デジタル技術を駆使した巨大空間で世界的名画に没入体験できる新感覚アートプログラム『Immersive Museum TOKYO 2023  “ポスト印象派”  POST IMPRESSIONISM』(以下、イマーシブミュージアム)が、2023年7月7日から10月29日まで東京・日本橋日本橋三井ホールで開催される。2022年にも開催され、印象派をテーマに20万人以上を動員した“イマーシブミュージアム”。その大盛況を受けて2度目の開催となる今回は、ポスト印象派をテーマにゴッホゴーガン、スーラ、セザンヌらの代表作が登場する大迫力のショーが繰り広げられる。SPICEでは開幕に先立って行われた制作試写会を取材。プロデューサーを務める野口貴大氏とコンテンツプランナーの西田淳氏に話を伺う機会を得た。

20万人以上を感動させたイマーシブミュージアムが新プログラムで再び!

6月某日、都心近郊の倉庫に関係者を集めて行われた制作試写会。開幕までちょうど1か月を切った段階で、ここまでの完成度は西田氏曰く7割程度。まだこれから最終調整に入っていくという段階ゆえ、会場には緊張感が張り詰めていた。高さ6メートル、約700平方メートルの空間を用い、360度の壁面と床面に映像が浮かぶ本番に対して、初回の試写となったこの日は壁一面のみの投影。それでも本番に近いサイズのスクリーンで確認するのは両氏とも初めてということで、細かく各場面をチェックする眼差しには、ここまできた感慨と、ここからさらに良い作品を作り上げようという情熱が浮かんでいた。

関係者を集め、緊張感がみなぎる中で行われた試写会

関係者を集め、緊張感がみなぎる中で行われた試写会

――ひと足早く今年のプログラムを拝見し、今回のイマーシブミュージアムにもいろいろな驚きがありました。お二人も本番に近い形で見るのは今日が初めてとのことですが、まずはここまでの出来栄えに対する感想を伺えますか。

野口:実際の会場に近い形で一面の投影だけでもしっかりとした没入感を感じることができたので、意図通りにきているという自信と、これなら皆様に良いものをお届けできると確信しました。

西田:そうですね。私も野口さんと同じく、ここまでは予定通りという感触です。まだ作り上げている段階で、まだまだ改善できる部分がありますが、ひとまずは安心しています。

集中して全体の流れを確認する野口氏

集中して全体の流れを確認する野口氏

――イマーシブ(没入感)をキーワードに、新たなアート体験プログラムを標榜して生まれた本展ですが、20万人以上を集めた昨年は、お二人に届いた反響も大きかったのではないでしょうか。

野口:「アート体験を拡張する」というテーマで立ち上げた企画なので、アート好きの方から「美術館とは違った楽しみ方ができた」と言われたのは嬉しかったですね。一方で、今までアートにあまり触れてこなかったという方からも「知識がない私でもすごく楽しめた」「子供がすごく興味を持っていた」という声がもらえて、本当に幅広い方々に楽しんでいただけたと思いました。

西田:私は「イマーシブミュージアムを見て美術館に行きたくなった」という感想をもらえたのが嬉しかったです。ここでの体験をきっかけにして印象派やポスト印象派に興味を持ってもらえたり、美術館を訪れる機会が増えたりするという流れが少しでも作れたことは、ひとつの成果だと思っています。

「CGで描いたゴッホが『最後の印象派展』に向かって歩きます!」

――現在、大阪と福岡で巡回開催されている印象派のプログラムに続き、今年のプログラムはポスト印象派がテーマになっています。数ある絵画ジャンルの中で、前回の続編的な時代を選んだ理由を教えてください。

西田:美術の流れを『点』ではなく『線』で見せたいと思ったからです。これは前回のプログラムを作る時にも感じたことですが、美大などを出ていない自分は、西洋絵画を『線』のような流れで学んでこなかったという実感がありまして……。例えば、ゴッホやセザンヌというポスト印象派画家の存在は知っていても、彼らが印象派の表現に対するカウンターとして台頭してきたことや、作家同士の繋がりを通じて独自の表現を生み出していったという流れを知らないという人は意外と多いと思ったんです。印象派が作った新しい美術を、次の世代がどう発展させていったか。前回と今回を地続きで見てもらえたら良いなと思いポスト印象派を選びました。

スタッフとコミュニケーションを取りながら細部を確認する西田氏

スタッフとコミュニケーションを取りながら細部を確認する西田氏

――その点でいうと、昨年のプログラムには第1回印象派展が行われたナダール写真館を再現した映像が登場するなど、作品そのものだけでなく、印象派の歩んだストーリーも大切にされているシーンが多々ありました。今回のポスト印象派でも、そうした工夫があるのでしょうか。

西田:監修で協力いただいた坂上桂子先生(早稲田大学文学学術院 教授)とポスト印象派について話していた時に、先生から「1886年がキーになる」というアドバイスをいただきました。その年は最後の印象派展が行われた年であり、ゴッホオランダからパリにやってきた年でもあるんですね。ならば、たぶんゴッホもその印象派展を見ているでしょうと……。

「第8回印象派展」から始まるストーリー

「第8回印象派展」から始まるストーリー

野口:それで最初に、CGで描いたゴッホが第8回印象派展の会場に入っていくシーンを入れたんですよね。

西田:そうそう、あそこが全体の始まりになっています。

――あの紳士はやっぱりゴッホだったんですね。ただ、共通する流れがはっきりしている印象派に比べて、ポスト印象派は各画家がそれぞれの解釈で新しい形を開拓していったというイメージがあります。そのあたりはストーリーを作る中で苦労もあったのではないでしょうか。

西田:そうですね。印象派の流れを受けて個々の道を進んだ画家たちなので、全体の縦軸をどう作るかは悩みどころでしたが、そこは作家同士の関係性を組み込むことで一本のストーリーに仕上げることができたと思います。関係性の例をひとつ挙げるとしたら、ピサロとセザンヌのシーンです。

「ピサロとセザンヌ」のシーン

ピサロとセザンヌ」のシーン

西田:セザンヌという人は、1861年に故郷の南仏から上京してパリのアカデミーに入ったのですが、周りから訛りを馬鹿にされて田舎に出戻ってしまった。ただ、パリで出会った印象派画家の中でもピサロのことは非常に尊敬していて、時々彼のところを訪ねています。今回はその時のシーンを描いているのですが、ピサロとキャンバスを並べたセザンヌは、ピサロに遠慮したのか彼とは少し違ったアングルで作品を描いているんです。そうした対比をシーンの中に反映して、ポスト印象派のセザンヌが印象派のピサロとは違う独自の道を進んでいたことを表現しています。

――印象派絵画を理論的、科学的に解釈しようとしたポスト印象派の特徴も映像の中に表れていましたね。

西田:最初に出てくるスーラのシーンは、点が絵画になっていく流れが主観的に追体験できるようになっていますし、セザンヌのシーンは自然を円柱と球と円錐で捉えるという彼の手法をフィーチャーしています。それぞれの画家の手法をエンターテイメントとして見てもらうというのは本当にこだわったところです。ゴッホのシーンも、絵を30万個以上の点に分解し、それらを筆の質感に合わせてテクスチャに貼り付けて動かしながら調整するという地道な作業で作り上げているので、ぜひ注目していただきたいところです。

ゴッホの《ひまわり》が迫ってくる!

ゴッホの《ひまわり》が迫ってくる!

「ポスト印象派が生まれた時の衝撃を追体験させたい」

――イマーシブミュージアムは音楽もオリジナルの曲を使っているそうですね。没入感を与えるために、音にはどんなこだわりがあるのでしょうか。

野口:イマーシブミュージアムを立ち上げるにあたり、パリやミラノに視察に行ったのですが、海外で見たデジタルアート展はクラシック音楽やオペラの曲を組み合わせたものばかりでした。それを見て、日本でやるならば最先端や新時代というコンセプトに合った新曲で挑みたいという思いが当初の頃からありました。

西田:1886年の時点でポスト印象派の絵画というのはすごく斬新な芸術だったと思うので、その衝撃を追体験してもらおうという狙いで、あえて現代的な音楽を取り入れています。映像と同じように音楽もストーリーを大切にしていて、交響曲のような流れを作り、個々の作家の個性なども反映しながら22分の上映時間の中に一つの繋がりを作っています。

「音楽にも注目してほしい」と西田氏

「音楽にも注目してほしい」と西田氏

野口:映像にしても音楽にしても、機材にも非常にこだわっていて、場内のどこにいても均等なクオリティで没入感を味わっていただけるようになっています。

「涼しいところを求めて、ファミリーで気軽に来て欲しい」

――開催期間には学校の夏休みシーズンも含まれます。子供たちにこんな風に楽しんで欲しいという思いはありますか。

野口:イマーシブミュージアムを立ち上げたときから、子供にとって初めてのアート体験を提供できたらいいなと思っており、小学生以下は入場無料にしています。イマーシブミュージアムの良いところは、声が出せる環境の中で動きのある絵に触れて、ライトな形で名画に親しめるという点です。今年も昨年と同じく、雑誌『VERY』とコラボした絵本スケッチブックを小学生以下の来場者全員に配ります。自分の手を動かしながら点描画や線画に興味を持ってもらえればと思います。これからますます暑くなる季節、どこか涼しいところに行こうと思った時にファミリーで気軽に訪れていただきたいです。

開催を前に充実した表情の野口氏

開催を前に充実した表情の野口氏

――それでは最後にずばり、お二人が個人的に好きなシーンを教えてください。

野口:私は、先ほど西田さんがふれたスーラの《グランド・ジャット島の日曜日の午後 》のシーンが気に入っています。点が点描になり、点描の集合が一枚の絵になり、さらにそれがバラけるという流れを西田さんが描いたら絶対に綺麗になると最初から期待していて、実際その通りに仕上がりました。イマーシブミュージアムというコンテンツにとても相性のいい作品だと思います。

西田:私は……、やっぱり全部です(笑)。第2弾を作るにあたって、野口さんと「第2作でうまくいった映画ってないよね?」と冗談で話していて、それなら今回は全シーン見せ場にするつもりで振り切ろうと言って全力で作りました。前回お越しいただいた方でも、きっと、いい意味で期待を裏切る内容になっています。

絶妙なコンビネーションで今年も素敵なプログラムを作り上げた両氏

絶妙なコンビネーションで今年も素敵なプログラムを作り上げた両氏

貴重なお話を聞かせてくれたお二人。ちなみに筆者が最も感動したのは、ゴッホの《自画像》が登場するシーンだ。なぜかという理由は会場を訪れてのお楽しみということでここでは伏せるが、“まるで生きているゴッホ”が見られるということだけお伝えしておこう。なお、この日の試写会では体験できなかったが、7月に日向坂46の卒業を迎える影山優佳がナレーターを務めるスマホ配信の音声ガイドが無料提供。さらに自分の顔写真からゴッホ風の自画像を描いてくれる「AIゴッホ」が楽しめたり、ポスト印象派絵画をイメージしたスイーツが販売されたりと、没入体験以外のお楽しみも盛りだくさん。ぜひ作り手の思いも感じた上で、日本橋の会場に足を運んで欲しい。

『Immersive Museum TOKYO 2023  “ポスト印象派”  POST IMPRESSIONISM』は、7月7日から10月29日まで東京・日本橋日本橋三井ホールで開催。

『Immersive Museum TOKYO 2023 “ポスト印象派” POST IMPRESSIONISM』プロデューサー・野口貴大氏(左)とコンテンツプランナーの西田淳氏(右)