現在、外国人の入国はもちろん、自国民の帰国でさえ原則的に禁止されている北朝鮮。国内の状況を把握するには、細々と漏れ伝わる限られた情報をパズルのように組み合わせる他にない。

一方で、動画投稿サイトYoutubeには、リアルタイム北朝鮮の様子を捉えた動画が多数アップロードされている。例えばこのギャラクシーTVは、主に両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)の今の状況を捉えた動画を頻繁に投稿している。対岸の中国吉林省長白朝鮮族自治県の高台から望遠で撮影されたものと推測される。

外っ面を非常に気にする北朝鮮のこと、ショーウィンドウ的存在の平壌ではなく、リアルな北朝鮮の姿である恵山が丸見えになっていることを面白く思うはずがない。動画が影響したかは不明だが、当局は国境沿いの住宅の撤去命令を下したと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

両江道の情報筋は、当局が国境沿線(国境沿いの地域)を整頓するとの名目で、一部地域の住民を強制的に移住させていると伝えた。中国側から見える平屋建ての家を撤去し、マンションを建てて移住させる方針だという。

内外から観光客が訪れる中国側の長白県からは、川向うの恵山の様子がよく見える。そこには、小綺麗なマンションが立ち並んでいる。いずれも2010年代後半に建てられたものだ。

ところが、長白の外れの高台に登ると、上の動画のように、その後ろに隠されたリアルな町の様子が丸見えになってしまうのだ。

市内の恵長洞(ヘジャンドン)、恵江洞(ヘガンドン)の洞事務所(末端の行政機関)は先月末、200世帯に対して今月末までに家から出ていくように通告した。国境から500メートル以内の平屋建ての住宅はすべて撤去せよとの命令があったとのことだ。この地域は恵山市内中心部の西側にあたり、対岸は長白の町の西外れだ。

しかし、住民たちはテコでも動こうとしない。理由は簡単だ。カネがないからだ。密輸で潤っていたこの地域だが、2020年1月からのコロナ鎖国で経済が壊滅状態に陥った。飢えに苦しみ餓死する人もいるほどの状況で、引っ越す余裕などあるわけがない。

そこで洞事務所は、一家4人が住める部屋の1年分の家賃として、1200元(約2万3600円)を支給するという異例の大盤振る舞いを行い、跡地にマンションが完成した後は入居できるようにすると伝えた。家賃負担だけで総額24万元(約473万円)という、地方政府が負担するには大きすぎる額であることを考えると、おそらく中央が資金を出したのだろう。

ただ情報筋は、本当に1年以内にマンションが完成するのか、立ち退かされた住民が入居できるのかはわからないと疑問を呈している。

また、1200元もの大金を手にした人々は、大喜びでそのカネを手にして食べ物を買いに走ったという。彼らは、腹いっぱい食べた上で、残りのカネで月30元(約600円)の倉庫を借り、1年間を耐えるつもりのようだ。しかしマンションの完成が遅れたり、入居ができなかったりした場合、コチェビ(ホームレス)に転落する可能性が高いと情報筋は見ている。

別の情報筋によると、今回の立ち退きには、美観プロジェクト以上に重要な目的があるという。それは、携帯電話で中国や韓国と連絡を取ったり、脱北したりすることを防ぐことだ。

国境から500メートル以内の住宅では、室内で普通に中国キャリアの携帯電話を使って、自由にネット接続したり、メッセンジャーアプリを使って通話したりできるのだが、これこそ北朝鮮当局の最も嫌がることだ。それを防ぐために、家賃負担までして立ち退かせるのだという。

この情報筋の話が正しいとすれば、立ち退かせた後に建設するマンションに、元いた住民は入居できない可能性が高い。

一方、いきなり家を失った200世帯を収容できるほど、市内に家は多くない。また、最近では間貸しを避ける人も多いという。家主の知らないうちに、居住者が家を売り払う事件が相次いでいるというのがその理由だ。

「当局は国境沿いの地域を整頓するといって、立ち退き対象の人に家賃まで提供したが、そのほとんどが遠からず路頭に迷うことになるだろう」(情報筋)

1200元は、4人家族が1年間に食べるコメの価格とほぼ同じだ。また、消費量が増えるとコメ価格が上昇することも考えられる。さらに、冬には暖房費も必要だ。うまくやりくりできない人たちは、倉庫にすら住めず、氷点下20度以下まで極寒の地で、路上生活や放浪生活を余儀なくされるかもしれないと、情報筋は見ている。

恵山の民家 ©milky0733