ロシア軍の占領地域を奪回しようと攻勢を強めているウクライナ軍。そんな同国がいまアメリカ製F-16戦闘機の導入に意欲的なのは、戦後復興を見据えた動きでもあるようです。

2022年10月のクリミア大橋破壊は奪回の準備だった?

すでにウクライナへの供与が決まり、要員の訓練も始まっているF-16ファイティングファルコン」。アメリカ製の汎用性に優れたマルチロール機で、かつ小型の単発エンジン機ゆえに運用コストも安い優秀な戦闘機として、よく知られた存在です。

そのようなF-16ウクライナ軍に配備されれば、さまざまな局面で多用されることは間違いありません。加えて、現在の反転攻勢の方向性を見ると、同機の「その先の使い方」も見えてきそうです。

2023年6月8日に始まったウクライナ軍の反転攻勢は、ロシアが占領しているウクライナ東部地域のうち、主にアゾフ海沿岸エリアへ向けて行われています。

主要な反転攻勢の軸は3本。まずは西から東のバフムトに向かう軸で、これはバフムト戦線とも呼ばれています。続いて、北のベリカノボシルカから南のアゾフ海沿岸のマリウポリとベルジャンシクに向かう軸で、これは南ドネツク戦線とも。そして、最も西側にあるのが、北のオリヒウから南のメリトポリへと向かう軸で、こちらはザポリージャ戦線とも呼ばれています。

この3本の反転攻勢軸のうち、南ドネツク戦線とザポリージャ戦線は、いずれもクリミア半島ロシア本土を陸路で繋いでいるアゾフ海北部沿岸の回廊部を遮断する形で進撃しています。またバフムト戦線も、ロシア本土からこの回廊部へと向かうロシア軍の増援や補給を遮断すると同時に、ロシア軍をひきつけて、前記2本の反転攻勢軸への圧力を軽減する役割を果たします。

これらの反転攻勢軸に、2022年10月8日ウクライナによるクリミア大橋の機能喪失を企図した特殊攻撃も重ねて考えれば、ウクライナ軍が、クリミア半島の奪還を最優先で考えていることは明白でしょう。

その理由は、クリミア半島ウクライナが面している唯一の海である黒海への門戸であるだけでなく、その黒海の制空と制海の要ともいえる要衝だからです。加えて、クリミア半島にはロシア帝国時代から重要な海軍拠点だったセバストポリが所在しています。だからこそ、ロシアは同半島を2014年に占領したといえます。

では、もしウクライナの反転攻勢がうまく進み、クリミア半島の奪回にも成功したなら、ウクライナ軍はそこからどのような動きをするのでしょうか。

F-16のマルチロール性が必要なワケ

現状では、ウクライナ海軍は壊滅状態ですから、艦艇による同半島の防衛は困難です。そこで、独自開発した国産対艦ミサイルネプチューン」や、デンマークから供与されたアメリカ製対艦ミサイルハープーン」を沿岸部に配備し、その射程内の制海権を確保すると考えられます。

また、空からの脅威に対処するために9K37「ブーク」や9K330「トール」、それに加えて、NATO(北大西洋条約機構)加盟国から供与されたNASAMSや「パトリオット」といった戦域防空用の長射程対空ミサイルが配備されると思われます。

とはいえ、これら地上発射式の対艦ミサイル対空ミサイルの射程外となるエリアの制海や制空となると、味方の艦艇や航空機に頼らざるを得ません。ところが、ウクライナ海軍の現状では、艦艇を用いた黒海の制海や制空は事実上不可能。おのずと航空機に頼ることになるため、クリミア半島内の航空基地に、ウクライナ空軍機が展開することになるのではないでしょうか。しかし、現在の同空軍の保有機数では、十分な制海と制空をこなすのは難しいのが現実です。

ゆえにドローンなども投入されるでしょうが、その点、F-16は制海と制空を同一機でこなせる能力を備えています。同機のキャパシティーであれば、対艦ミサイル対空ミサイルの両方を搭載しての洋上パトロールが可能です。そのため、陸上配備の対艦ミサイル対空ミサイルの射程外となる範囲の制海と制空を担うことができます。

反転攻勢の開始前、ウクライナは同機を盛んに求めていましたが、それは全般的な航空戦力の底上げという意味合いはもちろんのこと、将来的にクリミア半島を奪回した際に、同地の防衛と黒海の制海・制空権を維持するうえで、同機が適しているという判断もあったからではないでしょうか。

黒海の制海権確保がウクライナの復興を促進

冒頭に記したように、すでにアメリカを始めとしたNATO諸国による、ウクライナ空軍将兵へのF-16の運用訓練は始まっています。同機がいわゆる流行り言葉でいうところの「ゲームチェンジャー」になるとは到底思えないものの、少なくともクリミア半島の奪回に成功すれば、F-16が同半島一帯の防衛と黒海での制海・制空に、絶大な威力を発揮するのは間違いないでしょう。

6月21日から翌22日にかけて、イギリスの首都ロンドンにおいて、このたびのロシア侵攻で甚大な被害を被ったウクライナを支援するための「ウクライナ復興会議」が開催されました。

この会議に参加した各国からの支援は、総額600億ドル(約8兆5700億円)とも。そして復興には、当然ながらさまざまな資材が必要ですが、それらは陸路だけでなく海路でも運ばれます。また、ウクライナにとっての重要な外貨獲得手段である穀物も、海路で輸出されます。

こういった点からも、黒海の制海と制空によるシー・レーン(海上交通路)の安全確保は、ウクライナにとって最重要事項といえるでしょう。ひょっとしたら、クリミア半島の奪回と維持は、ウクライナだけでなくNATOも考えているのではないかと筆者は推察しています。

ウクライナが欲しているアメリカ製のF-16戦闘機。写真はオランダ空軍の機体(画像:オランダ国防省)。