演出家・茅野イサムとプロデューサー・中山晴喜による演劇ユニット「悪童会議」。いつまでも大人になれない“悪ガキ”による企みを発信する彼らの旗揚げ公演『いとしの儚』が、2023年7月6日(木)より開幕する。さらに、国内および海外向け配信チケットの発売も決定した。

本作は、横内謙介が扉座で2000年に生み出した、愛を知らない男と愛しか知らない女の100日間の物語。同劇団はもちろん多くのカンパニーによって上演されてきた名作だ。今回は佐藤流司を主演に、七木奏音、福本伸一、郷本直也、野口かおる、田中しげ美、佐藤信長、日野陽仁、そして茅野イサムといった個性豊かなキャストが顔をそろえた。開幕に先駆けて行われたゲネプロの様子をお届けしよう。

<あらすじ>
天涯孤独の博打打ちの件
くだん鈴次郎(佐藤流司)。
手癖は悪いし意地も汚い人間のクズだが、博打の神様にだけは愛されていた。
ある日、鈴次郎は、鬼との賭けに勝ち美しい女を手に入れる。
女の名は「儚
はかな」(七木奏音)。
この美女は、何体もの死体から良い所を寄せ集めて作った人間だった。
ただし、生まれてから100日経たないと抱いてはいけない。
100日待たずに抱けば、水となって流れてしまう、という。

愛を知らない男と、愛しか知らない女の100日間の物語が始まるー


悪童会議 旗揚げ公演『いとしの儚』舞台写真

悪童会議 旗揚げ公演『いとしの儚』舞台写真

主演を務める佐藤は、救いようのない人間性の中に微かな純粋さを感じさせる。寺に預けた儚が驚くような成長を遂げたのを見る瞳に浮かぶ戸惑い、自らの境遇や親のことを話す声からは、子供のような脆さが窺える。また、人としてどうかと思う言動ばかりだが、彼なりに儚を大切にしていることは随所から伝わってくる。鈴次郎のどうしようもなさと憎めない可愛らしさを存分に表現していると感じた。クズになったのは様々な要因が重なった結果であり、生まれついての悪人ではないのだと思わせる鈴次郎。「こういう生き方しかできなかった・知らなかった」だけでなく、どこかで破滅願望を抱いているのではないかと思わせる危うさも魅力的だ。

歌唱シーンでは叫びとも泣き声ともとれる歌声で、歌詞として書かれている以上の感情を伝えてくれる。作中での背調に合わせて身に纏う服もどんどん変わっていく儚に対し、鈴次郎は服も髪型も変わらないが、表情と声だけで心境の変化を見せる芝居は見事だ。

悪童会議 旗揚げ公演『いとしの儚』舞台写真

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七木は、脆く、それでいてしなやかな美しさを持つ儚の成長を実に魅力的に見せる。生まれた瞬間のあどけない表情、赤子のように泣きじゃくる姿は、見ているだけで庇護欲をそそられる。

無邪気で素直な子供から立派に成長した後は、鈴次郎を包み込むような優しさと変わらぬ純真さを併せ持つ女性として凛と佇んでいるのが印象深い。声も表情もまっすぐで力強く、一つひとつの言葉がすとんと胸に落ちてくる。歌唱も彼女の成長や変化に応じてガラリと色を変えており、儚という女性が持つ魅力に引き込まれた。

悪童会議 旗揚げ公演『いとしの儚』舞台写真

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そんな二人のことを語る青鬼(福本伸一)は、哀愁漂う姿と言葉の重みで、物語に深みを与える。本当に鬼なのか疑ってしまうほどの深い情や思いに随所で心を揺さぶられた。鬼シゲ(郷本直也)は博打打ちとしては情けない場面ばかり見せているが、アクションシーンでは迫力と容赦のなさで鬼らしさを見せつける。博打の神・賽子姫(塩屋愛実)も、残酷だが魅力的なキャラクターだ。鈴次郎に出目を伝えているのに届かなくなったことに戸惑い落胆する様子が痛々しく、その後の恐ろしさを引き立てている。

悪童会議 旗揚げ公演『いとしの儚』舞台写真

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一度は鈴次郎に負けながらも名声を轟かせる博打打ち・ゾロ政を演じるのは茅野イサム。粋な佇まいと勝負に対する執念を併せ持ち、只者ではないと一目で思わせる。因縁の相手に対しても飄々とした態度で接する姿からは、鈴次郎とはまた違う凄みが感じられた。同じ凄腕の博打打ちながら全く違う二人の対比も面白い。

また、鈴次郎もクズだが、周囲も欲に塗れた俗物ばかり。賭場や遊郭の人々、殿様など、鈴次郎と儚を取り巻く人間たちは曲者揃いだ。コミカルな中にしたたかさを見せるお鐘(野口かおる)、周辺一帯を仕切る長治(田中しげ美)の迫力。それぞれの個性をユーモラスに表現するキャスト陣によって、憎みきれない嫌な人間たちが鮮やかに描かれている。

悪童会議 旗揚げ公演『いとしの儚』舞台写真

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そんな中で、儚の境遇を知っていい人間に育つよう教育を施す妙海和尚(日野陽仁)と三木松(佐藤信長)は俗物ながら善良で、作中における癒しのような存在になっている。和尚と三木松が儚に仏の道を教える様子や教育の成果を鈴次郎に披露するときの笑顔と和気藹々とした雰囲気、儚を大切にする様子にホッとし、同時に幼い頃の鈴次郎の周りにこういった人々がいれば……という切なさを覚えた。人間たちと鬼、鬼によって生み出された儚。それぞれの業や思いが交錯する中で、和尚が儚に教える「人間」としての生き方について考えさせられる。

悪童会議 旗揚げ公演『いとしの儚』舞台写真

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そして、役者たちの熱演にさらなる色と深みを与えている音楽や美術も見逃せない。決して大掛かりなセットが出てくるわけではないのだが、静かで冷たい河原、賭場の熱気や遊郭の香りが感じられるような没入感を与えてくれる。クライマックスの美しさも圧巻だ。

多くの座組が挑戦してきた名作に新たな1ページが加わったとともに、「悪童会議」のこれからに対する期待がぐんと高まる旗揚げ公演だったと言えるだろう。

本作は7月6日(木)より品川ステラボールにて開幕。7月16日と17日は国内・海外での配信も行われる。

取材・文=吉田沙奈

悪童会議 旗揚げ公演『いとしの儚』舞台写真