢が企業側に提示される」と語り、その次代においてはCGの知識を持つ人材の育成が重要であると主張。「ゲーム業界から映像業界への人材の流入など、業界間の垣根がなくなることも予想される」と、映像業界だけでなく他業界との連動・相互作用も予想した。

 なお、本MV制作でのバーチャルプロダクション活用に関して、すでに松竹社内からも高い期待が寄せられているという。今後、代官山メタバーススタジオでは、バーチャルプロダクション使用希望者にヒアリングを行った上で、ただ単に背景として使用するだけではなく、LEDウォールを活用した意義ある映像制作に挑戦していく予定だ。またMV制作にも引き続き取り組む一方で、本MV制作で得た知見を生かしつつショートドラマを始め新たなアウトプットにも挑戦していくとのこと。

 代官山メタバーススタジオは、多様なクリエイターと共創し、先端技術とクリエイティブ制作を繋ぐことで、映画・演劇事業における新たなコンテンツ及び制作手法の開発に取り組むラボとして機能している。スタジオ活用の可能性は、ほかにも動画配信、SNS向けの縦型動画、ドラマ撮影、スチール撮影など多岐に渡る。そのため、今後は放送局を始めとする多様なメディア制作者にアプローチしながら、ブランドの強化も目指していくとのことだ。

(取材・文=Jun Fukunaga)

tofubeats「自由」MV撮影の様子