ジャニーズ事務所の創業者、故ジャニー喜多川氏(享年87)による性加害問題。被害を告白した俳優・ダンサーの橋田康さん、カウアン・オカモトさん、二本樹顕理さんの3名は、児童虐待防止法改正を求め署名活動を実施。橋田さんは弁護士ドットコムニュースの取材に「もう二度と起きないように業界を変えていけたら」と、願いを語っていた。6月5日には、約4万筆の署名を国会に提出したが、与党は今国会での改正を見送りとする考えを示した。

だが子どもを守るための法整備の一歩が絶たれたわけではない。刑法改正の動きは進んでいる。強制性交等罪などを「不同意性交等罪」に名称変更し、処罰の範囲を明確化する改正刑法などが6月16日、参院本会議で全会一致で可決、成立した。

性犯罪被害者支援を専門とする川本瑞紀弁護士はこの法改正について「ジャニー喜多川氏からの被害を訴えている方々が行為を受けたときに、この改正刑法が既に成立していたとしたら、刑事事件化できた」と指摘する。ジャニー喜多川氏の性加害問題や、不同意性交等罪について、川本弁護士に詳しく聞いた。(ライター・高橋ユキ

●「当時の法律でも児童福祉法違反」

——元ジュニアの方々が受けたという被害について、児童福祉法や準強制性交等罪など、現行法でも違法だと言えますか

「児童福祉法は18歳未満の児童に淫行させることを禁じており、当時の法律でも確実に児童福祉法違反に当たります。ですが、準強制性交等に当たるかどうかについては、立証が非常に難しい事案です」

——2017年(平成29年)の刑法改正前までは「強姦罪」は「女子を姦淫」することが「強姦」と定められており、男子の被害は該当しませんでしたが「強制性交等罪」となり、肛門性交や口腔性交もこれに該当するようになりました。にもかかわらず、強制性交等罪や、準強制性交等罪での立証が難しいのはなぜですか

強制性交等罪の成立には13歳以上の場合、殴ったり脅されたりという『暴行または脅迫』が認められる必要があり、準強制性交等罪では『人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせ』ることが認められなければなりません。

飲酒や睡眠薬などにより意識を失った状態であったり、あるいは加害者から精神的な虐待を受け続けていたために抵抗することができなくなっていたという立証が必要ですが、このような心理的な抗拒不能状態を裁判所が認定してくれるかどうかは実務上からも、かなり難しいと感じています。

2017年に当時19歳の実子に性的暴行を繰り返したとして、準強制性交等罪に問われた父親について、一審の名古屋地裁岡崎支部では無罪となりました。高裁では一審が破棄され懲役10年の判決となり、最高裁でも高裁判決が支持されましたが、被害者がそれまで度重なる性虐待を受け心理的な抗拒不能状態に陥っていたと主張していても、これが認められるかどうかの判断は分かれます」

●刑法改正で「時効」はどう変わった?

——たとえば強制性交等罪や強制わいせつ罪では被害を受けた方が13歳未満の場合は、暴行や脅迫を立証する必要はないですが、時効の問題があるかと思います

強制性交等罪の時効は10年、強制わいせつ罪は7年です。このため幼い頃に被害を受けて、大人になって被害を認識し、警察に相談したとしても時効が過ぎているということもありました」

——今回の刑法改正では「強制わいせつ、強制性交等、準強制わいせつ及び準強制性交等」が「不同意わいせつ、不同意性交等」に改められるとあります。また処罰の範囲を明確にするための8つの行為、状況も明示されています。時効についてはどのように変わりましたか

「被害を受けたときに18歳以上だとしても、時効は不同意性交等罪が15年、不同意わいせつ罪が12年です。行為時に未成年の場合は、18歳に達したときから加算となります。

加えて性交同意年齢が16歳となり、5歳差要件が加わります。これは13歳以上16歳未満に対して、被害者より年齢が5歳以上の者による行為は8つの行為や状況に限定されることなく適用されるということです。

カウアン・オカモトさんは『週刊文春』の取材に“中学卒業を控えた頃に被害を受けた”と語っていましたので、この5歳差要件に当てはまります。

また16歳を超えていたとしても、成人していたとしても、あれほど影響力の強い事務所の社長と、その事務所に所属していたタレントとの関係なので『経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること』という条件に当てはまる可能性があり、不同意性交等罪にあたることとなります。

その当時に、6月に成立した刑法が施行されていたとしたら刑事事件化できる可能性があります。ただ行為者が死亡していれば、これは刑法改正とは関係なく、公訴棄却となり刑事事件化はそもそも難しいです」

●「社会として機が熟したから声を上げられるようになった」

——今でも、同じような被害を受けて苦しんでいる方々はどこに相談するのがいいのか悩むと思います

「ワンストップセンターはそもそも女性に対する暴力の対応窓口として発祥していますが、男性からの性被害も受け付けています。そして被害の訴えは増えつつあります」

——今回の一連の性被害問題について川本弁護士はどのようにみていますか

「北公次さんの告発本『光GENJIたちへ』が刊行されたのは1988年、私が高校1年生の時でした。あの当時はまだ、同性愛そのものが今よりもずっとタブー視されていたように思います。大学の頃に性被害が身近な問題だとわかり、被害者目線で世界を見るようになりましたが、当時は男性には強制わいせつ罪しか成立しませんでした。

尊厳を傷つけられたものに男も女もないと思っていたので、どうして膣性交だけが重い罪になり、口や肛門での性交、つまり男性の被害については軽んじられているのかという疑問がありました。その後、平成29年の刑法改正により、口腔性交や肛門性交も強制性交等罪に問われるようになっています。

今回の告発がなされた現在は、法改正と意識の変革とともに、下ネタなどではなく、人の尊厳の根幹を傷つける性被害問題として社会が受け止めているように思います。ジャニー氏が亡くなったから言えるんだという声もありますが、それだけではなく、社会として機が熟したから声を上げられるようになったのではないかと捉えています」

児童虐待防止法を改正する意味はある?

——立憲民主党が、問題を受けて児童虐待防止法の改正法案を単独提出していましたが、今国会では見送りになりました。これについてはどう思われましたか?

「被害者本人が、自分がされたことは児童虐待だから児童虐待防止法について変わって欲しいと思う気持ちは当然でしょう。ファンがそれを応援することも同様です。ですが一部野党が児童虐待防止法の改正を求めていたのは、被害者に不誠実だと感じています。

児童虐待防止法はそもそも罰則の対象にしてる行為がとても狭い。雇用主が児童に性暴力をした場合は、もともと児童福祉法の対象となっています。また問題行為を発見したときの警察への通報義務を求めていましたが、通報義務違反にペナルティがなければ実効性がない。ペナルティを作ればそれはそれで問題が生まれます。

例えば、ジャニーズのような大企業であれば、まだ誰が通報したかわからないでしょう。ですが、社長と専務とバイトの3人の会社だとして、バイトが社長に何かされているようだ、というときに専務が通報すると、社長は専務かバイトが通報したと疑うでしょう。専務が通報を否定すれば、バイトが危険にさらされます。このような場合の検討なども全くなされていません」

——刑法改正によって、同じような被害に遭っている児童たち、または過去に被害に遭い、成人した人達が、これまで時効や暴行脅迫、抗拒不能等などといったことで泣き寝入りせざるを得なかったような事案も刑事事件化できるようになるんですね。

「そのはずです。まず改正することが大事でしたが、改正された刑法では、上下関係に置かれた人の心理や、未成年者の発達に基づく判断能力について、今よりは正しく判断できるようになるはずです。

今回のジャニーズの件で言えば多くの被害者はまだ学生で、中学生の子もいました。普通の学生だった子どもたちが、それまでテレビで見ているだけだった芸能界に足を踏み入れ、生活は激変し、同世代の子とジャニー氏だけで寝泊まりするような状況になるわけです。

その中でこれを断ったらどうなるのか、とか、これを断らずにどうやって自分がのし上がっていくのかとか、そういう重大な判断を一人で下すにはまだ困難な年頃だったことと思われます。

また、大企業のみならず新聞やテレビ局などの報道機関すらジャニーズ事務所の顔色をうかがっていたわけですから、未成年者が当時、被害を訴えようとすることは不可能に近かったでしょう。

今回、昔とは違って被害者の声を受け止められたように、社会の意識も変わりつつあります。こうした社会の変化も後押しになるのではないかと考えています」

●参考

〈改正案では「強制わいせつ、強制性交等、準強制わいせつ及び準強制性交等」を「不同意わいせつ、不同意性交等」に、「強制わいせつ等致死傷」を「不同意わいせつ等致死傷」に改め、同条第六号中「強盗・強制性交等」を「強盗・不同意性交等」に改めることのほか、処罰の範囲を明確にするための8つの行為、状況を明示している。

・暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
・心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
・アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
・睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
・同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
・予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕(がく)させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
・虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
・経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。

加えて16歳未満の児童にわいせつ目的で面会を要求することについても「面会要求等」として罰則が設けられた。

参考:刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案

ジャニーズ性加害問題、改正刑法なら「事件化した可能性ある」 被害者支援の弁護士が指摘する法的課題