アイアンマンスパイダーマンなど数多くのマーベル・コミックの人気ヒーローたちを生み出した“マーベルの父”スタン・リー。2018年に惜しまれながらこの世を去ったレジェンドのドキュメンタリー作品「スタン・リー」が配信された。彼が生み出したヒーローたちのことはよく知っているけど、スタン・リー自身のことはあまり知らなかった。まさに、そんな人のための作品だ。この作品の特徴は、スタン・リー自身の言葉で語られていること。メディアでのインタビュー、ホームビデオなどの録音音声など、保管されていた素材のみで構成されていて、より“リアリティー”が感じられる内容に仕上がっている。

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17歳にしてコミックのストーリーを手掛ける

スタン・リー”ことスタンリー・マーティン・リーバーは、1922年12月28日にアメリカ・ニューヨークで生まれた。家は貧しかったというが、本が好きだったスタンリー少年は「アーサー王物語」などいろんな物語を読み漁り、「海賊ブラッド」や「ロビンフッドの冒険」などに出演した俳優エロール・フリンの映画も大好きだったようだ。

先に触れたように家が貧しいということもあって早くから働き始めたスタンリー。ズボン製造の会社で働いたがそこは長く続かなかった。そういう意味では、苦労した少年時代を過ごしたと言えるが、出版社に勤務する叔父を伝手に出版関連の仕事に就き、そこで“コミック”と出会ったことは運命だったのだろう。その時はまだ17歳だった。

意外だったのは、“雑誌の編集者になる”とか“コミックの作家になる”という憧れや強い思いがあってのことではなく、成り行きに身を任せて巡り合った感じだということ。元々作家を目指していたので、そう遠くない業界ではあったのだが、「ストーリーが書けるか?」と言われてコミックのストーリーを書き始めたという。ストーリーを書くことは容易ではない。その年齢で書けたというのはやはり才能があったからだろう。

この頃にペンネームとして“スタン・リー”を使い始めることになる。そして、17歳で臨時の編集長を務め、第二次世界大戦が始まると兵士向けの教育用映画などを制作する部署に配属され、“コミック”を使って養成期間をグンと短縮させている。

戦後もコミックの出版社に戻り、元々やっていた仕事を再開したというから、この時点でコミックに関わる仕事は天職だったと言い切れる。ただし、全てが順風満帆というわけではない。アメリカに限らずだが、コミックは子どもの読み物というイメージが強く、出版の中でもコミック関連は軽視されがちだった。スタンの中でも「大の大人がする仕事だろうか?」「子どもじみた仕事は長く続けられない?」といった葛藤が生まれるほど、世間の評価は低かったのだろう。

■妻の“金言”で世界が広がった

スタンは愛妻家としても知られるが、その妻の「あなたが好きなキャラクターを作ったら?」という言葉に彼は救われた。まさに目から鱗。子ども向けのコミックを作るのではなく、自分が読者として楽しめる作品、物語を作ればいい。そんなふうに前を向くことができたという。

スタン・リーのすごいところは、それまでのステレオタイプなコミックから抜け出し、これまでにないものをどんどん生み出していったことが挙げられる。架空の星や街じゃなくて、よく知っているニューヨークを舞台に、可能な限りリアルに描こうとチャレンジしたのが「ファンタスティック・フォー」。生まれた時から超人=スーパーヒーローということではなく、「ジキルハイド」のように普通の人間が怪物になる作品として「ハルク」が生まれた。

流行などに敏感に反応できたところも大きい。助手的なキャラとして10代の少年が登場することは多かったが、10代の少年をヒーローにするというのは当時としては斬新な発想だった。これは読者に10代が多いことをヒントに、“読者が共感できるキャラクター”を考えた結果、生まれたものだ。それが「スパイダーマン」。欠点も多く、完璧ではない。それは読者の10代と同じ。だからこそ「大いなる力には大いなる責任が伴う」といった教訓的な言葉が読者に響いたと言える。

そういったちょっとした発想から、次々と“これまでになかった”ヒーローが生まれてきた。北欧神話から生まれた「ソー」、突然変異で差別を受けながらも立ち向かう「X-MEN」、黒人のヒーロー「ブラックパンサー」…。視点を変えたり、新たな方向からのアプローチによって“ありそうでなかった”キャラクターを作り上げてきた。女性読者が多くなってきたことを知ると、「ブラック・ウィドウ」など女性ヒーローも多く作り出し、時代の流れに合わせ、その先端をいくコミックが“マーベル”だった。

人生山あれば谷あり。会社が買収されて憂き目を見た時期もあるが、映画やテレビなどの映像方面に目を向けて活路を見いだしている。それが功を奏して今につながっているわけだ。いろんな経験をしながらも、2000年公開の「X-メン」でマーベル長編映画に初のカメオ出演を果たし、「スパイダーマン」シリーズ、「ファンタスティック・フォー」シリーズ、「インクレディブル・ハルク」「マイティ・ソー」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」「ブラックパンサー」など、2019年公開の「アベンジャーズ:エンドゲーム」まで25作品にカメオ出演している。

このドキュメンタリーの中で「アイデアを思いつき、それが本当にいいと思ったら反対の声に負けるな。やりたいことや大事だと思うことがあればそれに挑戦してくれ。最善を尽くせば、やって良かったと思える」という言葉をUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の卒業式で若者たちに贈っているが、それはまさしくスタン・リーがやってきたこと、歩んできた道。

ちょうど「スタン・リー」がディズニープラスで配信された6月16日に、日本の映画館で「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」が公開され、好調なスタートを切った。スタン・リー亡き後もその意志は受け継がれ、新しいヒーロー、これまでにない物語が生まれている。この機会に、生みの親スタン・リーに思いを馳せてはいかがだろうか。

◆文=田中隆信

「スタン・リー」は、ディズニープラスで独占配信中/(C)2023 MARVEL