実際の相談事例を基に、離婚とお金について解説する本連載。今回の相談者は、年収1,000万円超の高学歴エリートサラリーマンの秀一さんです。現在離婚調停中の奥様と「共有名義」で購入した自宅はこれからどうするべきか、持ち家離婚カウンセラー・入江寿氏の助言に注目です。
高学歴・大企業エリートの天国と地獄
筆者が初めて今回の相談者と面談したのは駅前のファミレスでした。ほどほどに騒がしいファミレスの店内は、隣の席との間隔も広くゆっくりと話ができるため、面談にはうってつけです。
相談者はとても温和でゆっくりと話をする40代のサラリーマン。面談のために、よく整理された資料を持ってこられました。
「神童」と呼ばれたエリートの順風満帆な結婚生活
話を伺うと、相談者であるご主人・秀一さん(仮名)両親に大事に育てられた本家の長男。子どもの頃から周囲には「神童」と呼ばれ、有名国立大学にストレートで入学すると、その後、某大手企業に就職したそうです。就職して何年か経った頃、友人の紹介で1歳年下の優子さん(仮名)と知り合い、2年ほどの交際期間を経て結婚に至りました。
郊外の社宅での結婚生活のスタートから5年、1人目の子どもが生まれた32歳の頃にマイホームを持つことを決め、優子さんの実家近くに自宅を購入しました。
購入したのは東京郊外の5,500万円の新築戸建て。共有名義で登記しましたが、住宅ローンの名義人は秀一さんです。秀一さんは有名大企業の課長で月収は62万円、ボーナスを含めた年収は1,000万円を超えており、月々10万円ほどの返済にはまったく無理を感じていませんでした。
2年後には2人目の子どもが生まれ、結婚生活は順風満帆。理想を体現したような幸せな家族生活は、この先もずっと続くと思っていました。
急に出ていった妻から届いた残酷なLINE
ところが、マイホーム移り住んで2年が経過した頃、悲劇は突然訪れました。
仕事から帰ると自宅はもぬけの殻。家の様子を見ると、優子さんとお子様の身の回りのものが一式なくなっており、ちょっと近所へ出かけたという雰囲気ではなさそうです。優子さんは電話にもLINEにも反応がありません。
「行くところは実家しかないだろう」と思った秀一さんが優子さんの実家に連絡をしてみるも、どうしてか取り次いではくれませんでした。
優子さんが出ていった理由にはまったく心当たりがありません。
浮気もしていないし、お金使いも決して荒くない。子どものことはいつも気にかけていたし、心当たりがあるとすれば、仕事のし過ぎで夫婦の会話が少なくなってしまっていた点くらいだったそうです。
状況が理解できず、仕事も手につかない数日間を過ごした後、突然優子さんからLINEが届きました。
「その家に戻りたいので、出ていってほしい」
秀一さんは、一度話し合いの場を持つことを提案しましたが、優子さんはまったく取り合ってくれません。数日間粘った秀一さんでしたが、優子さんの気持ちに寄り添うことでまた以前の幸せな生活を取り戻せるかもしれないという一縷の望みにかけ、家を出ることにしました。
しかしその後も優子さんとはほとんど連絡がつきません。まったく話し合いに応じない優子さんを前に、秀一さんの頭の中には不安が押し寄せてくるようになります。
「子供たちが成人するまで、学費を払い続けなければならないのか」
「このまま離婚したら、年金分割や退職金分割を要求される可能性もあるぞ」
「住宅ローンの返済は続くし、それでは自分の老後が脅かされるな」
数日間の逡巡の後、秀一さんは苦渋の決断を下します。優子さんと離婚して、自分の人生を生き直すことに決めたのです。
自宅を「共有名義」にしたまま離婚するリスクとは?
筆者は、離婚調停を進めるにあたり、その家に共有名義人である優子さんが住み続けるのであれば、共有名義で登記してある自宅と住宅ローンの名義人を、優子さんに一本化することをお勧めしました。
持ち家離婚アドバイザーの助言
今回のケースのように、もし自宅を共有名義としたまま夫婦が離婚に至った場合、住まいを失った夫の住宅ローン返済は続き、自宅に住み続ける妻からも支払いを強いられることが予想されます。登記してある自宅と住宅ローンの名義人を妻へ一本化しない限り、夫の債務は残るため、夫が別に新居を購入しようと思っても、新たに住宅ローンを組むのは難しいでしょう。
また、共有名義のまま自宅に住み続けている妻の方にもデメリットがあります。
夫の返済が滞れば、当然、連帯債務者である妻がローンを返していくことになります。「離婚したから私には関係ない。元夫から回収してください」という理屈は、銀行にはまったく通用しないのです。
売却を考える際にも、共有名義の場合は一筋縄ではいきません。売却には2人の合意が必要になるため、自宅に住み続ける妻が将来的に売りたくなっても、夫が反対すれば売却はできないということです。
それでは妻にとっても、困った事態になることは間違いありません。
銀行との契約違反になれば「一括返済」を求められることも
共有名義の場合の名義と住宅ローンの一本化に関して、引き受けてくれる銀行を自分で見つけるのは困難です。
銀行は、離婚時の名義と住宅ローンを変更する商品を持たないことに加え、「虚偽離婚」の形で離婚して、新たな住宅ローンを住宅購入以外の用途に使うのではないか、というリスクを恐れるためです。離婚時の名義と住宅ローンの変更については、その道の専門家のアドバイスを仰ぐことをお勧めします。
弁護士や司法書士の中には、「住宅ローンはそのまま名義だけ変えちゃえばOKです」とアドバイスされる方もいるようですが、これは借り入れしている銀行との契約違反になる可能性があります。
ご自身で、一度金銭消費貸借契約書をチェックしてみましょう。もし名義だけ変更してしまった場合には、銀行から「一括返済」を求められることもあるため、十分に注意が必要です。
毎月10万円のローンを返済しながら続く離婚調停
筆者のアドバイスを受けて離婚調停に入った秀一さんは、毎月10万円のローンの返済を続けています。
別居し始めてから5年、一度も会えていない子供たちの学費や婚姻費用、塾の月謝など、月々20万円を支払いながら、自分の家賃支出もあるため、生活は決して楽ではありません。
振り返れば、秀一さんは優子さんについて1つ気になっていた点がありました。
それは、優子さんとその母親との関係です。最初は仲の良い普通の親子だと思っていましたが、本来夫婦間で決めるべきことも、すべて母親に相談して決めてきてしまう節があったのです。
家のことも子どものことも、優子さんから秀一さんへの相談はほとんどなく、母親と相談して決めてしまい、秀一さんにはいつも事後報告でした。
いろいろな人に相談する中で秀一さんが知ったことは、優子さんは母親との「共依存関係」にあるということ。共依存者は、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、そして相手をコントロールし自分の望む行動をとらせることで、自身の心の平穏を保とうとします。
離婚調停の話し合いに積極的に向き合おうとしない妻を見ると、どうやらこの問題にも母親が介入している可能性が高そうです。
別居を初めて5年、解決にはまだまだ時間がかかりそうですが、「自宅を優子さん名義に一本化して離婚する」というゴールが明確になった秀一さんは、前向きに闘いを続けています。
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