犬や猫といった人ではない生き物と共に暮らすことは、彼らからしかもらえない喜びや癒やしがあるもの。しかし、それには責任が伴う。とくに、言葉を持たない彼らが不調をきたした場合、どんな治療法を選択するのかは飼い主がしなければならない。

【漫画】ずっと一緒だと思っていた猫。その不調は突然現れた…

ねこゆうこさん夫妻が飼っていた「クールでおおらかなイケメン猫」の“ちゃーにゃん”。15歳を迎えたある日、下あごに腫瘍が見つかり、かかりつけの動物病院で“扁平上皮(へんぺいじょうひ)ガン”の疑いを指摘されてしまう。ガンの専門病院に連れて行くと、下あごの全摘と胃ろうチューブ(腹部に開けた穴にチューブを通し、直接胃に食物を流し込める)をつける手術を提案される。しかし、ねこゆうこさんの夫である“旦那さん”は、「老猫のちゃーにゃんに最後にそんなことしたくない」と手術はせず、自宅でケアをしていくことを選ぶ。

「長くて3カ月」と告げられたちゃーにゃんとの最期の日々を綴ったブログ漫画「ちゃーにゃんマンガ<猫の扁平上皮癌>」は月間12万PVを記録。その反響を受けて、2023年3月に「世界一幸せな飼い主にしてくれた猫」として書籍化された。作者のねこゆうこさんに闘病生活の苦労や猫を飼うということについて思う気持ちを聞いた。

■ご飯を食べさせる方法に苦心。闘病生活は試行錯誤の連続

ちゃーにゃんの下あごにできたガン。ガンに栄養を取られてしまうので、しっかり栄養をとらせて体力を落とさないようにかかりつけの獣医師からアドバイスをもらったねこゆうこさん夫妻。しかし、どんどんガンは大きくなり、口の中をほぼふさいでしまいうまくご飯を食べられなくなってしまう。

闘病生活でどの問題が大変だったかを聞くと「ちゃーにゃんがご飯を思うように食べられないことが大変でした。ちゃーにゃんは食べることが大好きな猫だったので、ご飯を催促してくれるのに、なかなかうまく食べさせてあげられないことが辛かったです」とねこゆうこさん。変化していく病状の中で、何だったらちゃーにゃんが食べられるのか。漫画の中でもねこゆうこさん夫妻が工夫を凝らしている姿が描写されている。

ねこゆうこさんがこれだけ詳細な描写がある漫画を描けたのは、闘病当時に残していたメモのおかげなんだそう。体重やトイレの回数、食べた物は部屋のカレンダーに書いたり、非公開で開設したブログに日記としてメモを残していた。漫画を描き、ブログを公開するようになったのはちゃーにゃんが亡くなった後のことだ。

「私は年子の兄がいたんですが、大学生のころ血液のガンで亡くなりました。兄の闘病は長く、印象深いものだったのですが、それでもやはり時間が経つにつれだんだんとその記憶が薄れていくものです。元気なころの兄との思い出はとてもよく思い出せますが、病気になってから入院して亡くなるまでの日々、お医者様に言われたこと、治療のことは断片的にしか思い出せなくなってしまいました。きっと、ちゃーにゃんに対してもそうだな、と思いました。私はきっと、こんなにも印象的な出来事でも、だんだん忘れていってしまうんだろうと。それがすごく怖かったのです。ちゃーにゃんが病気になってから、たくさんの同じ病気の猫ちゃんとその飼い主さまのブログに本当に助けられました。すがるようにいろいろな飼い主さまのブログを読む日々でした。ただ、猫によってその症状はさまざまだったので、ちゃーにゃんのことも1つの例として、同じ病気の猫ちゃんの助けになれたらいいなと思って漫画を描こうと思いました。看病中は漫画を描く余裕はなかったのですが、亡くなってからはゆっくりと、ちゃーにゃんとの思い出を出会いから描いていきました。漫画には描き切れませんでしたが文章でもいろいろメモを残しました。看病の日々も、記憶がまだ鮮明なうちに描き残しておきたいと思ったのです」

漫画では、夫婦二人三脚で闘病生活に取り組んでいるところ、そしてちゃーにゃんの治療方針を旦那さんがはっきりと決めている姿が印象的だ。具合の悪いちゃーにゃんを支えるなかで、共に取り組んでくれる旦那さんがいたことは非常に心強かったのではないだろうか?

「ちゃーにゃんがいたから旦那さんとも結婚できたような感じだったので、3人(2人と1匹ですが…)でいることが当たり前すぎでした。いつかは猫だって人間だって死ぬということが当たり前のことなのに、ちゃーにゃんがいない世界がくることが未知すぎて恐怖でした。それでも、同じ悲しみを一緒に感じている人がすぐ隣にいるということはとても心強かったです。ちゃーにゃんが亡くなった後、私が『ちゃーにゃんを探しに夜中の散歩に行く』と言い出したことがあって、今考えるとだいぶどうかしていましたが、そんなときも旦那さんは何も言わずに付き合ってくれて優しいなと思います。でも、漫画ではちょっと旦那さんをかっこよく描きすぎてしまったかもしれません(笑)」

■「飼い主さんがその猫ちゃんのために考えたことが一番」

そもそも、ちゃーにゃんはどんな猫だったのだろうか。ねこゆうこさんにちゃーにゃんとの一番幸せに感じている思い出を聞いた。

「帰宅するとご飯の催促をされて、足元ウロウロして、歩きにくくなるのが好きでした。ソファにいるちゃーにゃんにマグロを見せると、目を見開いてにゃおーんにゃおーんと私の手までよじ登ってきそうな勢いでかけよってくるのが好きでした。ちゃーにゃんはソファの上でよくくつろいでいました。私はソファの下の絨毯の上に座って、顔の横にちゃーにゃんがいるのが好きでした。テレビを見ながら、時折ちゃーにゃんの後頭部に頭をうずめてふがふがすると、三角の耳で頬をぺしぺしされるのが好きでした。休日の夕暮れ、昼寝をしている旦那さんの足元で、同じような格好をして眠る2人を眺めるのが一番好きでした」

何気ない日々が、ちゃーにゃんによっていかに幸せに満ちたものになっていたのかがわかる答えだ。現在、ねこゆうこさん夫妻はカムイコノハという保護猫を迎えて暮らしている。新しい猫を迎えることでちゃーにゃんへの気持ちに変化は起きたりしたのだろうか?

カムイコノハがウチに来てくれた当時は、ちゃーにゃんを思い出すことに悲しみが伴っていて、2匹をなでながら泣いてしまうことも多くありました。猫のご飯をあげながら、食べてくれることに泣いたり、食べられなかったことを思い出しては泣いたり、泣いてばかりでどうしようもなかったです。でも、カムイコノハも最初はとても人見知りだったのですが、私が泣いてると、遠巻きに見ながらそろそろと近寄ってきてくれることがありました。ゆっくりゆっくりカムイコノハも私も旦那さんも、新しい当たり前になじんでいきました。今はちゃーにゃんを思い出すことに、悲しみよりも懐かしさがあふれてきたと思います」

「忘れたくない」「同じ病気の猫ちゃんの助けになれたら」という思いで描き始めた漫画には、さまざまな反応が寄せられた。特に、ちゃーにゃんと同じように積極的な治療を選ばなかった人からの反応が印象的だったそう。

「手術でも、治療でも、それ以外でも、飼い主さんがその猫ちゃんのために考えて考えて決めたことなら、なんであろうとその猫ちゃんにとって一番最良だと思います。それでも、ちゃーにゃんと同じように積極的な治療、つまり手術をしなかった飼い主さんのなかには、果たしてこれでよかったのか、とまったく考えない人はいないと思います。読者の方から手術をしなかったことを、改めてこれでよかったと思うことができた、とおっしゃってくださった方がいてそれが印象的でした。うれしかった反応はたくさんありますが、なかでも同じように看病している飼い主様に、ちゃーにゃんのお話が励ましになったと言ってもらえたことです。何度も繰り返し読んでくださったり、思いを共感してくださったり、私もたくさんのブログにあの看病の日々を励ましてもらえていたので、ちゃーにゃんのお話もその一つになれてよかった、描いてよかったと思いました」

最後に、別れの思い出をまだ辛く思っている人に「あなたのところで暮らせて、旅立てて、絶対にその子は幸せでしたよ」との言葉をもらった。

猫に限らず、どんな生き物ともいつかは別れることになる。どんなお別れの仕方を選ぶか覚悟を決めないといけないことも。ねこゆうこさんの作品は、そんな覚悟を決めた人たちと痛みを知っている人たちに寄り添ってくれるだろう。

取材・文=西連寺くらら

ある日ガンの疑いのある愛猫をガン専門病院に連れて行ったねこゆうこさん夫妻。そこで、衝撃の治療法を告げられる。「世界一幸せな飼い主にしてくれた猫」より/(C)ねこゆうこ/KADOKAWA