1.ワグネルの前にロシア地上軍の姿なし

 エフゲニー・プリコジン氏と彼が率いるワグネル部隊は武装蜂起(6月23~24日)し、ロシアロストフ州内の南部軍管区司令部を占拠した。

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 さらに北方に移動して、ボロネジ州ではロシア軍攻撃ヘリを撃墜した。さらに、モスクワに向かって前進し、モスクワまであと200キロのところまで到達していた。

 モスクワに向かう道路には、砂を積んだ大型トラックが道路を塞ぐように置かれていた。

 これらの車両は、軍の戦闘車に簡単に押し出されてしまうので、ほとんど無意味なことであった。

 連邦保安局の装甲車は、まれに巡回しているように見えたが、戦闘配備についてはいなかった。

 モスクワでは、連邦保安局の装甲車が市内に展開した。保安局の装甲車は、軍の戦車や歩兵戦闘車と互角に戦える兵器ではない。

 6月25日午前2時、ベラルーシアレクサンドル・ルカシェンコ大統領プリコジン氏の話し合いがもたれ、その結果を受けてなのか、モスクワに向かっていたワグネル部隊は引き返した。

 午前5時には、プリコジンとその部隊は撤収した。

2.ワグネル進撃阻止のために何をしたのか

 ワグネル部隊が南部軍管区司令部を占拠し、モスクワに向かっている最中、ロシア地上軍は何をしていたのか。

 武装蜂起に関する各種映像を見ると、ロシア地上軍の動きはほぼ皆無であった。

 ただ、攻撃ヘリコプターワグネル軍の進撃を妨害する動きがあったものの、ロシア地上軍による阻止行動は見えなかった。

 また、モスクワ市内の警備もロシア地上軍ではなく、連邦保安局(治安機関)の隊員と装甲車だけだった。

 ワグネル部隊の地上戦闘能力に対して、ロシア連邦保安局の治安機関では、戦闘になれば勝負は見えている。

 保安局の治安部隊が木っ端微塵にやられてしまう。

 装甲車の銃弾は、戦車の装甲に跳ね返されるし、装甲車は戦車砲1発で吹っ飛んでしまう。

 なぜなら、治安機関には火砲も戦車もなく、全体を統制する指揮通信能力も低いからだ。あるのは、機関銃を搭載している装甲車だけだ。

 装甲車は、戦車に対して歯が立たない。発見され射撃を受ければ、簡単に吹っ飛んでしまう。

 軍事力を有する部隊の武装蜂起を止める地上軍部隊が、モスクワに至る経路に配置されていなかったことで、ウラジーミル・プーチン大統領は、肝を冷やしたに違いない。

 私は、ワグネル部隊がクレムリンに到着すれば、ロシア地上軍がウクライナから引き返してクレムリンの配置につくまでに、戦車砲を数百発は撃ち込むのではないかと予想していた。

 プーチン大統領が厳しく「必ず罰する」「武装蜂起は裏切り」と、鬼の形相でテレビ演説したのも、映像と言葉で脅すことしかワグネル部隊を止められなかったからである。

 唯一止められる地上軍部隊はウクライナにいるので、そこからの来援では間に合わないと感じたのだろう。

当然配備されていなければならない、モスクワまでの地上軍

 これらの事態を分析すれば、ロシア国内・モスクワまでの侵攻経路には、武装兵力を止める地上軍が配備されていないこと、また、防御準備もできていないことが判明したことになる。

3.国内に残っていないロシア地上軍

 ワグネル部隊の武装蜂起に似た動きは以前にもあった。

 2023年5月に、ロシア義勇軍団や自由ロシア軍団という反ロシア武装勢力(軍)が、ロシア領土のベルゴルド州に進入した。

 この時、地上軍による直接阻止行動は、1か月ほど遅れた。

 つまり、国境線を守るロシア地上軍戦闘部隊が、ロシア国内にはいなかったということだ。

 私は、ロシア軍が、ウクライナの国境から、モスクワまでの主要経路には、地上軍の一部を配置していると思っていた。

 侵入部隊を阻止できるようにしておくことは、当然実施しているだろうと考えていた。

 だが、前回と今回の武装勢力によるロシア国内への侵攻で、ロシアの国境の防衛やモスクワを防衛する地上軍部隊は配備されていないことが分かった。

 つまり、戦闘部隊はウクライナの戦場にほぼ全戦力を投入していることが暴露されたのだ。

 軍の教育機関や整備に残している兵器だけが数%あるだけで、これらを除きウクライナに95~98%を投入しているということだ

 私は、防衛省自衛隊の情報分析官であった時に、旧ソ連が日本に侵攻する場合には、旧ソ連の国境を警備するために、3~4割程度の戦闘部隊を国境に張り付けていると分析していた。

 また、NATO(北大西洋条約機構)正面にも残すだろうから、地上軍全力の6~7割を抽出して、侵攻してくる可能性があると考えていた。

 同僚などとの研究会でも、同様の考えで纏まっていた。

 ところが、ウクライナへの侵攻では、当初は6~7割程度だったものの、戦況不利の結果、特に米欧の精密誘導兵器の威力が発揮されたことで、多数の兵器や兵員の損害が出てしまい、戦闘の長期化によって、現在ではほぼ全力を投入している。

 それでも不足しているために、新たに兵器を製造し、あるいは保管していたものから使えるものまで改修して投入している。

4.ロシア地上軍はほぼ全軍をウクライナ投入

 ロシア軍は、甚大な損失を受け、それでもウクライナとの戦いに勝利するためには、ウクライナに全力を投入せざるを得ない状況なのだろう。

 ロシア軍が、ウクライナとの戦いで、ほぼ全戦力を投入している場合について、兵器の種類ごとに、保有数、95%を投入する数、損失数から損耗率と残存数を算出してみる。

 兵器の種類ごとの保有する全数はミリタリーバランスの数値、損失数はウクライナ軍参謀部の日日報告を参考にした。それぞれの数値は、以下の表のとおりである。

ウクライナに投入して残存している兵器数(2023年6月23日

5.反転攻勢3か月間の損耗度

 ロシア軍ウクライナに投入している戦力が、ウクライナ軍の反転攻勢でどれほど損耗するのかを分析する。

 今後は、両軍とも激しい戦闘を行うことが予想される。

 今後3か月で、ロシア地上軍兵器にどれほどの損失が出るのだろうか。

 参考になるのは、兵器についてはロシア軍が侵攻当初の3か月に損失した数値だ。

 戦車・歩兵戦闘車は約1300両、装甲人員輸送車は約3200両、火砲等は約600門、防空ミサイルは約90基の損失があった。戦況推移の予想から、これに近い数値であろう。

 すると、残存数は、戦車等が約4000両、装甲人員輸送車はほぼゼロ、火砲はほぼゼロとなる。

 装甲車や火砲が、ある時期にほぼゼロに近い状況になれば、ウクライナ軍の火力は、ロシア軍の戦車等に向けられるので、前述の予想よりもさらに損害は増える。

 2000~3000両か、あるいはこれ以下になるであろう。あるいは、保管していたものを改修して、戦場に復帰させたものの数に限定される。

 防空兵器は、損失が少なく多く残存している。

 だが、今後、ウクライナに「F-16」が供与されれば、その対レーダーミサイルの攻撃を受けて、損失が急速に増加する。

 そうなれば、ロシア軍戦闘域内やロシア国内の防空は不可能になる。

6.ロシア地上軍戦闘兵器は消滅へ

 前述のように、ロシア国内には、地上戦闘を戦える部隊がいないことが判明した。

 ほほ全力をウクライナに投入しているのである。

 その戦力が、破壊され尽くされたとき、ロシア国内の武装勢力の侵攻を受ければ、ロシアの防衛は不可能になる。特に首都モスクワの防衛、国境周辺の地域は守れない。

 国内に保安局の治安部隊は残存しているが、これはあくまでテロやデモを鎮圧、あるいは暗殺するための部隊である。

 武装兵力の侵攻を受ければ、撃退することはできないのだ。

 ロシアは、これから国内を守る地上部隊がなくなるまで、一か八かでウクライナで消耗し続けるのだろうか。

 現在のロシア地上軍の戦いぶりと防御ラインの準備を見ていると、戦力を消耗して敗北するまで、そして国境線に押し出されるまで戦うつもりのようだ。

 ロシアのトップが現実を見て、ロシアの国家存続のために国内を守る部隊が必要であることが分かっていれば、ウクライナ反撃部隊に一撃を加えた後に撤退を決めるべきだった。

 しかし、そうではないようだ。

 そうであれば、ロシアにはいずれ国内を守る地上戦力はなくなる。残るのは、核兵器、海軍力、航空戦力、保安局の警備部隊だけになる。

 地上軍がなくなれば、多国に侵攻する兵力もないが、国境を武装勢力から守れる兵力もなくなるということを意味している。

 ロシア反政府勢力が急拡大すれば、クレムリンも危うくなるだろう。

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