自らがイメージした「ロシア分裂図」を描いたケーキにナイフを立てる、ウクライナのブダノフ情報総局長
自らがイメージした「ロシア分裂図」を描いたケーキにナイフを立てる、ウクライナのブダノフ情報総局長

ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。新連載「#佐藤優のシン世界地図探索」ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

 * * *

――いま、ロシア分裂論が盛んになってきています。ウクライナのブダノフ情報総局長が、自分が描いた"ウクライナ戦争後のロシア分裂図"が描かれたケーキにナイフを刺して、「いずれ分裂するだろう」と発言していました。

その地図では北方領土は日本に戻り、東側の1/3は中国へ、ど真ん中は中央アジア共和国、その西側に小さくなったロシアがあります。本当にロシアは分裂するんですかね?

佐藤 可能性ゼロのシナリオです。馬鹿馬鹿しくて検討するに値しません。

その前に、6月2日ロシア国営テレビを見ていて、喉から心臓が飛び出すほどびっくりした事があったんです。政治討論番組「ウラジミール・ソロビヨフとの夕べ」に、私が外交官時代に親しくしていたヨッシャ・ケドミー氏が出ていたのです。

――旧友との再会は、そんなに驚くことなんですか?

佐藤 この人は、東西冷戦中はその存在自体を秘匿していたモサドと別の秘密組織「ナティーブ」(ヘブライ語で『道』の意味)の長官を1992~99年まで務めていた人です。

ナティーブはソ連からユダヤ人を送り出す仕事をしていました。ソ連時代は反体制活動家で、サハロフ博士(アンドレイ・サハロフ1921~89。「ソ連水爆の父」と呼ばれた一方で、のちに人権活動家としても活躍した)らとソ連からイスラエルへの出国運動を展開していました。1969年にはKGBに掴まっています。

――またすごい旧友ですね。

佐藤 その人がこう言っていたのです。正確に起こしたメモがあるから読みますね。

<NATOはロシアとの戦闘を死ぬほど恐れている。同時に、自らは自分たちが負けるとは思っていない。西側諸国がNATOにウクライナを加えることはない。それが、ロシアとの戦争行動に繋がると理解しているからだ。

二つの命題を比べてみよう。

①西側はウクライナで勝利しなくてはならない。

ロシアウクライナで勝利しなくてはならない。
 
これを比較してみよう。まず、どのような違いがあるだろう。

ロシアは勝利する可能性があるが、ウクライナが勝利する可能性は無い』

この事を西側は信じようとしない。西側は一度も勝利しないということを考えたことがない。
いつ、それについて考え始めるだろう?

ベトナム戦争の例に即して考えてみよう。それは、毎週、額を机に叩きつけられて、頭蓋が床に叩きつけられて、骨が折れる音が聞こえるようになった時である>

すなわち、今回のウクライナ反攻と言われる動きが徹底的に封じられ、どうしようもないくらいの事態になった時に停戦に動くんだと思います。この発言をしたケドミー氏はソ連時代の反体制派で、イスラエル秘密機関の長官ですからね。

――本物中の本物ですね。

佐藤 2014年以降、彼はウクライナに対する批判を強めました。ウクライナのオレンジ革命以降の政権にはネオナチ勢力が台頭していて、ロシアのドンバス、要するにウクライナ東部におけるウクライナ政府のロシア系住民に対する弾圧は目に余ると批判しました。

ゆえに去年2月24日以降のロシアの軍事行動に関しては、やむを得ないとしています。ウクライナはこの人を恐れて、自国への入国を禁止とし、欧州評議会にも頼み込んでヨーロッパに今、入国できない状況となっています。

ロシアの手先だとは過去履歴からは絶対に考えられません。であればやはり、西側では報道されないですが、ウクライナが大変な状況に置かれているということだと思います。

イスラエルは米国と重要な軍事同盟があるのに、ロシアに対して制裁を掛けていないので、今のウクライナが勝利するには、ロシアが分裂するしかない、と言わざるを得ないのがウクライナの現状です。それをそのまま西側メディアが垂れ流しているだけです。

――それをみんなは信じている。

佐藤 一般の人たちはそうでしょう。ただ、インテリジェンスのプロは信じていません。『ロシア革命が起きる』と傭兵会社・ワグネルのトップ、プリゴジンが言っているのも同じ理屈です。ここは大した組織じゃなく、ただのケータリング会社で、ロシア国内で要人や金持ちがパーティーをしていると、対抗するマフィアが襲撃してきます。だから、武装した警備員をパーティーに付けました。

そうしたら中々、腕っ節が強い。それで、西アフリカシリアに地上軍として派遣されました。ウクライナにはロシアの正規軍は行ってはいないと言う立場にしていたので、このような人材が行くしかなかった。

ただワグネルは大した力がないので、バフムート戦限定で頑張ったものの、ここで約2万人のワグネルの傭兵が戦死しました。日本で報道されてはいないですが、ウクライナ軍の戦死者は5万人。これは明らかに消耗戦です。これでウクライナが勝ったと言えるでしょうか?

――大本営発表を越えましたね。

佐藤 戦争に勝った方と負けた方の、平均的な損害比はどれくらいかご存じですか?

――通常は1:2~3程度かと思います。

佐藤 であれば、ワグネル傭兵隊2万人対ウクライナ軍5万人という数字は合ってはいます。

――ロシアであまり力のない傭兵部隊を相手に、ウクライナ軍は大敗している。それだけ、ウクライナ軍が弱い、という事ですよね?

佐藤 そうなりますね。ですので、ワグネルはとにかく、取れるものを取れればいい。そのためには軍の批判を散々することで、俺たちにも目をかけてくれ、という立ち位置だと思います。その動きをウクライナがそのまま伝え、西側メディアがそのまま発表しています。

客観的に見るに、あまりウクライナの調子はよろしくないんじゃないですか? ということだと思います。

次回へ続く。次回の配信予定は7月上旬予定です。

佐藤優さとう・まさる)
作家、元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。
『国家の罠 外務省ラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

取材・文/小峯隆生 写真/TBS NEWS DIG HPより

自らがイメージした「ロシア分裂図」を描いたケーキにナイフを立てる、ウクライナのブダノフ情報総局長