(市岡 繁男:相場研究家)
日銀マネーの流動性は縮小したが
日本の株価が33年ぶりの高値圏にあります。6月13日には日経平均株価は終値で3万3000円台を回復するなど、1989年大納会につけた史上最高値の3万8915円まであと約7000円の水準に迫っています。
筆者は4月22日の当コラム「株価の天井は広島サミットか、市場に出現している3つの異変は無視できない」で、「5月中旬の広島サミットあたりまで株高が続く」と書きました。
理由は、株高の原動力である日銀マネーが膨張していたからです。当コラムでも何度か触れたように、過去を振り返ると、中央銀行による量的緩和によってマネーの流動性が高まると株価が堅調に推移し、逆に緩和策の縮小で流動性が下がると株価も勢いを失うという連動性がみられました。
ところが、広島サミットが終わってからも1カ月にわたって相場の上昇が続いています。日銀マネーの流動性の指標である当座預金残高は4月下旬から縮小に転じているのに、株価は上昇を続けています(図1、ここでの株価はTOPIX=東証株価指数)。なぜそうなったのか、また今後も株高が続くのかについて考えてみたいと思います。
(本記事は多数のグラフを基に解説しています。正しく表示されない場合にはオリジナルサイト「JBpress」のページでお読みください)
世界的な株高そのものに危うさ
結論を先に言うと、やはり強気にはなれないというのが筆者の考えです。仮に株価がもう一段上がるとしても、その前に大きな調整が入るとみています。
そもそもなぜ株価上昇が続いたのでしょうか? まず株価の動きを整理しましょう。
世界株指数が底入れ反転した2022年9月末を起点としてみると、ドイツやイタリアなど欧州株は日本株以上に上昇しています。台湾株や米ナスダックも日経平均と並ぶ値上がり率です(図2)。
さらにドルベースの日経平均とナスダックを重ねてみると、両者はほぼ同じパターンを描いています(図3)。
つまり昨今の株高は世界的な現象であり、各種のニュース解説で指摘されているように、外国人投資家はそれまで出遅れが顕著だった日本株に着目したのだろうと思われます。
ただし、この世界的な株高そのものに筆者は危うさを感じています。
「リセッション入り」ドイツの株高に違和感
欧州株、特にドイツ株がこんなに上昇していることは、経済のファンダメンタルズからは説明できません。
一般に国内総生産(GDP)が2四半期連続のマイナスを記録するとリセッション入りしたとみなされます。ドイツ経済は、2023年1〜3月期に2四半期連続マイナスとなりました。
直近のデータをみても、鉱工業生産はコロナ禍以前の水準を4%超も下回り、小売り売上高は前年比4%減となりました。しかも連立政権は財政赤字を強制的に削減すべく、各省庁の2024年支出額を2~3%削減する計画を策定しているそうです。経済にとって良い話は見当たりません。
しかも、そんな状況にもかかわらず、欧州中央銀行(ECB)はユーロの発足以来、最も急速な利上げを推進しています。
つまり、景気の悪化が止まらないのに金利は上昇しているのです。それでも2022年9月末以降、株価が大幅に上がったのは、おそらくファンド筋が力ずくで空売りの買い戻しを煽るなど、相当いびつな状況によるものだと思われます。
その点、日本はドイツほど経済が悪化していません。日銀総裁が交代しても金融政策に変更はなく、金利も上がっていません。
「ドイツ株よりマシ」もあり日本株上昇か
グローバル投資家にしてみたら、ファンダメンタルズの分析では説明がつかないドイツ株を買うくらいなら、日本株の方がまだマシという判断があったのではないでしょうか。
もし日経平均がドイツ株と同じくらい上がる(2022年9月末比35%上昇)としたら、3万5000円まであってもおかしくない計算になります。
しかし、一足飛びにそこまで行けるかというと、先に述べたように、筆者は懐疑的です。現状ですらファンダメンタルズで説明しにくい株価がさらに上がるには、中央銀行による量的緩和のような支援材料が必要だとみています。
あるとすれば、世界的なリセッションの懸念が広がり、各国中央銀行が危機を回避すべく、もう一度、量的緩和に踏み切るような状況です。もし、そうなれば日経平均は4万円を超えるかもしれませんが、景気の悪化とインフレが同時進行するスタグフレーションに陥ることになるので、幸せな状況とは言えないでしょう。
やはりここで株価に調整が入ると考えるのが妥当だと考えます。まだ顕在化はしていませんが、すでに株価下落の予兆はみえています。
米国の「事実上のQE」は終了
2022年9月末以降、増加していた日米欧3極の中央銀行の資産が、縮小し始めています(図4)。それなのに株価が世界的に上昇している状況は無理があり、遅かれ早かれ調整を余儀されるのではないでしょうか。
米国では、与野党が鋭く対立した債務上限問題の決着に伴い、流動性が縮小に向かいます。米財務省は2月初旬以降、借金ができない間の支出をカバーするために、連邦準備制度理事会(FRB)の口座から5000億ドルもの預金を取り崩しました。
これは形を変えた「事実上の量的緩和(QE)」として機能し、同じ期間におけるFRBの量的引き締め額(QT)=3000億ドルを上回る金融流動性を供給したのです。この数カ月間、米国株が堅調に推移した要因として、このことも大きいのです(図5)。
それが今度は逆回転します。財務省は急減した預金を当初の水準に戻すため、5000億ドル相当の資金を市場から回収することになります。これまで株価を支えてきた流動性が縮小すると同時に、金利を上昇させます。これは大きな株安要因です。
そもそもこうした理由から金利が上昇しているにもかかわらず、株価が上昇していることは従来の常識では考えられません(図6)。何か特別な理由でもない限り、金利の上昇と株価の上昇は両立しないものですが、特別な理由だったと思われる「事実上のQE」は終わり、今度は逆の効果を生みます。
本物の強気相場なら幅広く買いが入るが…
テクニカル分析の面からも弱気サインが出ています。ナスダックの株価の戻りは「2021年11月~22年10月」の下落分の61.8%に限りなく接近しています。いわゆる「フィボナッチ」と呼ばれる節目まで株価が戻ったことで、再びトレンドが変わる可能性があります。
しかも、これまでの株価上昇はアップルなど一部のIT銘柄が押し上げたものです。本当の強気相場なら幅広く買いが集まるはずなのです。
ウォール街では「株は5月に売って9月に買え」という言葉があります。1カ月ずれますが、日本株を含む世界の株式市場は、この先、大きな転換点を迎えるのでないでしょうか。
※本稿は筆者個人の見解です。実際の投資に関しては、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。
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