いま、エンタメが世の中に溢れすぎている。テレビやラジオはもちろんのこと、YouTubeも成長を続け、Podcastや音声配信アプリも盛り上がりを見せている。コロナ禍をきっかけに、いまではあらゆる公演を自宅で視聴できるようにもなった。では、クリエイターたちはこの群雄割拠の時代と、どのように向き合っているのだろうか?

参考:【写真】白武ときおと千代田修平の撮り下ろしカット

 プラットフォームを問わず縦横無尽にコンテンツを生み出し続ける、放送作家・白武ときお。彼が同じようにインディペンデントな活動をする人たちと、エンタメ業界における今後の仮説や制作のマイルールなどについて語り合う連載企画「作り方の作り方」。

 第三回は、小学館のマンガ雑誌アプリ『マンガワン』の編集者千代田修平氏が登場。

 空前の漫画ブームのなか、『チ。-地球の運動について-』というヒットコンテンツを生み出した千代田。彼はいったいどんな志を持って仕事と向き合っているのか、白武がインタビュー。アナログとデジタル、過渡期を生きるふたりがこれからの志を語り合った。

・空前の漫画ブームは『鬼滅の刃』の功績が大きい

白武:千代田さんって『マンガワン』をめがけて小学館に就職したんですよね?

千代田:そうですね。最初3年は『スピリッツ』に配属にされたんですけど、3年前ぐらいに念願叶って『マンガワン』に異動になりました。

白武:就職の頃から比べて、いまの漫画業界ってすごくいい状況ですよね?

千代田:すごくいい状況です。僕が入社した7年前は完全に斜陽という空気感で、「誰も紙なんか読まねえ」と言われていましたから。そこから「これからはデジタルだ」という雰囲気になり、気づいたらデジタルが紙を逆転していて。しかもアニメ化でウルトラヒットするみたいな流れもできてきたので、いまはかなり景気がいいなと。漫画を掲載できる媒体もめちゃくちゃ増えてるし、個人で出すのも当たり前ですし。すごく豊かになったなと。

白武:それは、7年前からは信じられない?

千代田:信じられないと思いますね。

白武:芸能人がYouTubeを当たり前のようにやるようになるなんて、みたいな。

千代田:それに近いと思います。漫画が景気いいなんて、7年前には信じられなかった。

白武:でも、常にきちんと成立している業界じゃないですか。小学館だったら数々の高橋留美子作品や『名探偵コナン』という大ヒットを生み出してきて。「紙媒体はしんどいよね」って時期もありましたけど、電子版や漫画アプリによって盛り返しましたよね。

 やはり、それって林士平さんや千代田さんみたいな、ネットから話題となる漫画を作れる人の功績なんですか? もしくは、放っておいてもそうなったのか。

※林士平とは、集英社の漫画編集者。担当作には『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』などがある。

千代田:ピンポイントで言うと『鬼滅の刃』のおかげだと思ってます。あの作品で「初めて漫画読みました」という人もたくさんいたと思うし、子どもたちだったらなおさらそうかなと。漫画読者の人口を増やしてくれたのではないかと思います。しかもアニメ化して超ヒットするというパターンの先駆者だった。僕の肌感覚では、『鬼滅の刃』からどうも業界の雰囲気がよくなってきたように感じています。だから「鬼滅、ありがとう」という気持ちがかなりありますね。

白武:みんなが同じタイミングで読んだり、見たりするような爆発的なヒット作品って年々少なくなってますよね。タコツボ化しているというか。漫画もそうなっていくのかなと思いきや、すごい規模感のものが頻繁に出てますよね。

千代田:そうですね。あとは小学館からも出ればいいんですけどね。さすがに危機意識あります。

白武:やっぱり『マンガワン』から出たらという意識がありますか?

千代田:それはそうですね。

白武:そこの限界を感じることはありますか? 鬼滅を超えるなら、いまの『マンガワン』の集客とかプラットフォームとしての強さでは難しい、とか。

千代田:そうですね。『鬼滅』がマンガワンでやっていたら、どうだったのかみたいなことはよく考えるんですけど。かなり運が作用するのでなんとも言えないんですが、直感的には正直あそこまではいってないんじゃないかなと思います。

白武:あそこまでのヒットは、『ジャンプ』だから?

千代田:そうですね。これ言っちゃうと身も蓋もないんですけど、プラットフォームとしての規模ってやっぱり大事で。『ジャンプ』だけちょっと別格で、もはやジャンプとジャンプ以外で考えていいと思うんですけど。『ジャンプ』と『ジャンプ+』しか読んでませんという人がめちゃくちゃ多いんですよね。逆にいうと、漫画業界全体の裾野を広げていくためには『ジャンプ』がヒットを出さないと困るという気持ちもあります。

白武:たしかにちょっと漫画に興味あるくらいの僕からすると、最近話題になる漫画って気づいたら『ジャンプ+』だなという感覚ですね。

千代田:そうですね。『ジャンプ+』はマジですごくて、『SPY×FAMILY』とか『怪獣8号』などが、ガンガン出てきたあたりから黄金期が来て、『タコピーの原罪』あたりで、ついにサブカルにまでリーチし始めたかと。

白武:たしかに。

千代田:それまでは『ジャンプ』=メジャーど真ん中みたいなところがあって、『スピリッツ』や『アフタヌーン』などがカウンターというか、オルタナティブでやっていたんですけど。「あ、オルタナまでジャンプ+で手を出し始めたんだ」みたいに思いましたね。しかも、そのオルタナの作り方がめっちゃ強いなと僕的には思っていて。特に『ダンダダン』はキテレツな漫画が始まったみたいな感じで打ち出されてきたんですけど、実際に読んでみたら思いっきメジャー路線で、すごく読みやすい。かなり王道寄りなのに、持ち上げられ方としてはサブカル、みたいな感じで始まったんです。

白武:オルタナ、サブカル感までジャンプが……。

千代田:ここで何が起きてるのかなって思ったときに、これは僕の妄想であって裏付けはないんですけど、「これまでアニメしか見てなかったけど、これからは漫画も読んでみるか」という、サブカルに触れてこなかった人にとってのサブカルが『ダンダダン』なのかなと。『ジャンプ+』が漫画読者層を拡げて、そのなかで新しくサブカルを定義し始めたというか。その外側に本当のサブカルがこれまでもあったんだけど、メインストリーム内でライトなサブカル枠を作り始めたみたいなイメージがあって。そうなると『ジャンプ+』内での囲い込みが強すぎるなと思ったんです。

白武:『タコピー』は、たしかに『ジャンプ+』でこれをやるんだという衝撃があって。一昔前の「ヴィレッジヴァンガードで売れてます」みたいな感じの路線というか。しかも話題になってるのをみたときに、ようやくそこで「何かが起こっている」って気がつきました。

千代田:当時『スピリッツ』にいたので、「これ、うちがやらないのはダメじゃん。『ジャンプ+』にやられちゃうんだ」みたいなのは、すごく感じましたね。

白武:そのときは、立て直そうとか、これは作家さんをごっそり持ってかれるぞ、という危機感はあったんですか。

千代田:危機感はすごくありました。ただ「よし、がんばるぞ」とは思いつつも「自分一人じゃ全然足りないわ」「もっと面で、チームでがんばらなきゃいけないんだ」みたいなのをそのあたりから意識するようになりました。

・常にリアリティが高い面白い漫画を目指す

白武:たとえば更新されて、アクセス数が出たら、次の週も同じような見せ方をするというような定型の決まった必勝パターンはあるんでしょうか?

千代田:数字を追うため、みたいな?

白武:はい。YouTuberが過激な方向に走っていたのに、それを辞めたら人気がなくなっちゃうみたいな。

千代田:それはありますね。その戦略をとっている作品だったらなおさら。ただ、僕の場合は漫画作品には気持ちいい漫画と面白い漫画の2つがあると思っていて、どっちの戦略でいくかだとも思います。

白武:その2パターンの分け方考えたことなかったです。どういうことですか?

千代田:もちろんどちらか一方だけというよりは、そのグラデーションのなかにある作品がほとんどだとも思っているんですけど。気持ちいい漫画というのは、生理的に気持ちいい漫画のこと、たとえば、エロとかホラーとかグロとか、「俺、強え(つええ)」系とかハーレムのように承認される快感をメインに据えたものです。一方で、面白い漫画はその対極にあって、むしろ自分を否定する外部とか、理解し得ないもの、いわゆる他者とかが作中に存在している。それで、読む前と読んだ後で、自分が変化したり、世界の見え方が変わったりするようなものです。そういう気持ちいい、ただ承認されるだけのものと、自分に変化を促したり、何か異物、これ読み込むのに時間かかるわみたいなものがあるんじゃないかなと思います。

白武:千代田さんは、どちらの漫画を担当することが多いんですか?

千代田:僕は常に後者の面白い漫画を目指しています。それはさらに言い換えると、シビアだ、ということになるかもしれません。ここでいうシビアというのは、リアリティが高いということなんですけど、キャラクターの心情や描写がリアルだったり、そこで起こることがシンプルな勧善懲悪とかではなくて「本当にこういう不条理で正解のないことってあるよね」というようなことだったり。

白武:『ヒソカニアサレ』とかだとこれで稼ぐしかないとか、復讐していかにのし上がれるか、みたいな感じですかね?

千代田:そうですね。『ヒソカニアサレ』は、貧困すぎて密漁するしかないという境遇を描いているのですが、そこに至るまでのどん底の描写が多く、いざ密漁をやるとなっても、罪の意識と葛藤する姿が描かれていたり、「密漁をする人以上に社会構造に問題があるんじゃないか」という話につながっていったりするのが、すごいリアルだなと感じています。

白武:なるほど。たしかに面白いの方は、ちょっとグッと向き合おうと思わないと読めないものもあったりとか。一長一短ですよね。

千代田:そうですね。まさにしんどいときに、『チ。-地球の運動について-』を読むのはちょっとしんどいですもん。だから、どっちがいいとかではないと思います。

・「千代田が担当しているから間違いない作品」が理想

白武:千代田さんは売れる漫画と10年後に残る、時代の洗礼を経ても残る作品でいうと、気持ちはどっちのタイプなんですか?

千代田:そうですね。どっちと言われたら、残るほうがやりたいですね。でも、会社員としては売らなきゃいけない。

白武:ですよね。

千代田:だから、正直、売ってない編集に対しては「売れよ」と思うこともあるのですが、やっぱり売れるだけではなく、どっちも兼ね備えた漫画がいいなというのが本音です。漫画編集者の役割は大きく分けて2つ、面白い漫画を作ることと、それをめっちゃ売ることだと思っていて、この2つが達成できるんだったら、本当にどんな手を使ってもいいんじゃないかとすらと思うんですよね。

白武:なるほど。ちなみにその売るというのは、紙のときと違うもんですか? アクセス数などがリアルタイムでわかることと、紙の時の評価軸って。

千代田:違いますね。有料チケットで稼ぐとか、単話売りで稼ぐとかのようにコミックスが売れること以外での稼ぎ方も結構あります。ただ、僕は未だにコミックスが売れることを重視していて、それは正直、僕が1番わかっている方法だからというだけなんですけど。

白武:僕たちくらいの30歳前後の年齢だと、デジタルとこれまでの作り方の世代の人たちとの交差点に立ちがちかなと思います。千代田さんは、紙の漫画とWEB漫画、僕はテレビとYouTubeみたいな。これまでの時代のことは積み上げてきた人が強いし、新しいことは次の世代が強い。そういう新しいツールを使いこなす人が上がってきたら、一気に捲られるなと。

千代田:本当にそうなんですよね。その危機感はめちゃくちゃあります。

白武:いまは漫画が「0円で読める」のが当たり前、みたいになってますよね。それに上手く乗っかれてないんですよ。有象無象すぎるから、どの漫画が良くてなにが悪いかがわからない。だから、テレビで取り上げられていたら面白いという感覚なのかなと。ラジオの場合だと「オールナイトニッポンを担当しているってことは、ふるいにかけられてるはずだから聞いてみよ」と思うようなものというか。知らないジャンルだとやはりそういう基準でものを選んでしまいますね。

千代田:わかります。これからのコンテンツが溢れかえる時代、有象無象のなかでどうやったら読まれるかをよく考えます。

白武:どうしたら読まれるんですか?

千代田:キュレーターがすごい大事になってくるだろうなと思います。これまでって、キュレーターの役割を雑誌が担っていたと思うんですよね。「ジャンプに載ってるから面白い」「スピリッツだから面白い」みたいな。それがいまは薄れてきてる、誰もレーベルなんか気にせずに読んでると思うんです。むしろいまは漫画YouTuberが紹介したり、漫画好きな芸人さん……たとえばかまいたちの山内(健司)さんが紹介してたから読む、みたいな。

白武:『ジャンプ+』で新しいのが始まったら、あっちを読むか、みたいな?

千代田:そう。『ジャンプ』はレーベルの強さをしっかり保持している。『ジャンプ』『ジャンプ+』はキュレーターとしての信頼がまだものすごくあって、そこも強いんですよね。なので、僕は「マンガワン面白いよね」と言われることがいま一番やりたいことです。

白武:それは、千代田さんがキュレーターみたいになるという手もありますか?

千代田:正直それは理想のひとつで。「編集者買い」というか、千代田が編集を担当してるから、たぶん面白いんじゃないかなと思ってもらえたら嬉しいです。そのためにはきっちり必要とされるものを出していかなきゃいけないと思うんですけど。

白武:そういう立場の編集さんは、過去もいたりしたんですか?

千代田:やっぱり、林さんとかそうなんじゃないですかね。逆にそれ以前だとあまり思いつかない。本来黒子である編集者が前に出るというのは、ほんとにここ10年くらいのムーブメントだと思うんで。まだそんなにいないけど、そういう編集者になっていきたいです。

白武:たしかにこれまではなかったですね。『チ。』や『日本三國』とか、面白いと話題になってるものを見ると千代田さんに辿り着いたので、初めての経験でした。今後これに注力していきたい、ということはありますか?

千代田:『マンガワン』をかっこいい場所にしたいですね。

白武:どうなるとかっこいいですか?

千代田:僕が就活していたころ、7年ぐらい前は『マンガワン』がめっちゃかっこよくて、面白いことをしていたんです。当時、漫画アプリが続々と出始めたころだったのですが、ほかのアプリが紙の雑誌で読める漫画をWebでも読めるようにするのがメインの役割って中で『マンガワン』だけはちょっと違った。ただ”漫画が電子でも読める”ということだけでなく「新しい、おもしろい場を作る」という気概が感じられたんです。それを見て、なんとなく『ニコニコ動画』が立ち上がったころと同じ雰囲気を感じたんですよね。

白武:その「場」というのは、『ニコニコ動画』で無名の一般ユーザーが投稿するみたいなことですか、それともNetflixが『ストレンジャー・シングス』みたいなオリジナルコンテンツを生む感じですか?

千代田:それでいうと前者の方が近いのかなと思います。以前の『マンガワン』には2ちゃんねる的なノリがあったんです。始まりがWEB上の『新都社』などで漫画を描いてる人のことを面白いと思った方々が立ち上げた編集部なので、ウェブ漫画というカルチャーがすごく流入していました。コメント欄の効果もあってか、「マンガワン民」みたいなコミュニティの意識が高かったように思います。

白武:なるほど。

千代田:「新しいカルチャーを作るぞ」みたいなものは、唯一『マンガワン』からだけ感じました。

 そこから少し毛色が変わってはしまいましたが、作家さんをスカウトするときにずっと伝えていますね。「あなたの作品でマンガワンをかっこいい場所にしたいんです」って。

白武:すごい素敵ですね。面白い漫画を作ることと、面白い漫画ができるプラットフォームを作るのは違うことなのか、1つの作品でガラッと景色が一変するかもしれませんよね。楽しみです。千代田さんは、ぼくからのすべての質問に対してすでに考えられた、説得力のある回答があって驚きます。またお話聞かせてください。

(文・取材=於ありさ

白武ときお×千代田修平(撮影=はぎひさこ)