業界を問わず、人手不足の対策が喫緊の課題となっているが、とりわけホテル業界は深刻だ。帝国データバンク調べ「人手不足に対する企業の動向調査」(2023年4月)によれば、旅館・ホテルの人手不足割合は6カ月連続(月次ベース)で業種別トップとなった。新型コロナが収束に向かい、訪日外国人旅行者数も回復傾向にある中で、みすみすビジネスチャンスを逃す要因にもなりかねない人手不足問題。果たして現場の状況はどうなっているのか──。ホテル評論家の瀧澤信秋氏がレポートする。(JBress編集部)

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月を追うごとに50円単位で上がるホテルスタッフの時給

 長崎市にあるビジネスホテルの会議室には重い空気が流れていた。コロナ収束フェーズのムードとともに売り上げは回復してきたものの、喫緊の課題として話し合われていたのが、人手不足の問題だ。担当者からこんな報告が上がる。

「地元ホテル求人の平均である時給1000円程度(清掃スタッフ900円程度)の募集では人が集まらない難しい状況が続いており、求人媒体では月を追うごとに50円単位で上がっている」

 長崎市では駅前に外資系ホテルの開業を控えており、夏から秋にかけて募集が始まるのではないかと囁かれている。そのため、ご当地のホテルでは「一刻も早い人材確保を」と求人の動きが活発化しているのだ。

 外資系ホテルだけではない。大手通販会社が手がけるホテルの開業も注目されている。いずれも100人規模の若手スタッフが必要とされているが、「そんなに若い人はここ(長崎)にはいない」と地元の求人会社担当者はこぼす。

 前出の長崎市ビジネスホテルは50室ほどの規模で、従業員は社員4名(うち2名はレストランスタッフ)、パートは清掃スタッフも含め約20名が在籍しているという。会議では「深夜のフロントをクローズして省人化しよう」という意見も出されていたが、経年ホテルということもあり、設備や機器の不具合など深夜の内線電話も度々あるため、責任を持って対応できる社員が常駐する必要があるという。

 ちなみに、この原稿は京都市の某ビジネスホテルで書いているが、朝食をとろうと会場へ向かうと、外国人旅行者で溢れかえっていた。一方、ホテルのスタッフを見ると、その数は圧倒的に足りていない。料理は補充されず、客の手で下げられたトレイも山積みになっていた。このように、人手不足は外国人旅行者が多く訪れる観光地や都市部で顕著な傾向となっている。

能力や経験値の高い人材は高級ホテルに引き抜かれていくケースも

 ホテル業界の人手不足について、筆者は2016年頃より各媒体で警鐘を鳴らしてきたが、コロナ前のインバウンド活況→ホテル激増により、すでにその問題は露呈していた。新規開業予定のホテルプロジェクト数からしても、深刻な人手不足が続くことはコロナ禍が始まるずっと前から目に見えていたのだ。

 とはいえ、ホテルを建てる側は、まずは宿泊需要を見込んだエリアに建物を造り完成させることが先決であり、その後の運営にまつわる人手については「何とかなるだろう」程度の認識というケースが多々あった。

 人手不足対策として手っ取り早いのは、やはり高時給による人材確保だ。たとえば大阪にある100室規模の宿泊特化型ホテルでは、募集時給が低廉だったコロナ禍の時から先を見越して高時給で求人を続け“囲い込み”に成功。急激な需要の高まりで現場を混乱に陥れたGo Toトラベルや全国旅行支援も難なく乗り越えてきた。

 ホテルは所有と運営の分離が一般的であるが、このホテルはオーナーが運営も手がける独立系のホテル。オーナー=運営という当事者意識がスピーディーな対応を可能にさせたのかもしれない。

 ただ、「募集しても人が来ないのなら時給を上げればいい」という意見はよく聞くが、果たして最善策といえるのだろうか。一般論としては理解できるものの、ホテル運営の現実を垣間見るとそう簡単でもないようだ。

 まだ開業間もない200室規模の都内ビジネスホテルの支配人によると、「ホテルの仕事はある程度の専門性も必要で、仮に高時給を提示して応募があったとしても、即戦力として期待できるのはごくわずか」と話す。

 また、能力や経験値の高い人材が高級ホテルに引き抜かれていくのは、ホテル業界の人材争奪戦ではよくあること。確かにホテルスタッフとして一通りの能力が身につくまでには相応の時間を要する。

「まずは低水準の条件で募集をかけつつ、個々人の能力に応じてフレキシブルに対応するのがスタッフ募集の慣例だが、現状そのやり方で応募してくる人はいない」と前出の支配人は頭を抱える。

早朝からホテル支配人が客室のゴミ回収に奔走

 人手不足により客室を売ることができないとしたら、ビジネスチャンスを逃すことになるが、今のところ取材をした前出の長崎のホテルも都内ホテルもそこまでの事態には至っていない。

 確かにある程度の規模のホテルであれば、システマティックな運営という点からも人手不足で部屋が売れないという事態は避けられるのかもしれない。全国旅行支援の高稼働時に「人手不足で稼働を落としたことがあるか?」という業界関係者によるアンケートでは、稼働を落としたホテルはほぼ皆無というデータもあった。

 だが、データの対象には表れない小規模ホテルはそうもいかない。以前、コロナ前のインバウンド活況時の人手不足について、一部稼働できない北海道のホテルを記事にしたことがあった。その部分だけが切り取られセンセーショナルに他のメディアや専門家も取り上げたりしたが、その際の取材ホテルも10数室という小規模ホテルであった。

 今回の取材で「人手不足により稼働を落としてきた」と取材に応じてくれたのも、全19室という海辺のスモールホテルだ。開業して3年ほど、コロナ禍でスタッフを減らすなどの対策をしてきたが、一転、Go Toトラベル時に一気に客室稼働率が上昇した。

 同ホテルでは90%以上の予約流入があったものの、人手不足で約60%しか稼働できなかったという。特に稼ぎ時である夏は、局所的に残業を増やして対応したものの70%を受け入れるのが限界だったという。

 全国旅行支援時はさらに深刻に。同ホテルの支配人は、「急激な予約流入で煩雑な作業など現場が回らなくなり、あまりの多忙さから春先には離脱(退職)した人が相次いだ」と打ち明ける。

 清掃スタッフも6名だったところ2名がやめてしまったという。その人数で回せるのは60%稼働がギリギリ。エリアで時給を上げて募集をかけ続けても応募はまったくなかったという。100%近い稼働が狙える夏のシーズン、残った従業員で“死ぬ気”で働き、最高73%の稼働となったというが、そんな運営が続くはずもない。

 ホテルの従業員構成は社員である代表の支配人以外はすべてパートスタッフだ。12名のパートスタッフでシフトを組んでやりくりするが、人手不足で客室稼働を上げられない直接的な損失は相当だ。

 そのため、支配人は朝出勤したら清掃スタッフが来る前に、使用された客室のリネン類をまとめゴミの回収まで行う。清掃スタッフは10時スタートであるが、家事などの合間に来てくれるスタッフに残業はさせたくはないという思いから、支配人自らが現場清掃に追われる。14時には清掃スタッフによる客室清掃は終わるが、支配人やフロントスタッフはその後もダブルチェックに奔走する。

 同ホテルでは機会損失を補うべく、SNSも含めたメディア発信や地域も巻き込んだホテルブランディングの確立も図りたいと考えているが、現状まったく取り組めていないという。

宿泊管理システムのDX化でリモートワークを実現

 今後も深刻さが増しそうなホテル業界の人手不足問題だが、現場スタッフも含めた省力化や効率の良い運営体制を構築していかなければ生き残れない。

 東京都内のホテル運営会社で開業プロジェクトなどを担う大矢雄一郎氏(46)は、今年3月から故郷である青森県八戸市に家族とともにUターンし、リモートワークに切り替えた。地方移住はコロナ禍を機に決断したというが、理由はそれだけではない。

「東京にいた頃に比べて、もちろん生活環境は大きく変わりましたが、市内のコワーキングスペースに出向けば、多業種の方々とさまざまな情報交換もでき、大いに刺激を受けます。こうした経験は東京にいてはなかなかできませんし、ホテル業に携わる身として視野が広がり、仕事にも活かせるのではないかと思いました」(大矢氏)

 2019年12月に開業したGEN HOSTEL(ゲンホステル)株式会社による「Wild Cherry Blossom-HOSTEL, TOKYO KOGANEI」は、大矢氏が中心となって手がけたホステル事業だが、コロナ禍を経てリモートでも可能な事業環境を築いてきた。

 Googleワークスペースをクラウドベースとして情報共有したり、ホテル運営の基幹となる宿泊管理システム(PMS)をクラウド化したりもした。その結果、八戸での大矢氏の仕事は東京にいた頃とあまり変わらない。日常的なミーティング、ブリーフィングといった仕事から経営企画、事業企画などのデスクワークもリモートでこなす。

ホステルではイベントなども催されますが、現地スタッフだけでは持ち合わせないアイデアがリモート会議によって生み出されることもあります。対面では忖度したり言いづらくなってしまったりすることもありますが、適度な距離感でかえって新しい発想が芽生えることがあることに気づきました」(大矢氏)

 八戸のコワーキングスペースでは、地元で宿泊ビジネスをやりたいという人へノウハウを提供したり、アドバイスをする機会もあるという。宿の多様化や観光客へのアプローチも含め、地元でのホテル開発支援や協業の可能性も広がってきた。

「先日、地元で東京のホテルの採用条件を話したら、あまりの給与の高さに驚かれ、『それだったらぜひ行ってみたい!』という人がいました。もちろん地方から都会へ出ることは容易ではありませんが、ホテルが溢れる都会や観光地と地方のパイプ役も担えるのではないかと感じました」(大矢氏)

 ホテル業界の人手不足に関しては、DX活用の可能性をはじめ、多様な働き方が模索されているが、まだまだ黎明期といえる。アフターコロナインバウンド需要や消費のさらなる活性化を図る意味でも、ホテル業界の変革は待ったなしといえる。

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