潜航艇「タイタン」挫滅で2本続けて出稿したところ、並んでトップビューを占めるというさらに予想外な反響がありましたので、もう少し詳しく踏み込んでみましょう。

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 タイタン海難事件とイノベーション最前線の2つを結ぶ超高圧キーワードに、まとめてみます。

 6月22日のJBpressで小谷太郎君が「室温超伝導」を紹介していました。小谷君は東京大学理学部物理学科の1年後輩にあたり、卒業研究を行った素粒子実験のラボが同じ縁で今も親しくご一緒します。

 しかし、彼の専門は宇宙物理、私が昔勉強していたのが超伝導などの固体物性なので、おや、鞍替えしたのかな?とSNSでメッセージを送ったりもしました。

 この室温超伝導が、窒素ドープ水素化ルテチウムという物質の資料を用いると、何と1万気圧という低圧で実現できると、米ニューヨーク州にあるロチェスター大学の若い工学者ランガ・ディアス助手らは言うのです。

 その追試に6月になって成功したというニュースが飛び込んできたので、小谷君のコラムとあいなったわけです。

 しかし、約1万気圧程度の高圧にすると室温超伝導になるという報告がそもそも、よく分からない。

 ちなみに広島に投下された原爆の爆心地が瞬間的に10万気圧程度と言われています。

 ですから、原爆の10分の1程度のインパクトということなのですが、これもよく分からない。

 タイタンが潰れたのは200気圧とか300気圧ですから、その数十倍と言われれば、およそ低圧とは思われません。

 ちなみに、地球をどんどん掘り進んでいって、マグマが煮えたぎるマントルの底、外核表面圧力が125万気圧、温度は2200度。

 地球で自然に存在する一番強い圧力は、地球の内核中心部で364万気圧、温度は5500度だといわれています。

 2015年に発表された、この種の高圧超伝導の最初の報告は、この外核くらいの超高圧を水素化物にかけると、超伝導現象が確認できるというものでした。

 しかし、地球の中心と同じ程度に高圧って、いったい何を言っているのか、それ以前にそもそも圧力とは何なのか?

 東大で1、2年生諸君に熱力学関係の質問をすると、まあ100%トンチンカンな答えしか返ってきません。

 地球に穴を掘って行くと、いつか裏側まで空洞のトンネルが掘れ、そこに「行って来ま~す」と飛び込むと、裏側のブエノスアイレスあたりに「こんにちは」・・・。

 こんなナイーブなイメージはマンガだけにしてほしいのですが、現実にはこれに近い誤解で地底探検をイメージする学生は少なくない。

 そういう学生は東大にも普通にいて、単に地面を深く地下に進むだけでも、温度や圧力状況が全く変わってしまうこと、実はどこでも深く掘りさえすれば温泉が湧くイメージなど、持ち合わせていないのが普通です

 ということで、まず1の1から考えなおしてみましょう。

高圧の下でいったい何が起こるのか?

 話を潜航艇タイタン挫滅に戻しましょう。

 タイタン事故の直後「残りの酸素ボンベは何時間分」みたいなミステリー仕立てで、日本の民放が番組を放映していたことをテレビを見ない私は全く知りませんでした。

 またそこに登場する専門家を称する人たちの中には、常識的な物理の観点から見ておよそ奇々怪々な諸説を弄する人もあり呆れました。

 間違いとまでは言わなくても、ちょっとそれは違うという例から始めましょう。

 例えば、300気圧というのは、小指の先ほどの面積に相撲取りが2人ほど乗って300キロからの重さが集中するのと同じ程度といった説明を、ご丁寧にテレビパターンつきで怪説しているものを見かけました。

 これは、ミスリーディング、誤解を招きます。

 指先に300キロが集中したら、痛そうでは済まないでしょう。仮に電車の車両が重みをかけたら、発生する事態は圧縮ではなく轢断、指が切れてしまうでしょう。

 しかしそれは、周りが1気圧の常圧で、そちらに逃げ場がある状況でのお話です。

 海中は、前後左右上下の6方向すべて水で、あらゆる方向から相撲取り2人分が押しつぶしてくるわけで、状況は全く異なります。

 ところがそれを示すと称して、カップ麺容器を深海底に沈める演示を見せるテレビ番組を見かけたのですが、これも別の意味でミスリーディングです。

 というのは、発泡スチロール製のカップ麺容器は空気を圧縮しますから縮んでいくのがよく見えます。

 しかし人間を100気圧の条件下に置いても、カップヌードルのような縮み方はしません。というのも、人間の組成は大半が水です。

 水の圧縮率は摂氏20度で1平方センチあたり1キログラムの重さがかかったとき、4.482×10のマイナス5乘(cm2/kg)つまり0.01%程度にしかなりません。

 深海底の水温を正確に知りませんが、凍っていないのだから0度よりは高く、そこで仮に300気圧かかっても1パーセント程度しか圧縮しない。

 しかし、細胞器官例えば心臓、血管、眼球、脳など人間を形作る器官ははるかにデリケートですから、3気圧程度かかっても潜水病を発症しますし30気圧では生きていられません。

 いま300気圧、あまり生々しい表現は取らないように、するめとかアジのタタキとかなめろう、あるいははんぺんかまぼこなどをつくるすり身とか、魚介類加工品の名を挙げ、話を先に進めます。

 また、テレビの動画で「爆縮の結果瞬間的に大変な高温になる」と解説する人がありましたが、一概には言えないように思います。

 計算上はそういう話もできますが、何しろ周りは莫大な深海の水という低温熱浴が取り囲んでおり、どのような温度状況かは検討しなければ何とも言えない。

 少なくとも人間の体が瞬時で煮えてしまう可能性は高くないように思います。水の比熱は大きく、タンパク質が変成するほどの熱収支があったとは考えにくい。

 超高圧で明らかに圧縮されるのは船内の空気でしょう。この際、船内の人間の体内にある空気も同様であることに注意せねばなりません。

 肺は瞬時に爆縮、胸郭全体も厳しいことになる可能性があり、それは咽頭・喉頭などの頸部や口腔も同様なので、首や下顎には大変なインパクトがかかったと思われます。

  初回稿では、あえて詳細な表現は避け、これらをまとめて「バラバラ」とのみ記しました。

 嫌な表現でしたが、報道では「引き上げられたタイタンの残骸」の中から「体の一部と思われるもの」が確認されたと表現されていました。

 元来の発表では“Presumed human remains”(人間の遺体と推定されるもの)と表現されており、原型をとどめていないことが分かります

 しかし、このようなことは水深2キロと聞いた次の瞬間、少しでも物理や保険物理をかじったことのある人間なら反射的に分かる話でしかありません。

 日本の民放テレビ番組が、酸素ボンベの推定残量をもとに、おかしなサスペンス仕立てで放送していたらしいことは後になって知りました。

 事態の本質と全く関係がなく、合理的な科学リテラシーにも反し、単に視聴率を当て込んだ困った放送と指摘せざるを得ません。

 温度や圧力が変わると、物質の存在形態は大きく変化します。

 また、人間が健康に生存するためには、体温が34度を下回ったり、41度を上回ったりすることを避けねばなりません。

 酸素ボンベ以前に深海底水温圧力を想起した時点で何が起きるか、高校生程度のサイエンスでも、きちんと基礎を理解していれば、ほぼ瞬間的に答えの察しはついてしまいます。

 超高圧下「固体水素」の超伝導なら当り前

 ヒトを含む、あらゆる生物の命は極めてデリケートで、ほんの少し環境が変わっただけでも、命脈を保つのは容易なことではありません。

 これに対して無機物は事情が異なり、宇宙創成初めの3分間から太陽系の終わり、銀河の終焉まで、物質粒子は悠久の寿命を誇ります。

 超高圧下で実現する超伝導については、ある意味当たり前のことと言えるかもしれません。

 今回ロチェスター大学のグループが発見したと主張するのは窒素ドープ水素化ルテチウムという物質ですが、超伝導の本質は電子にあってルテチウムは電子に舞台を与える役割しか持っていません。

 餅屋は餅屋ですので、非常に荒っぽいですが、小谷君の記事が触れなかった物性物理を補いましょう。

 超伝導というのは何も特殊なことではありません。

 電気が流れているはずなのに、熱も出ないし止まりもしない永久電流は、私たちの体の中にも無数存在しています。

 原子・分子を形作る原子核の周りを飛び交っている電子は、どれだけ動いても熱など全く出さず動き続けている。

 こうした存在を量子力学的粒子と呼び、その挙動を示すものを「波動関数」と呼びます。

 ここでは「量子力学的な粒子はほとんど超伝導」という事実のみ、確認できれば十分です。

 最も小さく軽い原子である水素、つまり陽子1個の周りを電子が1つ回っているだけのシンプルな陽子が2個集まって「水素分子H2」になっても、周りの電子は熱を出したりせず永久に回り続けている。

 仮にこれが「H4」とか「H10」みたいに、水素がたくさん集まった巨大分子みたいになったら、その周りを飛ぶ量子力学的粒子である電子は熱を発したりしなさそうです。

 では、大変な高圧の下で「水素の氷」を作ってみたら?

 つまり「H100」とか「H10000」「Hたくさん!」みたいな固体水素の結晶ができたなら?

 水素は、実はナトリウム、カリウムなどと同様、アルカリ金属の仲間で、結晶化すれば金属の性質を持つことが期待されます。

 固体金属水素の超伝導可能性は英国~米国の物性物理学ニール・アシュクロフト1968年に指摘して以来、検討されています。

 ともかく水素は小さいので、単体で扱おうとしても逃げてしまう。

 そこで、水素化物ハイドライドという形で、一定の場所に水素を捕まえておいて、それら全体を圧縮することで波動関数がつながり、巨視的な量子力学的粒子のようなものができないか・・・。

 これが、超伝導の超高圧からのアプローチの本筋で、今回の報道もその進捗の一つにほかなりません。

 このアプローチの良い点は、原理から明瞭であること。

 惜しい点は実用とは距離があることで、超高圧下で小さなサンプルが室温超伝導を示しても、それで直ちに病院にあるMRIが常時用いている超伝導磁石に転用できるというわけではない。

 こうしたことも、「水深2キロ、3キロで潜航艇爆縮」と同様、何が起きているか、必要十分な基礎科学を理解していれば、瞬間的に大方の判断は誤らずに下すことができます。

 かつ、逆立ちしても今のLLM(大規模言語モデル程度の生成AI)では、このような芸当はできません。

 本稿のおしまいに、潜航艇タイタンに関してですが、あのような杜撰なテレビを流し見て、専門家と称する人が何か言って、出演者も、ディレクター・プロデューサーも、また大多数の視聴者もそれで納得したり、しなかったり・・・という右往左往に我慢できること、それ自身が私には正直よく分かりません。

 賢い子なら小学生が聞いても「何言ってるの?」という程度に科学的に誤った内容を、タレントやアナウンサーが公共の電波に乗せるのも言語道断なら、それに慣れてしまい、「オオカミが来た!」と告げる少年の声と同様、多くの人が受け身の思考停止に陥っている現実に警鐘を鳴らさざるを得ません。

 今回、タイタンに乗船して命を失った人たちは、「死」という言葉が第1ページだけで3回ほど出てくる権利放棄の誓約書にサインさせられたそうですが、まさか本当に「死ぬ」とは思っていなかったでしょう。

 みすみす死ぬと分かっていたら、そんな船には乗る人はいない。しょせん観光なのだから。

「こういう書類は書かせるものの、3500万円からのお金を取り、こんな立派な機材で深海に降りて行くのだから、安全は保障されている。冒険エンターテインメントなのだから・・・」と思い込む思考停止の可能性があったように思います。

「怖がっていても仕方ない。ここはいちか、ばちかだ!(たぶん大丈夫だろう)」

 19歳で命を失った少年には、ひょっとするとお父さんと一緒に「命がけの冒険」に出かけることで、20歳以降の人生に乗り出す「イニシエーション」度胸試しの面があったかもしれない。

 でも、もしそうであったなら、すでに安全性の保障されているスカイダイビングなど、他の確実な方法がいくらでも存在していた。

「海底観光はビジネスチャンス」というアイデアに取りつかれ、1から10まで完全に間違った設計の「使用期限切れのジャンボ機体材料で作った、挫滅確実な潜航艇」商法なんぞの餌食になるべきではなかった。

 注意深い読者にはご理解いただけたと思いますが、前回も記した通り、深海では周囲の海水に圧迫される圧縮強度が問われ、強さをきちんと評価していない円筒形の断面側から水圧で押しつぶされてタイタンやばいをたて、最終的に破断したと思われます。

 翻って、ジェット旅客機が飛ぶ環境は飛行高度にして10キロ程度、気圧は0.2~0.3気圧程度、マイナス30~50度という空間で、機内の常圧の方が高くなっている。

 当然ながら航空材料のスペックは「引張強度」で問われ、深海で問題になる圧縮強度の評価は一般に問われません。

 オーシャンゲートは、そこで問われる材料強度をきちんと評価せずにタイタンを設計、就航させていた可能性が高い。だから事件というべきだと思うわけです。

 なお細かいことですが、引張強度と圧縮強度の間には、この資料などにもあるようにほぼ同等の値が比定されるようですが、インパクトを受けるような場合、横弾性係数に依存する圧縮強度が産出され、簡単ではありません。

 そこで百歩譲って、ボーイング社が放出した「使用期限切れ」のジェット機材料で潜航艇を造るとして、当該材料のそうした材料強度をシリアスに検討したうえでタイタンは設計されただろうか?

 およそそうは思えない。

 むしろ真剣に考えれば、高水圧下の環境に異方性材料を持ち込むのが、そもそもの間違いと言わざるをえません。

 ジェームズ・キャメロンなど、実に正確に事態を予期していた人も多数ありました。でも夢多き19歳には無理だったでしょう。

 見通しの甘い人たちが契約、高額なお金を支払って、オーシャンゲートはこんな商売を続け、とどのつまり今回の事態を引き起こしてしまった。

 そう考えると、ラッシュCEOが潜航艇と運命を共にしたことも、別の見方が可能かもしれません。

 つまり、彼はCEOでありながら、何一つ爾後処理に責任を取らず、タイタニックの傍らに消えてしまったのですから。

 生半可な理工学の知識と、新自由主義期に典型的だった、科学を無視した売り抜け商法という人生の果てに、この世にいなくなってしまった。

「究極の無責任」と遺族が見ても、全く不思議ではないでしょう。

 末尾、やや説教臭くなりますが、特に若い人は自然界を記述する基礎科学に興味を持っていただきたい。

 自らの知的好奇心をもって、「タイタン潜航艇遭難」のような時事から「室温超伝導」の現実まで、AIには真似のできない瞬時の洞察で、世界を見抜く眼力を養ってほしいと切実に願っています。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  設計時点で破断が約束されていた潜航艇タイタン

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