相続における最低限の取り分である「遺留分」。相続人には遺留分をもらう権利がありますが、渡さずに済むことは可能なのでしょうか? 実務に精通した弁護士陣による著書『依頼者の争族を防ぐための ケーススタディ遺言・相続の法律実務』(ぎょうせい)より、解説します。

「不仲の子」に資産を継がせないことはできる?

【相談の概要】

Aには、妻B、長男C、次男Dがいます。現在Aは、自宅で妻B、次男D、次男Dの妻及び孫と生活しています。Aと長男Cは、長男Cの素行等が原因で不仲となり、絶縁状態です。Aは、相続に当たって、長男Cに財産を相続させたくないと考えていますが、相続させない方法はありますか。

【相談を受けた弁護士の回答】

長男Cを相続人の範囲から除外する、相続人の範囲から除外できなくとも、長男Cの遺留分対策をしつつ、最低限の相続となるように対処することが考えられます。

1.相続権の剥奪

民法によって相続人となる一般的な資格を有するものであっても、必ず相続人になるものではなく、相続欠格又は相続廃除によって、相続権がなくなる場合があります。そこで、長男Cの過去の言動等が欠格事由又は廃除事由に当たる可能性があれば、相続権を剥奪して、Aの相続人の範囲から除外することが考えられます。

相続権がなくなる事由

(1)相続欠格(民法891条)

民法891条は、次の5つの欠格事由を定めています。

①故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者

②被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者(ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは除かれる)

③詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者

④詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者

⑤相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者

実際には、⑤の事由が多いとされています。民法所定の欠格事由に該当した場合、当然に相続権を失います。

ただし、相続欠格事由は、当該被相続人と特定の相続人間の関係で発生する相対的なものであるため、相続欠格に該当して相続人ではなくなった者が亡くなり、その者に子がいるような場合、代襲相続人になり得ます。

また、相続人の範囲は、遺産分割等の相続手続の前提問題であるので、共同相続人間で、特定の相続人に欠格事由があるかどうか揉めた場合には、遺産の範囲について揉めた場合の遺産確認の訴えと同様に、相続権又は相続分不存在確認の訴え等の訴訟手続において判断されることになります。

(2)推定相続人の廃除(民法892条、893条)

民法892条の定める廃除事由は、被相続人に対する①虐待、②重大な侮辱又は③その他の著しい非行の3つです。

虐待は、被相続人に対する暴行、精神的苦痛を与えること等を、重大な侮辱は、被相続人の名誉や感情を著しく害することをいうとされています。また、著しい非行は、虐待又は重大な侮辱には該当しないものの、これに類する遺留分を否定することが正当といえる程度の非行であって(名古屋高金沢支決平成2年5月16日家月42巻11号37頁)、例えば、犯罪行為、遺棄、被相続人財産の浪費、不貞及び行方不明等といわれています。

廃除するための方法は、生前廃除(民法892条)と遺言廃除(民法893条)があります。生前廃除は、被相続人が生存中に、自ら家庭裁判所に審判を申し立てる制度です(民法892条、家事事件手続法39条、188条1項、別表第Ⅰの86項)。この審判が確定すれば、廃除対象となった相続人は、相続権を喪失します。

また、遺言廃除は、被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者がその遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に審判を申し立てる制度です(民法893条、家事事件手続法188条1項ただし書)。

廃除事由も、欠格事由と同様に、当該被相続人と特定の相続人間の関係で発生する相対的なものであるため、廃除事由に該当して相続人ではなくなった者が亡くなり、その者に子がいるような場合、代襲相続人になり得ます。なお、遺言廃除の場合において、審判が確定した場合、廃除の効果は、相続発生時に遡って生じます(民法893条後段)。

2.遺留分対策

遺言を残しても「遺留分侵害額請求」により金銭支払い請求を受けてしまう

長男Cが相続人である場合、子であるため、遺留分があります。遺留分は、被相続人が有していた相続財産について、その一定割合の取得を一定の法定相続人に保障するために、被相続人の意思にかかわらず、被相続人の財産から最低限の取り分を確保する制度です(民法1042条以下)。

相続人が保障されたはずの遺留分に満たない財産しか得ることができない場合、被相続人から遺産を受け取った受遺者又は受贈者に対し、侵害された遺留分に相当する金銭の請求(遺留分侵害額請求)をすることができます(民法1044条)。

そのため、Aが遺言によって、長男Cには一切財産を相続させなかった場合でも、長男Cから、他の相続人に対し、遺留分侵害額請求をされてしまいます。そこで、できるだけ当該相続人に遺産を相続させたくない場合には、遺留分の対策を講じる必要があります。なお、遺留分は、兄弟姉妹以外の相続人に認められるため、相続人が兄弟姉妹である場合には、遺留分はなく、対策は不要です。

ハードルは高いが…遺留分の放棄を求める

(1)遺留分の放棄

遺留分を有する相続人であっても、被相続人の生前に、遺留分を放棄することができます(民法1049条)。遺留分を放棄するときは、家庭裁判所に対して遺留分放棄の許可を求める審判を申し立てて、家庭裁判所の許可を得る必要があります。遺留分の放棄が認められれば、その相続人は遺留分がありませんので、遺言で当該相続人以外のみに遺産を取得させても、遺留分侵害額請求の問題は生じません。

しかし、被相続人が、当該相続人に対し、単に遺留分の放棄を求めても、了承を得て家庭裁判所へ審判の申し立てをすることは難しいため、一定の財産を贈与する等、一定の代償措置を講ずる必要があると考えられます。

なお、被相続人の相続開始後は、相続放棄をしてもらい、相続人ではなくなるという対応が考えられますが、この場合も、遺留分放棄の場合と同様に、一定の財産を贈与する等、一定の代償措置を講ずる必要があると考えられます。

遺留分侵害額を減少させるための方法

(2)遺産を減らして遺留分を減らす

遺留分は、遺産全体に遺留分率を掛けて算定されますので、遺産の全体額を減らせば、これに比例して遺留分も減少します。そこで、(遺産分割の対象となる)遺産の価額を減少させ、遺留分も減少させるという対応が考えられます。

ア.贈与

遺留分を計算するときの基礎となる財産を算定する場合、相続時の被相続人の積極財産だけでなく、相続人に対する生前贈与は原則10年以内、第三者に対する生前贈与は原則1年以内の贈与した財産の価額を加えることになります。そのため、相続時から1年以上前に相続人以外(例えば孫など)に贈与していた場合、原則として遺留分算定の基礎となる財産に含まれないことになります。

また、特別受益は、相続人に対する婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与であるため、相続人以外への贈与は、特別受益には算入されません(民法903条)。そこで、遺産の全体価額を減少させ、ひいては特定の相続人の遺留分を減少させるために、財産の一部を、相続人以外の者へ贈与して、財産を減らすことが考えられます。

ただし、贈与には、原則として贈与税がかかるため、非課税となる特例(年間110万円以内の暦年贈与、住宅資金等の贈与、教育資金等の贈与又は結婚や子育て資金の贈与等)を利用して、当該非課税の枠内で贈与をすべきであると考えられます。なお、税制については改正があるため、確認が必要です。

以上を踏まえると、遺留分算定の際に考慮されないように配慮し、かつ非課税となるように贈与して、財産及び遺留分を減少させて、遺言によってこれに見合った最低限の遺産を取得してもらうという対応になると考えられます。

イ.みなし相続財産の活用

贈与のほか、みなし相続財産を活用して財産及び遺留分を減少させることが考えられます。生命保険の受取人が受領する保険金は、みなし相続財産として課税の対象にはなりますが、受取人である相続人の固有の権利として、相続財産にはなりません。

また、原則として、特別受益にも該当せず、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合に、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となるにとどまります(最二小判平成16年10月29日民集58巻7号1979号)。

なお、遺産総額と生命保険金がほぼ同額のケース、遺産と保険金の比率が60%程度という事案では、特別受益性が肯定されています。

そこで、例えば、遺産のうちの一定額を、貯蓄型生命保険契約の一時払の保険料として支払って、その保険金の受取人を、財産を承継させたくない相続人以外の相続人としておけば、相続財産の範囲を減少させて遺留分の範囲を縮減しつつ、保険金という形で被相続人の意図する相続人に取得させることができます。

(3)相続人の人数を増やして遺留分を減らす

(2)の遺留分対策は、相続財産を減少させることで遺留分を減少させることを意図していました。財産を減少させるほかに、相続人を増やして、1人あたりの相続分を減らすことで、遺留分を減少させることが考えられます。

なお、相続人を増やす場合には、養子縁組が考えられますが、相続税の基礎控除が認められる養子は、実子がいる場合は1人まで、実子がいない場合には2人までに限定されており、孫を養子にすると相続税が加算されますので、税務上の取扱いも踏まえて対応することが必要です。

3.遺言の活用

いくら遺留分対策を行ったとしても、遺言がなければ、共同相続人全員で遺産分割協議を行わなければならず、特定の相続人に対する相続をできるだけさせたくないという被相続人の意図に沿うことはできません。そのため、長男C以外の相続人へ財産を相続させるか又は相続人以外の者に遺贈する等の内容の遺言を作成しておく必要があります。

参考文献

・片岡武=管野眞一『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務〔第4版〕』110〜115頁(日本加除出版、2021年)

・森公任=森元みのり法律家のための遺言・遺留分実務のポイント遺留分侵害額請求・遺言書作成・遺言能力・信託の活用・事業承継』98〜110頁(日本加除出版、2021年)

・島田充子「遺留分の放棄」判タ688号403頁(1989年

東京弁護士会弁護士業務改革委員会

遺言相続法律支援プロジェクトチーム

(※写真はイメージです/PIXTA)