コロナ禍が明け、訪日観光客は順調に回復してきている日本だが、一部の中国人の満足度が低下中という
コロナ禍が明け、訪日観光客は順調に回復してきている日本だが、一部の中国人の満足度が低下中という

新型コロナウイルス感染症法上の位置づけが5類に移行し、日常が戻りつつある。海外からの観光客数も復調傾向にあり、インバウンド業界にも活気が戻ってきている。

当然、コロナ前に最も多くのお金を消費していた中国人観光客への期待も高まっているが、そんな中国人の間で異変が起きていると言うのは、『中国人が日本を買う理由』を上梓したジャーナリストの中島恵氏だ。

【写真】中国人が狙う福岡

■買わないとわかった途端に豹変する店員

中島氏は昨年頃から、日本の「おもてなし」のサービスの質が低下したと口にする中国人の声をよく耳にするようになったという。

「ある中国人男性が数年ぶりに来日し、東京に所有しているマンションで使う家具を見に高級家具店に行きました。熱心に購入を勧める店員に対し、今回は下見だから買うつもりがないと告げると、態度が一変。『私はあなたのボランティアじゃない』と言われたそうです。

レストランで日替わりランチのメニューを店員に尋ねると、すぐに答えられず、他の店員に聞きに行く。居酒屋で支払いをしたら予想より値段が高かったため、レシートをよく見ると、注文していないボトルが含まれている――。こうした話を多くの中国人から聞きました。

以前、このことを原稿に書いたことがありますが、ネット上では賛否両論あり、日本のサービスは低下していない、お客さんのほうに問題があったのではないか、といった意見もありました。現場に居合わせたわけじゃないのでわからない部分もありますが、私自身もサービスの質が下がったと感じることがあるので、中国人の声には納得させられました」(中島氏)

では、サービスの質低下の原因はどこにあるのだろうか。中島氏は人手不足を挙げる。

「コロナ禍で飲食店は苦境に立たされ、働いていた多くの方が辞めました。コロナが落ち着くと経験のない人が業界に入ってきたので、慣れていなかったり、アルバイトなので無責任な面があったり、ということがあちこちで起きているのではないかと思います。精神的、経済的に、日本人に余裕がなくなってきているということもあり、サービスの質はこれからさらに低下する可能性があります」(中島氏)

中国人の期待値が上がってしまったことも、満足度が低下している一因だという。

「コロナ禍で日本に来ることができない間に、彼らの間で『日本の理想化が進んだ』といいますか、日本に行ったらきっと最高のサービスを受けられる、と多くの中国人が期待を膨らませています。そうしたいいイメージがあるため、期待外れだったときの落差が大きいのです。

初めて来る人はあまり感じないでしょうが、何度も日本を訪れているリピーターは、『あれ? 日本ってこんな感じだっけ?』と首をかしげることがあるかもしれません」(中島氏)

これまでの質が良すぎただけで、日本のサービスもグローバルスタンダードに近づいているのではないかと中島氏は言う。

「料金が高い、安いにもかかわらず、質の高いサービスを受けられることが日本の良さでしたが、人手不足などもあり、だんだん難しくなってきていると思います。欧米のように高いお金を出せばいいサービスを受けられるけれども、料金の安い店で高いサービスを求めるのはおかしいという価値観に、少しずつ変わりつつある。いまはその過渡期なのではないでしょうか」(中島氏)

■日本人が気づかない魅力に惹かれる移住希望者も

このように、一部の中国人は日本のサービスの低下を感じ始めているが、それでも日本に来たい、さらに日本で暮らしたいと考える中国人は増えている。

「昨年、中国でロックダウンが行なわれた際、移動や自由が厳しく制限されました。その結果、経済的に余裕のある層は、自由な日本で暮らしたいと考えるようになりました。昨年5月に日本に移住した中国人は、『ストレスのない生活が送れる日本に来られて本当によかった』としみじみと語っていました」(中島氏)

日本移住を目指す動きは、中国のコロナ規制が撤廃されたいまも変わらないという。

「コロナ禍のときは物理的に日本に来ることができませんでしたが、落ち着きつつあるいま、一部の人は来られるようになりました。中国で、表立って移民のことが話題に上ることも少なくなり、逆に移住しやすい環境にあります」(中島氏)

歴史的に中国との結びつきも強く、航空便のアクセスもよい福岡市も中国人移住希望者に注目される地方都市のひとつだ
歴史的に中国との結びつきも強く、航空便のアクセスもよい福岡市も中国人移住希望者に注目される地方都市のひとつだ

日常が戻っても移住したいと考えるのは、中国人にとって日本には、日本人が気づかない魅力があるからだ。

バブル崩壊直後に日本に移り住んだ中国人男性は『日中の経済力は逆転しましたが、自分の生活圏だけを見れば、生活の便利さは昔と変わらない。昔のインフラがそのまま使えるのは、それだけ昔の日本がすごかったということ。ひとりの人間として生活しやすいのは、いまも断然、日本です』と断言していました。

中国人の中には、地方の大学に留学する人も多いですが、日本の地方都市に対する評価の高さもよく耳にします。別の中国人男性は『日本の地方はインフラが充実していて、小さな都市でもコンサートや展覧会が催されるなど、文化レベルが高い。地方の人にも都会の人と変わらない知性と教養があります』と言っていました。

中国では都市と地方との格差が大きいので、地方出身者ほど、日本の地方に好感を抱くのでしょう。どこへ行っても安定している日本の社会が魅力なのです」(中島)

これからは中国人観光客ばかりではなく、中国人移住者も日本各地で増えていきそうだ。

●中島恵(なかじま・けい) 
山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経てフリージャーナリスト。主に中国や東アジアの社会事情を取材。著書に『日本の「中国人」社会』『なぜ中国人は財布を持たないのか』『中国人エリートは日本人をこう見る』『中国人の誤解?日本人の誤解』(すべて日本経済新聞出版社)、『「爆買い後」、彼らはどこに向かうのか?』(プレジデント社)、『中国人のお金の使い道』(PHP研究所)などがある

文/大橋史彦 写真/photo-ac

コロナ禍が明け、訪日観光客は順調に回復してきている日本だが、一部の中国人の満足度が低下中という