中国は「シェアサイクル」大国です。一時期はユーザーによる無造作な放置等の問題が発生し、当局による規制強化もあって、下火になるかに見えました。しかし、業界はその状況を逆手に取り、テクノロジーの力により状況改善に努めました。その結果、中国のシェアサイクルは復活し、さらなる発達を遂げています。それは近い将来、日本にも波及する可能性があります。ジャーナリスト・高口康太氏が解説します。※本記事はテック系メディアサイトiX+からの転載記事です。

「中国のシェアサイクルが復活している!」

約3年ぶりに訪問した中国で驚かされました。シェアサイクルとはスマートフォン・アプリを通じて自転車を借りるサービスです。15分から30分単位という短時間で借りる形式で、借りた場所とは違うステーションに返却できる点が長所です。

ドコモ・バイクシェアやハローサイクリングチャリチャリなどの事業者が日本でサービスを展開していますが、世界的に見てもっとも注目を集めたのが2010年代後半の中国です。

2015年頃からサービスが始まり、多くの企業が参入。2017年にその競争はピークに達しました。一説には年間5,000万台もの自転車が新規投入されたとも言われています。

中国在住の外国人が選ぶ21世紀中国の「新四大発明」の一つに選ばれるなど、「スマホ先進国」中国の象徴的サービスでした。膨大な数の自転車が配備されているため乗りたい時にすぐ乗れるというのが便利でしたし、また日本とは異なり、ステーション以外のどこでも乗り捨て自由という方式なので、目的地の目の前まで自転車で移動できます。

使う側からすると、ともかく便利でありがたいサービスだったのですが、2018年以後、シェアサイクルは急激に失速します。街中に自転車があふれかえって、一般市民の邪魔になるとの批判が相次ぎました。そこら中に放置されている自転車に怒った市民が自転車を川に投げ捨てたといったニュースが日々報じられる状況で、中国の地方政府も規制を強化するようになりました。

逆風の中、業界トップ企業のモバイクは身売りし、2位のofo(オッフォ)は倒産。中堅以下のシェアサイクル事業者も続々と倒産していきます。街中に配備できる自転車の総数が規制されるようになった結果、今度は乗りたい時に自転車が見つからないという不便なサービスになってしまいました。

一時期はマイ自転車をほとんど見かけないほどに流行したシェアサイクルも次第に存在感が薄くなってしまい、あまりに強すぎる規制によってせっかくのイノベーションもこのまま消滅するのではないかと思うほど。それがコロナ前の状況でした。

一時は日本が中国に追いつき、追い越すかに見えたが…

一方で、中国ほどの熱狂はなかった日本のシェアサイクルですが、着実な成長を示しています。国土交通省によると、2021年末時点で日本全国の282都市でシェアサイクル事業が実施されています(社会実験含む)。2014年の93都市から3倍近い増加です。初期から取り組みを続ける東京ではステーションの数も増え年々便利になっている実感がありますし、街中で使っている人を見かける機会も増えました。

自転車は1台につき1人しか乗れないため、多数の人間を運ぶ輸送力では劣ります。そのため地下鉄やバス、車に取って代わるサービスではありませんが、ちょっとした移動に便利だと愛用している人も多いのではないでしょうか。筆者もその一人です。地下鉄だと遠回りになるような場所でも、うまくシェアサイクルを活用できると時間を短縮できます。

中国は爆発力がある国なので、新たなビジネスが一気に広がりますが、失敗した後に縮小するスピードも異常です。一時期、話題になったビジネスが気づけばなくなっていることなどザラです。ウサギとカメの寓話のように、ゆっくりの日本が中国を追い抜くかのようにも見えたのですが、そうした中での復活劇には驚かされました。

今回、北京市と上海市を旅行したのですが、どこでもすぐに自転車が見つかるほどの数はないものの、スマートフォン・アプリの地図を見て探せば徒歩数分以内にはだいたい見つかる。それでいて街中にあふれかえって交通の邪魔になっているということもない。絶妙なバランスに落ち着いていると感心させられました。

逆境を逆手にとった「テクノロジーの駆使」でシェアサイクル復活

一時期は死に体にも思えた中国のシェアサイクル事業がどうして復活できたのでしょうか。

それを支えたのはテクノロジーの活用です。データ活用による投入台数コントロール、電子柵による低コストのステーション敷設、新たな通信技術の普及という3つのポイントから解説します。

まず、第一にデータ活用です。シェアサイクルは利用者のスマートフォン・アプリを通じて移動履歴のデータが収集できます。このデータを活用すればどこでどれほどの需要があるのかを測定することができます。

北京市ではデータをもとに市内のシェアサイクル自転車配置許可数を101万2000台と設定しました。また、気温が下がる12月から3月の冬の期間は、利用者が減少することも踏まえ、75万6500台と減らしています。筆者が感じたような、“ちょうど良い”数をデータに基づいて設定することにしたのです。

中国全体では年に約2000万台の自転車が投入されているとのこと。また、電動自転車の導入も広がり、こちらも年数百万台規模に拡大しています。最盛期の年5000万台という熱狂からだいぶ落ち着きました。とはいえ、それでも凄まじい数ですが。

もう一つ、新たに普及したのが電子柵です。前述したとおり、中国のシェアサイクルは乗り捨て自由な点が魅力でしたが、繁華街など通行量が多い地域で無造作に自転車が放置されると、歩行者や居住者の不満につながります。そこで繁華街では駐車していい場所が定められました。

といっても、ちゃんとした駐輪ステーションではなく、スマートフォン・アプリ上で駐輪OKの場所が示されているだけで、本当にその場所に止めたかどうかは通信技術によって判定します。その方式は中国でも自治体ごとに違うとのこと。

日本のシェアサイクルと同じくBLEビーコン(ブルートゥース・ロー・エナジーという通信規格に対応した発信器)で判定する地域もあれば、GPS(衛星利用測位システム)を使う地域もあります。

北京市ではGPSで判定しているとのことでしたが、驚くほど精度が高く、ほんの10メートルほど指定場所からずれただけで駐輪できないほどでした。返却操作が受け付けられず、課金が継続されます。ちゃんとした駐輪ステーションを作るとなればコストがかさみますが、電子柵ならばきわめて低コストでステーションを設置できる点が魅力です。

多くの地域では問題ある場所に自転車が駐輪されると、運営事業者はただちに察知し、30分以内に対応するように定められています。実際にはこの規定どおりに運用されていないケースも多く放置されている時間が長いこともあるようですが、今後改善されていくのではないでしょうか。

また、違反者には一定期間の利用制限が課されます。地方政府が音頭をとることで、ある事業者で違反駐輪をした場合にはほかの事業者のサービスも利用できなくなる、ブラックリストの共有方式が採られています。

この利用制限制度はすでにいくつかの地域で導入されていますが、ちょっと面白いのが天津市の手法です。1カ月間に3回以上違反すると利用制限リストに乗りますが、初めて掲載された人はスマートフォン・アプリから「今後は気をつけます」という誓約書を送ると再び利用できるようになるのだとか。乗り捨て自由に慣れたユーザーが多いだけに、まずはちょっとゆるめの警告から始めているようです。

また、コスト削減でいうと、NB-IoTの普及も大きな助けとなりました。シェアサイクルでは自転車側にも通信機能が必要となります。中国シェアサイクルでは当初、2G通信が利用されていましたが、2017年以後はNB-IoTという、IoT(モノのインターネット)向け通信規格が採用されています。シェアサイクルへの採用も追い風となり、中国ではNB-IoTが爆発的に普及し、2022年末時点で18億4500万個ものデバイスがLPWA(ロー・パワー・ワイド・ネットワーク、IoT向けの通信規格)に接続していますが、そのほとんどがNB-IoTです。

数がでれば機器の価格も下がり、また普及していくという好循環が生まれます。自転車や車、家電などなど、あらゆるモノがインターネットに接続していくIoTの到来が予見されて久しいわけですが、この分野でも中国が世界をリードしつつあります。

公共サービスとしての自転車

さて、このようにしてちょうどいい使い勝手をさぐりあてた中国のシェアサイクル。ユーザー視点では大満足なのですが、事業者視点では大きな問題を抱えています。それはなかなか黒字化ができないこと。

自転車1台あたりの費用は約1000元(約2万円)と言われています。北京市の平均では1日3回の利用があります。1日あたりの売上は100円弱とみられます。すると、投入から200日ぐらいで回収できる計算です。多くの地方政府は投入から3年が過ぎた自転車は廃棄処分するように規定を定めていますが、実際には3年も持たずに壊れるものがほとんどとのこと。とはいえ、200日以上持てば黒字化できるのであれば期待はもてそうです。

ただ、問題は人通りのない場所に駐輪されたり、駐車禁止区域に駐車されたりした自転車を移動させ、整理・整備する人件費です。北京市では毎日1376人の管理スタッフが投入されているとのこと。このコストが重くのしかかり、シェアサイクル事業者は赤字に苦しんでいます。

電子柵や違反者のブラックリスト制度がさらに普及すれば、管理スタッフの数が減らせる可能性もありますが、しばらくは、この問題は解決しそうにありません。

それでも、中国シェアサイクルビジネス全体が潰れることはないとみています。というのも、もはや交通手段として確固たる地位を築いているからであり、民間企業単体での黒字化が難しければ、行政が支援する可能性も十分考えられるからです。実際、日本のシェアサイクルは大半のケースで地方自治体が支援しています。

北京市のシェアサイクルは1日の利用回数が約300万回に達しています。地下鉄の利用客数が平均でのべ1200万人前後。シェアサイクル地下鉄の4分の1にまで達している計算です。複数の交通手段をIT(情報技術)によってシームレスに結びつけて提供する構想をMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)と言いますが、シェアサイクルが定着するなか、MaaSの一環として位置づける動きも広がっています。たとえば習近平総書記肝いりの国家事業である、新都市「雄安新区」では、「鉄道+バス+自転車」で公共交通網を構築する方針を発表しています。

未来の交通システムであるMaaSにおいて、自転車も欠かせない存在となりそうです。

日本でも、駅等を基点とした比較的短距離の移動手段としてシェアサイクルの活用が見出され始めており、一歩先をゆく中国におけるシェアサイクル技術の発達は、良いモデルケースといえます。

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高口康太

ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。

2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。

(※写真はイメージです/PIXTA)