小学生のなりたい職業ランキングで上位に入る「看護師」。しかし実際には「激務・薄給」の職業であることが、特にコロナ禍大きく報道されました。コロナがいくぶん落ち着いたいまも、その過酷な労働状況に変化はありません。今回は、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師が、複数のデータをもとに「看護師の給料事情」を解説します。

“なりたい職業”常連だが…「看護師」の過酷な勤務実態

子どもにとって憧れの職業のひとつである「看護師」。日本FP協会が小学生を対象に毎年行っている「将来なりたい職業ランキング」をみても、2022年度の女子部門で「看護師」は7位につけています(前年度は2位)。

※ 日本FP協会「小学生の『将来なりたい職業』集計結果」

実際、看護師は人々に優しく寄り添い、尊敬すべき職業です。

しかしその実、勤務地にもよりますが、基本的に看護師はいつも医療の現場の最前線に立ち、ストレスのかかる大変な職業でもあります。病棟勤務の場合、交代制で夜勤シフトに入らなければならないことも多く、緊急患者が来るとまったく寝られない日もしばしばです。

またクリニック勤務の場合も、来院される多くの患者さんに気を配りながら、患者さんへの説明から現場のオペレーションまで、幅広い現場管理能力が求められます。

さらに、コロナ禍では非常に厳しい感染対策が強いられ、過酷な状況が続きました。あまりの理不尽な労働条件に、某大学病院で数百人が大量離職する状況に陥ったニュースは、テレビなどでも大きく報道されたためいまも記憶に新しい方が多いのではないでしょうか。

こうした状況から、「もっと看護師の給料を上げたほうがよいのでは?」という世論もみられます。実際、看護師の給料は上がる可能性があるのでしょうか。

現在の看護師の給料事情をもとに、今後給与が上がる可能性について考察してみましょう。

あまり知られていない看護師の「ふところ事情」

まず、現時点で看護師はどれくらいの給料をもらっているのでしょうか。

厚生労働省令和4年賃金構造基本統計調査」をみると、看護師の給与事情や労働事情は下記のようになっています。

●決まって支給される「現金給与額」:月額35万1,600円 ●年間賞与やその他特別給与額:年間86万2,100円

上記を合わせると、想定される年収は506万円程度です。また、病院やクリニックで診療補助を行う「准看護師」の場合は、

●決まって支給される「現金給与額」:月額29万6,200円 ●年間賞与やその他特別給与額:年間62万7,300円

となっています。准看護師は、看護師とほとんど同じ勤務状態であるものの、年収418万円程度と看護師に比べるとやや低い支給額です。

また、厚生労働省の調査※1、※2、※3によると、日本人の年収の中央値は約399万円となっています。

※1 厚生労働省令和3年賃金構造基本統計調査の概況」 ※2 厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和3年9月分結果」 ※3 厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和4年2月分結果」

このように考えると、看護師は一般の日本人よりは比較的もらっている職業といえそうです。

ただし、この金額から所得税社会保険料などが引かれるため、実際の手取り金額はもっと低くなります。手取り額は通常、額面の75〜80%ほどになるため、看護師の手取り年収は約400万円だと考えられます。

また、年代別にみると、看護師の給与総月額は下記のとおりです。

●20~29歳:33万6,246円 ●30~39歳:38万7,241円 ●40~49歳:42万3,522円 ●50~59歳:45万9,478円 ●60歳以上:45万2,097円

一方、看護師の「基本給だけ」でみると下記のようになります。

●20~29歳:23万円 ●30~39歳:27万4,307円 ●40~49歳:31万6,032円 ●50~59歳:34万8,523円 ●60歳以上:36万4,312

見比べてみると、だいたい10万円程度開きがあることがわかります。この10万円の内訳は、一言でいうと「残業手当」です。ご存知のとおり看護師は緊急対応も多いため、残業を避けて通れないのが現状です。

さらに、看護師の給与としてわかりやすい特徴のひとつに「年代による上昇率が少ないこと」が挙げられます。最初の20代は他の職業よりも圧倒的に年収が高い看護師ですが、これは時間外労働による残業手当の側面が大きいのです。年功序列ではあるものの、基本給の伸び率は他の企業や業種に比べて高くありません。

ここから、日本の看護師は他の職業よりは高い給料ではあるものの、決して恵まれた状況にはないことがおわかりいただけたかと思います。

労働量と給料が見合っていない…看護師の叫び

日本看護協会の調査によると、看護師に「いまの労働に対しての給料に満足か」という質問に対して

●満足……3.5% ●やや満足……9.6% ●やや不満……31.0% ●不満……44.7%

という結果となっています。「やや不満」と「不満」を合わせると、7割超の方が現状に不満を抱えているようです。

※ 公益社団法人日本看護協会「「2022年度 専門看護師・認定看護師に対する評価・処遇に関する調査結果」報告書」より

世界と比べて日本の看護師の給与は高いのか?

では、世界の看護師の給料事情はどうなっているのでしょう。[図表2]をみると、OECD加盟国全体の平均が1.2であるところ(図中赤線)、日本は1.1と平均よりも下回っています

※ 2021年時点での日本の看護師の平均年収約492万円をもとに算出。全労働者の平均給与を1.0としたとき、OECD加盟国の平均が1.2、日本が1.1。

さらに看護師の世界の給与事情について、以下のような事実があります。

・アメリカの看護師の平均年収は1,000万円超オーストラリア看護師の平均年収は約600万円 ・中国の看護師の平均年収も500万円超(2021年時点)

このことから、日本の看護師の給与は世界と比較すると必ずしも高いとはいえません。超高齢社会のなか、今後ますます需要が増えることを考えると、これからの日本を担う看護師の給料はもっと引き上げられるべきだと考えるのは、筆者だけではないはずです。

看護師の給与を上げるために、日本政府も動いているが…

実は、こうした現状を鑑みて、日本政府としても、看護師の給与を引き上げるための取り組みが行われています。それが、「看護職員等処遇改善事業」です。

※ 参照:厚生労働省「看護職員等処遇改善事業」

看護職員等処遇改善事業とは、地域でコロナ医療など一定の役割を担う医療機関に勤務する看護職員(保健師、助産師、看護師及び准看護師)等を対象に、賃上げ効果が継続される取組を行うことを前提として、令和4年2月から収入を引き上げるための措置を実施することを目的とした事業のことです。

簡単にいうと、「コロナ医療などの負担の多い病院では、看護師に対して賃金を上げることを前提にしてくれたら補助金を出しますよ」という事業ですね。コロナで大変な医療機関に対して、看護師の離職が続いたことを受けて作られた政策です。

具体的には、2022年2月から9月までのあいだ、介護・障害福祉職員、看護職員、保育士・幼稚園教諭・放課後児童支援員などを対象に、月額平均4,000円〜9,000円(収入の1〜3%程度)の賃上げが実施されています。

さらに、日本政府では賃金改善を行う対象医療機関に対して、当該賃金改善を行うために必要な費用を補助しています。

補助額は、賃金改善実施期間の各月初日時点における当該医療機関の看護職員の常勤換算数の平均値(見込み)× 8(賃金改善実施期間の月数)× 4,660円(4,000円に法定福利費に係る事業主負担率に相当する率を乗じて得た額)と算定され、補助額を決めています。

看護師がもっと働きやすい社会にするために

このように、日本政府も日本の看護師がもっと働きやすい社会にするために政策を行っていますが、決して十分ではありません。「働きやすい環境」は、給与がいいだけでつくられるものではないからです。

たとえば、いまは長時間労働や夜勤労働を前提に給料が底上げされていますが、本来は夜勤がなくても十分な給料をもらっていると感じるほうがよいに決まっています。

また、看護師の権利保護も欠かせません。看護師は替えの利かない職業ですから、「休みたくても休めない」という状況が往々にして存在します。そのため、ついつい休みたくても労働を強いてしまいがちになります。いつでも元気に働ける環境づくりも重要な要素です。さらに、看護師のスキルアップを支援するための教育と研修の機会を増やすことも重要ですね。

そのための第1歩として、看護師の現状をよく理解し、耳を傾けることが大切ではないでしょうか。

秋谷 進

東京西徳洲会病院小児医療センター

小児科医

(※写真はイメージです/PIXTA)