プーチン失脚なら最悪の事態になるぞ!
織田信長(ウラジーミル・プーチン)を殺そうとした明智光秀(エフゲニー・プリゴジン)は、羽柴秀吉(アレクサンドル・ルカシェンコ)の説得で諦めた。
九死に一生を得た信長は光秀を秀吉に預けた。そして秀吉は数日後・・・。
西側メディアは「プーチン政権に打撃」「ロシアに深い亀裂」「ウクライナ侵攻反対に追い風」と報じているが、実際のところロシアがどうなるのか、ウクライナ戦争がどうなるのかは予想できずにいる。
蜂起直後、ドナルド・トランプ共和党大統領候補はSNSにこう投稿した。
「A big mess in Russia, but be careful what you wish for. Next it may be far worse! 」
(ロシアは大混乱だ。だが喜ぶのはまだ早い。注意しろ。もっと悪い事態が次にやってくるかもしれないからだ)
(Trump on Russia-Wagner dispute: ‘Be careful what you wish for’ | The Hill)
従来からプーチン大統領とは馬が合い、ロシアのウクライナ侵攻直後はプーチン氏を絶賛したトランプ氏だ。
極秘情報を得ての発言とは思えない。
だがプーチン政権が倒れ、プリゴジン氏がロシアを支配するようなことにでもなれば、ウクライナ戦争は一部の米エリートが望んでいるような停戦、終結などいったような好ましい事態にはならず、むしろ戦争拡大になるぞ、という警告だった。
トランプ氏の「愛弟子」、マージョリー・テイラー・グリーン下院議員(共和、ジョージア州選出)は、トランプ氏の投稿前後、こうツイートしていた。
「After our government has been funding a proxy war with Russia in Ukraine for over a year, I sure hope our government isn’t behind a coup attempt currently happening in Russia」
「Regine change in a nuclear armed country may lead to terrible consequences in the American people don’t want」
(我が国の政府はこれまで1年間、ウクライナでのロシアとの代理戦争にカネを出してきたが、このクーデターの背後で動いていたんじゃないでしょうね。そう祈りたいものです)
(核保有国で政権が代われば、米国民が望んでいない、恐ろしい結果につながるかもしれない)
(MTG Suggests U.S. Behind Wagner Uprising in Russia)
CIAとゼレンスキー、プリゴジン暗殺画策?
事実、1月のことだが、ロシアが支配するザポリージャ州の親ロシア派の市民組織「われわれはロシアと共に」の代表、ウラジーミル・ロゴフ氏はタス通信にこう述べていた。
「1月中旬、米高官(ウィリアム・バーンズ米中央情報局=CIA=長官がキエフ(キーウ)を訪問した際、ゼレンスキー大統領と会談し、プリゴジン暗殺について話し合っていた」
(プリゴジン氏はこの陰謀説をタス通信の記者から聞いていたと語っている)
(米国のジョー・バイデン大統領もアントニー・ブリンケン国務長官もメディアとの一連のインタビューで、こうした米国の陰謀説を真っ向から否定している)
(Biden is turning the screw on Putin even as US denies role in Russia's insurrection | CNN Politics)
中国指導部を不安にさせた
CIAが絡む諜報活動の真相は、30年後に機密文書が解禁されるまで分からない。
だが武装蜂起前から米国が水面下で蠢いていたことだけは間違いない。
そうした中で注視されるのは、発生直後から米国は中国の動きに異常なほど関心を示していたことだ。
米国家安全保障会議(NSC)のカート・キャンベル・インド太平洋調整官は6月26日、ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のシンポジウムでこう述べた。
「ロシアで起きた最近の動きは、中国指導部を不安にさせたと言うのが正しいだろう。これ以上、詳しく述べるのは差し控える」
「(米中の軍同士の対話が途絶えていることに関しては)偶発的な衝突を防ぐために早期の対話再開が必要だ。対話が必要な理由について今後も主張し続けていく」
バイデン政権は今回の武装蜂起については余計なことを公言しないという箝口令を敷いている。
そうした中ではキャンベル氏のコメントは気になるところだ。
オーストラリアのABCテレビによると、ワグネル一斉蜂起について、中国のSNS「微博」ではユーザー24億人が検閲をものともせず、交信し合っていたという。
発生当初は、プリゴジン氏は8世紀の「アン・ルシャン」(唐王朝中期の反逆者)に仕立て上げられていたが、蜂起失敗に終わるや12世紀の「宗江」(水滸伝の主人公)にされてしまうオンライン対話が続いたという。
それだけロシア政権転覆は中国一般市民には関心が強かったというのだ。
マイケル・マクフォール元米駐露大使はキャンベル氏を代弁して(?)中国指導部がなぜこれほど不安になったのかについてこう指摘する。
「習近平国家主席とプ-チン氏は肝胆相照らす関係にある」
「そのプーチン氏が引き続き政権の座に留まりたいなら、習近平氏は圧力をかけて、この戦争を終わらせる絶好のチャンスだと判断したとしてもおかしくない」
現に、中国の秦剛外相は6月25日、訪中したロシアのアンドレ・ルデンコ外務次官と会談、「激動する国際環境における共通の諸問題について協議」(ロシア外務省当局者)している。
事前にセットされた会談か、急遽行われたかは明らかになっていない。
当然、ワグネル問題が焦点であったことは想像に難くない。
マクフォール氏は中ロ外交面にのみ言及しているが、別の元米外交官A氏は、中国の内政面での動揺ぶりについて指摘するのを忘れていない。
「この蜂起が成功するようなことにでもなれば、習近平氏は完全掌握していると思っている中国人民解放軍の強硬派不穏分子に対する監視体制を今一度再点検する他山の石と考えたとしてもおかしくはないだろう」
「強固な独裁体制は意外と脆く、ひびは内部から入る。歴史の教訓だ」
(The reason US response to the Russia rebellion has been decidedly cautious | AP News)
(The reason US response to the Russia rebellion has been cautious)
頭抱えるベラルーシのルカシェンコ
さて、信長・プーチンから謀反人・プリゴジン氏の身柄を預かった秀吉・ベラルーシのルカシェンコ大統領はどうするだろう。
「しばらく軟禁しておいてしかるべき時に厳罰に処す」といった見方がある。
事実、反逆罪を視野に入れたロシア国家保安委員会(FSB=元KGB)や検察庁は、プリゴジン氏に対する捜査を取り下げていない。
プリゴジン氏はモスクワ方面への進軍を停止し、流血の事態を避けたいとして戦闘員らに各拠点に戻るよう命じたというが、ワグネル兵士はそれまでにロシア政府軍の航空機7機を撃墜し、少なくとも13人兵士を殺害している。
(Wagner chief 'humiliated' Putin, Ukraine says – DW – 06/25/2023)
プーチン氏は当初、プリゴジン氏とワグネル戦闘員に対する反乱罪での刑事訴追に向けた手続きを取り下げることを個人的に保証したというが、国民世論は納得するだろうか。
では処罰するとして、死刑か、終身刑か。
実はプーチン氏とプリゴジン氏との個人的関係をよく知る専門家たちの間には処刑などできるわけがない、と見る向きもある。
かつて10年間旧ソ連に君臨していたニキタ・フルシチョフ共産党第一書記の孫娘で現在米国のニュースクール大学院国際関係学部教授、ニーナ・フルシチョフ氏はこう述べる。
「プーチン氏にとっては、プリゴジン氏は拾って、食わせて、育て上げた分身的存在だ。プリゴジン氏はプーチン氏によって創られた被造物だ」
「ウクライナ戦争がロシアにとってうまくいっていないことに対するイライラはプリゴジン氏だけではない。ロシア軍内のエリートの一部にもくすぶっている」
「事態を好転させるには兵力、武器をもっと増やし、徹底抗戦に出るべきだ。ところが正規軍を指揮するセルゲイ・ショイグ国防相らは新兵徴集や武器弾薬供給面での限界を知っている」
「プリゴジン氏の方は、刑務所に服役する受刑者に十数か月、戦場で戦えば給料(月給は米ドルで700ドルから2000ドル)もやるし、無事帰還すれば無罪放免だ、と兵隊を集めて、ウクライナにはすでに4万人の兵隊を送り込んでいる」
「バフムトの戦闘では2万人が戦死している。それでも受刑者の入隊は尽きない(イチかバチか。まさにロシアン・ルーレットなのである)」
「プーチン氏も超右翼国家主義者、軍国主義者だが、プリゴジン氏はその上をいく残虐極まりないナショナリスト、ファシストだ」
「プリゴジン氏はロシア人の若者が死ぬことを何とも思っていない。ウクライナ奪還のための国家総動員を唱えている」
中東・アフリカ軍事介入の影の部隊
プーチン氏にはそうした応援歌が必要だし、プリゴジン氏の軍隊はすでに戦果を上げている。しかも現在ウクライナに出動している5万人の兵力のうち4万人はワグネル兵士なのである。
プーチン氏にとってはウクライナだけが戦場ではない。2018年のリビアへの軍派遣以降、スーダン、中央アフリカ、マリ、モザンビーク、マダガスカルへの軍事加入の影の部隊はワグネルなのである。
(Jihadi Blowback: The Wagner Group’s Hidden Downside - War on the Rocks)
しかもプリゴジン氏にはプーチン氏を取り囲む億万長者の一人、ユリ・コバルチョク氏がついている。
独立系メディア「メドウザ」によれば、プリゴジン氏はコバルチョクのツールとして愛国反エリート政治運動の推進者であるという。
(Why Did Putin Let Prigozhin Walk Away? )
プリゴジンと対照的な超エリート、ショイグ
プリゴジン氏は正規の学校(スキーヤー訓練学校には行った)にも行かず、18歳の時に窃盗で捕まって以来、その後も窃盗、恐喝などで12年間も服役。
出獄後は、母親と街頭でホットドッグを売り歩き、その後、レストラン・チェーン経営、カジノ経営と手広いビジネスを展開した。
プーチン氏と知り合ったのは1991年、同氏が共産党カジノ・ギャンブル活動監視委員長だった時だった。
その後、プーチン氏が出世街道を驀進するのに寄り添う形でクレムリン料理人を務めたのち、2014年、受刑者を戦闘員にする民間軍事会社ワグネルを設立した。
(ワグネルという名称は、ドイツ人作曲家で反ユダヤのリヒャルト・ワーグナーからとったとされる)
プリゴジン氏の経歴を見れば、なぜロシアの超エリート軍人、セルゲイ・ショイグ国防相に対立してきたかが分かってくる。
ショイグ氏は、名門クラスノヤルスク工科大学(現シベリア連邦大学)を卒業後、共産党に入党。
非常事態対策部門に従事、1992年から2012年まで30年間国防省直轄の非常事態相を務め、モスクワ州知事を経て、プーチン氏に国防相を任命され、就任している。
非常事態相は天災地変から騒乱・暴動まで市民生活を脅かす緊急事態に対応する役所の指揮官である。
日本語、中国を含む8か国語をしゃべり、日本刀の収集家でもある。
今回の本能寺の変には、プリゴジン氏のショイグ氏に対する強烈な劣等感が見え隠れする。
これからプーチンのロシアはどうなるのか。プリゴジン氏の運命は。そしてウクライナ戦争は。
現段階では誰一人として確固たる自信をもって予想する者はいない。
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