伊藤沙莉がとまらない! 昨年は『ちょっと思いだしただけ』『すずめの戸締まり』『月の満ち欠け』。今年も『宇宙人のあいつ』、秋には菅田将暉と共演の『ミステリと言う勿れ』を控え、来年のNHK朝ドラでは主演が決まっている。まさに旬の女優だ。そんな彼女の単独主演映画『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』がいよいよ6月30日(金)から公開。これがなんと、新宿・歌舞伎町が舞台の”探偵もの”。

さまざまな、どちらかというと怪しい風俗ネタも取り込んで、外国人がとびつきそうで、ハッシュタグがいっぱいつきそうな、エンタテインメント映画だ。映画好きの人は、元気が良かった頃の香港映画を彷彿とさせる、猥雑で、はちゃめちゃな気分全開の作品と思うかもしれない。

『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』

安全が自慢の日本の中で、新宿・歌舞伎町は特異な盛り場。24時間営業の不夜城の街。飲食店だけでなく、性風俗の店もいっぱいあるし、裏へ回れば、ヤクザもいて、中国マフィアが勢力を伸ばし、抗争事件も頻繁に行われているとか、いないとか。犯罪も日常的に行われている……かも知れない。「東洋の魔窟」といわれるそんなイメージの場所に、あえて輪をかけて「そうなんですよ、コワイところっすよー。そういやあ、こんな話があって……」と笑いながら都市伝説を紹介するような映画だ。でも、そうしてみたら、まさしく現代の日本が浮かび上がってきた。

歌舞伎町でもカオス渦巻くゴールデン街に、伊藤沙莉が演じるマリコの店「カールモール」がある(実際にある店で撮影したそうだ)。バーというか、簡単な飲み食いができ、カラオケもできるスナック。夜な夜な、我が家に帰ってきたかのように常連客が集まる。しかし、実はこの店、マリコのもう一つの顔、私立探偵の事務所でもあるのだ。

今日も今日とて、FBIが、噂を聞きつけ、訪ねてくる。依頼の内容は、日本で捕獲した「地球外生命体」に逃げられた、どうやら歌舞伎町あたりに潜伏しているらしい、日本の警察は当てにならない、マリコなら歌舞伎町の裏情報にも詳しいから、突き止めることができるのでは……というわけだ。同じ頃、新宿では連続殺人事件が起きており、街は厳戒体制。そのシリアルキラーに関する情報提供には、500万円の賞金がかかっている。このふたつの事件をめぐって、マリコの周囲が騒がしくなってくる……。

同じ歌舞伎町が舞台の、小林薫がマスターを演じる『深夜食堂』というドラマがあった。店にやってくる新宿らしいさまざま仕事を持つ客達が織りなす人情ドラマ。あれと似ていて、マリコの店にもいろいろ問題を抱えた客が、その抱えた難問をもちこんでくる。客は深夜食堂よりも奇天烈だ。

例えば、区役所につとめている姉妹。その裏の顔は、妹(島田桃依)がすご腕のスナイパーで、姉(中原果南)が毒物を使った殺しのプロだ。妹は稼いだ金を自主映画製作の監督(伊島空)に貢いでいる。やはり客のひとり、キャバ嬢の絢香(乃木坂46久保史緒里!)はホスト(『劇場版 美しい彼〜eternal〜』の高野洸)に入れあげ、身をもちくずす寸前。マリコにも年上の彼(竹野内豊)がいるのだが、彼はなんと忍者なのだ!

脚本・監督は『ミッドナイトスワン』の内田英治と、『さがす』の片山慎三の初タッグインディーズ出身でいまや日本映画のトップを走る一団のなかでも異彩を放つふたり。もともとは、歌舞伎町を舞台にしたオムニバスを考えていたが、めぐりめぐってこのアイデアになったという。全体を6つのエピソードに分け、それをふたりで分担しながら、リレーバトンのようにつないでいった。

メインの伊藤と竹野内以外の役は、それぞれの監督がキャスティングし、色をだした。片山監督の『岬の兄妹』で主演した松浦祐也はシリアルキラー役で登場。他にも、昨年末に公開された『終末の探偵』で主役の中年探偵を演じた北村有起哉が元ヤクザ。『深夜食堂』の常連客役だった宇野祥平は「地球外生物」を抱えて新宿をうろうろする科学者。六平直政は本人役で顔を見せ、二言目には「唐(十郎)さんが花園で芝居をしていたころはよー」というセルフ・パロディのような演技で楽しませてくれる。そんな、個性派たちの演技も見どころのひとつだ。

伊藤沙莉はひたむきで、逆にそれが空周りしてしまうといったヒロイン像が似合う。この作品でも、ひたすらぶっとんだキャラを演じているのではなく、やはりどこか一途で、影の部分もあり、思い詰めたところもみせる。マリコの過去を知る、元ヤクザ北村有起哉)や、謎の忍者(竹野内豊)とのエピソードは、もの悲しくて、懐かしい新宿人情物語の味わいになっている。

渋いエージェント然としたFBI捜査員のひとりが、歌舞伎町の片隅で、手裏剣ケイコをしている忍者姿の竹野内をみつけて「ニンジャだ!」とうれしそうに叫ぶ。「俺はトウキョウでニンジャを見た!」と仕事をほっぽって興奮するシーンが笑える。「地球外生命体」の好物といい、全編そういう“裏インバウンド”のネタでいっぱい。UFOもド派手!

文=坂口英明(ぴあ編集部)

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中川右介さん(作家、編集者
「……笑える映画だけど、笑っていていいのかなとも思わせる、その緩急が見事。その嘘っぽさを含めて、「いまの日本」なんだと思う。」

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