回転寿司チェーン大手「スシロー」で、高校生の少年が醤油ボトル、湯呑み、寿司に唾液を付着させた事件について、スシローの運営会社から少年に対し6,700万円の損害賠償請求の訴えが提起されています。どこまで認められるかはさておき、金額によっては少年が事実上支払えない可能性があります。では、その場合、親の法的責任を問うことができるのでしょうか。ダーウィン法律事務所代表・弁護士の荒川香遥氏が整理して解説します。

前提となる少年の「民事責任」

まず、前提として、少年が負う民事上の責任について簡潔に整理します。

少年は、民法の不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)を負います。

判例・学説に従えば、損害賠償の範囲については、事実的因果関係に加え、「通常生ずべき損害」といえなければなりません(相当因果関係説(民法416条参照))。

この基準からは、以下が対象となりえます。

【損害賠償の範囲に含まれうるもの】

・醤油ボトル・湯呑等の備品を取り換えるのにかかった費用

・店内の設備の大規模な清掃にかかった費用

・対応に追われたスタッフの人件費

・売上の減少

これに対し、スシローが再発防止のために行ったアクリル板の設置等の費用については、衛生管理を強化するものであり、「通常生ずべき損害」にあたるというのは難しいと考えられます。

損害賠償額がいくらになるかは、裁判の結果を待つほかありません。しかし、もしも金額が「百万」「千万」という単位になれば、少年に直ちに支払わせることは事実上不可能である可能性が高いといえます。

そこで、そういう場合に、親に賠償責任を負わせることができるかという論点があります。

「監督義務者」としての責任を問えるか

未成年の子が犯した不法行為について親の責任を問えるかに関して、法律上、明文があるのは、民法714条1項(責任無能力者の監督義務者等の責任)のみです。

以下、条文を引用します。

【民法714条1項本文】

責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。

民法714条1項本文によれば、子の不法行為について親に損害賠償責任を問えるのは、少年が「責任無能力者」である場合のみです。

しかし、「責任無能力者」はおおむね12歳未満とみられています。「12歳7ヵ月」の少年を「責任無能力者」と認定して親の責任を認めた大正時代の判例がありますが(「光清撃つぞ事件」(大判大正6.4.30))、きわめて特殊なケースで先例としての価値は乏しいとされています。

ましてや、本件の少年は当時17歳であり、「責任無能力者」というのは不可能です。

したがって、民法714条1項を根拠に親に賠償責任を負わせることはできません。

親に「直接の法的責任」を問えるか

ただし、そのような場合でも、親自身の不法行為責任(民法709条)を問う余地はあります。判例・学説も、上述の民法714条にかかわらず、親の不法行為責任を直接追及することができる場合があるとしています。

以下、最高裁判決(最判昭和49年3月22日)の文面を引用します。

【最判昭和49年3月22日

未成年者が責任能力を有する場合であっても、監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立する。」

本件についていうと、検討すべきは主に以下の2点です。

・親が少年に対する「監督義務」に違反したか

・監督義務違反とスシローの損害との間に「相当因果関係」が認められるか

特に重要なのは「監督義務違反」の有無であると考えられるので、この点に絞って検討します。

まず、未成年者の親の監督義務の内容は、おおむね、以下の2つのいずれかに集約されます。

未成年者の親の監督義務の内容】

・物事の善悪について教育する義務

・少年が悪いことをしようとしていると知ったら制止する義務

◆物事の善悪について教育する義務

まず、「物事の善悪について教育する義務」ですが、これはデリケートな問題を含んでいます。尾崎豊さんの「15の夜」「卒業」の歌詞を引用するまでもなく、思春期ともなれば、大人のいうことを素直に聞いてくれないことがあります。

幼いころから明らかに教育を怠ってきたか、あるいは、少年に悪い傾向がみられるようになったのに特に教育しようともせず漫然と放置したなどの事情が認められない限り、親の監督義務違反を認めるのは難しいと考えられます。

◆少年が悪いことをしようとしていると知ったら制止する義務

では、「少年が悪いことをしようとしていると知ったら制止する義務」はどうでしょうか。

これも、特段の事情がない限り、監督義務を認めることは難しいと考えられます。

たとえば、親が現場に居合わせていたとか、少年が過去に同様の事件を起こした前歴があるとか、日ごろから類似の行為を行う悪癖があったとかの事情です。

少年に対する損害賠償請求が認められたとしても、その金額によっては、少年が実際に支払うことができるのかという問題が必ず生じます。「親に払わせればいい」と口にするのは簡単ですが、このように、法律上はきわめて難しい問題を含んでいます。

この問題については「払えるかどうかは関係なく見せしめに高額な賠償責任を負わせるべきだ」とか「親に責任を負わせればいい」などの声もよく聞かれます。しかし、私たちは、少年の賠償責任の有無・内容があくまでも世人の感情ではなく法に基づいて判断されるべきこと、親の法的責任を問うことがきわめて難しいことを十分に認識する必要があります。

もちろん、最終的な裁判所の判断においては、少年の反省の程度や、紛争解決の実効性も考慮要素となることにも留意する必要があります。

荒川 香遥

弁護士法人ダーウィン法律事務所 代表

弁護士

(※画像はイメージです/PIXTA)