銃を取り扱う自衛隊において、自衛官候補生が射場にいた上司隊員を射殺するという、あってはならない悍ましい事件が起きた。

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 陸上自衛隊の最上位にある陸上幕僚長は陸自内に調査委員会を設けて原因究明を行うとしている。

 隊内や警察の取り調べは、自衛官候補生(家族を含む)の普段の教育訓練における在りよう、候補生に対する隊内教育の実情、当日の銃・弾の取り扱い方や実弾射撃に至る流れの適切性などが調査の重点となろう。

 すなわち、陸自、せいぜい広めても自衛隊全体における組織運営をはじめとする報告にとどまり、自衛隊防衛省を超えることはできない。

 しかし、事案の背景には国家的な隊員募集の在り方をはじめ、憲法と自衛隊・安全保障問題、学校教育、キャリアの人事配置などがあると思考する。

 再度強調するが、事件(事案)の真相はいまだ不明であり、事件と候補生を直接論ずるものではなく、背後により大きな問題があるとみる視点からの考察である。

予算不足で改悪された制度

 この制度(自衛官候補生)は限られた予算でいかに良質の隊員を集めるかという窮余の一策で、候補生という身分で募集して自衛官への適格性を判定して採用の可否を決するというものである。

 一見もっともなように思えるが、民間の企業に対比してみれば、そのカラクリがより鮮明に理解できよう。

 企業などが新しく人員を採用する場合に当てはめれば次のようになる。

 これまでは新入社員として処遇してきたが、今回からは当初の3か月間は会社の概要理解や見習い的なことが多く、実働要員ではないため給料は社員よりも少ない準社員扱いとする。そのうえで、再度社員としての適格性が判定される――。

 従来の任期制自衛官(陸自2年、海・空自3年)として採用し、当初の3か月間は「新隊員教育期間」に充てていたものを、新隊員教育期間は「正規」の自衛官でない「候補生」として処遇する。

 これによって予算の節減に繋がるとされる。従って最初の任期は候補生期間を除いた1年9か月または2年9か月となる。

 ただでさえ世間一般より低い処遇と見られている自衛隊である。

 そこに、身分が隊員でない候補生で、より低い処遇となれば、募集は一段と困難になるのではないだろうか。

 自衛隊は戦う組織であり、その大部は社会人となったばかりの任期制自衛官で組織されている。

 当初の任期に1年の違いはあるものの、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって・・・」という自己犠牲を誓う服務の宣誓を行うことに違いはない。

 銃を普段に取り扱う組織であり、危機に際しては自分の命まで犠牲にして国家と国民を守る盾になるというのだ。

 これほどの重大な任務で危険と責任感を伴う組織はない。

 本来であれば、ノーブレス・オブリージェ(高貴なる者の責任)と言われるように、エリートたちこそが応募すべき職業で、英国では王族は必ず軍務に就く仕組みになっている。

 そうでない日本においては、一般人がこぞって応募するような処遇にすべきではないだろうか。

 任務がら共同生活を強いられる隊員たちがトイレットペーパーさえ自費で購入せざるを得ない状況にあると国会で問題視されるくらい予算が逼迫してきた自衛隊である。

 採用した当初の基本教育の3か月間を正規の自衛官でない「自衛官候補生」に置き換えざるを得なかった苦渋は理解できるが、社会一般の常識とは逆である。

 自衛隊防衛省当局には限られた予算枠で所要の隊員を募集するという必成目標があり、他方の予算査定(財務省)は枠内に収めるということを任務とする。

 その相剋の産物が自衛官候補生であるが、財務当局の認識を変えてもらう必要があるのではないだろうか。

自衛隊は国民の学校

 競争社会にあってはどうしても落ちこぼれる人が出てくる。また戦後間もない頃は仕事がなく日々の寝食にさえ困る人がいた。

 採用基準に照らして該当すれば、どんな出自であろうと入隊させたのが自衛隊である。名もない有意の日本男児を救い育て、今日の自衛隊の根幹を作ってきた。

 家族からも理解され難い自衛隊であり、子供を入隊させる家族の心配も尽きない。

 しかし結果は良好で、不良であった我が息子、不登校であった自分の子供を「こんなに立派にしてくれた自衛隊」という言葉をどれほど多くの両親や姉妹たちが発してきたことか。

 右も左も分からない、また中高(大も含む?)などを卒業したばかりで礼儀作法にも欠ける若者を採用した中小の企業からは、新入社員教育をしてほしいと自衛隊に依頼が殺到する。

 著名な作家の浅田次郎氏が入隊された動機も自衛隊を経験したいという強烈な意識と裏腹に、明日の衣食に困窮するという生活状況もあったようで、双方の啐啄同時がもたらしたものではなかっただろうか。

 こうしたことから、多くの隊員たちをインタビューした作家の荒木肇氏は『自衛隊という学校』を上梓している。

 その中には、現在の統合幕僚長も含まれている。統幕長は東京大学卒である。当時(約35年前)の自衛隊はあまり理解されていなかったので氏は家族を説得し、自衛隊の有りように大いなる期待を持って入隊されたよう
である。

 その後、阪神淡路大震災東日本大震災などがあり、自衛隊に対する国民の好感度は90%超と言われる。

 しかし、「自分の国を守るために戦いますか」という世界価値観調査のアンケートで「はい」と答えた日本人はわずか13%強で、調査対象の77カ国中で最下位である。

 一つ上位の76番目の国でも半数近くが戦うと答えていることから見ても、本当の自衛隊は理解されていないと見るのが至当ではないだろうか。

 憲法問題が存在し、学校教育が今日のような状況にある中にあっては、自衛隊が「国を守るとはどういうことか」を教え、教育する国民の学校であり続けざるを得ないのかもしれない。

命の代償が貧弱、安心・安定の仕事には遠い

 世界のほとんどの国は軍隊を持ち、国家の3要素である主権と領土、国民を守るという崇高な任務を有することから、軍隊と軍人は然るべき処遇を受け、国民は等しく尊敬の念を抱いている。

 米国に至っては、階級等によって異なるが、若い時代に国家に尽くしたという観点から40代に退役しても残余の期間を生活できる保証があると言われる。

 日本の軍人も然りであった。勲章には年金がつき、軍功は誇らしいものであった。軍隊にいたということで信任され町村長などにも推され、また各種の役職にも就いた。しかし、今は全く異なる。

 しっかりした技能を身につけているが、自衛隊自体に対する世間的な評価が伴わず、技能を生かせるような仕事に就けないのが実態である。

 自衛隊の都合から、多くは1任期(約2~3年)や2任期(4~5年)で辞め、20歳代の中頃までの転職が避けられない。

 本来であればこうした国家の要請に基づく中途退職者に対しては国家や地方自治体挙げての再就職支援がなければならない。

 いや、任期制隊員ばかりではない。終身就職したはずの幹部(旧軍の士官相当)や専門職の曹クラス(同、下士官相当)も40代から50代半ばまでには退職を迫られる。

 早い話が、子供たちはいまだ学齢期の段階にあるのだ。

 しかも退職後の処遇は必ずしも特技等を生かせる職場ではなく、給料は半減ともなれば、現役時代以上に生活は厳しく、魅力どころの話ではないだろう。

 こうした実態にほとんど触れないで、表面的なことで糊塗してきたのが実際である。

おわりに

 やはり、自衛隊が憲法で認知されていないことが、今日の自衛隊をもたらしているのではないだろうか。

 もう一つ言えることは、最高学府中の最高とされる東大法学部で憲法を学んだ最優秀と称される学士たちが財務省に配置されることからくる問題がある。

 自衛隊は違憲と学んだ人士が査定官となり、どうして防衛費(増額)に耳を傾けるであろうか。

 おまけに、防衛庁時代からの代々の会計課長は財務省(当時は大蔵省)から出向してきている。

 彼らは予算カットで評価されるわけで、出向先の予算をなるべく抑える
ことが本人の評価につながるという構造的な人員配置の問題がある。

 防衛省に昇格したことにより政策決定の権限を持つことになったと言われるが、高橋洋一氏によるとどうやら防衛省の会計課長は依然として財務省の出向ポストのままのようである。

 その高橋氏は「防衛費水増し・増税」特集の月刊誌『WILL』(2023年1月号)で、「財務省に国を想う心ナシ」の掲題で投稿している。

 内閣法制局は各官庁の局長以上の人事に関与するのであろうが、安保3文書を身のあるものとするためにはトップクラスを防衛省に配置するくらいの卓見が求められる。

 もっと遡り、キャリアを目指す人士が国家の安全こそが最大にして最高の任務と理解するならば、東大法学部卒のトップクラスはまず防衛省を希望するという意識改革が求められているのではないだろうか。

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