ウクライナ軍は、6月10日頃から反転攻勢に転じている。

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 ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は現在の反転攻勢について、「我々が望んでいたよりも遅い」という印象を述べた。

 また、多くの犠牲も出ている。

 軍事シミュレーションの結果よりも遅いのか、それとも、これまでの戦闘との比較でハルキウやへルソン正面の戦闘に比べるとかなり遅いというのだろうか。

 しかし、まだ「大規模反攻」とは言えないようだ。

 ウクライナ軍の反転攻勢では、ロシア軍は攻撃されることを予想していて、周到な防御の準備をしていた。

 したがって、ロシア軍が逃げずに普通に戦う前提で、両軍の相対戦闘力を加えた戦闘推移分析をすれば、ウクライナ軍の攻撃速度が遅くなり、犠牲が出るのは当然のことである。

 ハルキウなどの戦闘では、ロシア軍は周到な防御準備を行わず、ウクライナ軍の奇襲を受けて陣地を死守することなく、混乱して撤退した。

 だから、ウクライナ軍はハルキウを短期間に奪回できた。上手くいきすぎたのだ。

 現在の反転攻勢の戦闘では、ロシア軍は昨年秋から防御準備をして、逃亡せずに戦っている。

 ウクライナ軍は厳しい戦いを強要されていると評価したくなるのだが、私は現段階では、当然の結果だと受け止めている。

 なせなら、ウクライナ国防当局者は「これまでの進捗状況は主要作戦の準備段階に過ぎない」と述べているからだ。

 オレクシー・レズニコフ国防相も「本格的な攻撃はまだこれからだ」と述べている。

 現実に戦いが発生している場面、特にウクライナ軍の戦闘の範囲、投入部隊の数、戦車や歩兵戦闘車の数からみてもそうだ。

 現実に、各地域の一つひとつの戦闘に焦点を当てて見ると、両軍はどのような戦いを実施しているのか。

 具体的には、ロシア軍の防御戦闘の要領(KILLZONE戦法と機動防御)、これに対するウクライナ軍の攻撃戦闘の要領について考察する。

 そして、今後の両軍戦闘の結果(勝敗)の予想、つまり「反攻は2~3か月が決定的な山場」というのが現実的な見方なのかについて述べる。

1.ロシア軍各地域の防御戦闘の実態

 ロシア軍は、ウクライナ軍の反転攻勢を予測して3線の防御ラインを構築、準備してきた。

 ロシア軍は、攻勢に出られる戦力がなく、防御せざるを得ない状態にあることを認めている。

 現在の接触線におけるロシア軍第1線陣地での戦闘を見ると、主に後方地域に通ずる道路での阻止のための陣地が構築されていて、その前方に地雷などの障害が設置してある。

 これは、陣地防御という戦法だ。陣地防御の中にキルゾーン戦法がある。

陣地防御と「KILL ZONE」戦法のイメージ

(図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイトでお読みください)

 ロシア軍は、現在の防御では陣地防御と機動打撃(機動防御)を併用している。

 道路に沿った小高い丘に陣地を構築し、激しい攻撃を受けても抗戦して、長時間守り抜いている陣地がある。

 この陣地のことを、戦術用語では防御の支とう点ともいう。

 ロシア軍は、ウクライナ軍の攻撃前進をこの防御の支とう点前に設置したキルゾーンで止めようと、火砲・迫撃砲・多連装砲・戦車砲・対戦車ミサイルなどのあらゆる火力をウクライナ攻撃部隊に指向している。

 また、ウクライナ軍の攻撃軸の側面からも、戦車や歩兵戦闘車の部隊で攻撃している。

 これを機動打撃という。

 ロシア軍は、各地域の戦闘ではこの戦術を繰り返し繰り返し実施している。

機動打撃のイメージ

 だが、ウクライナ軍はロシア軍の火砲等を徹底して破壊してきているので、キルゾーンに向けられる火砲等の火力はかなり少なくなってきているのが実情である。

 現在の接触線では、ロシア軍は予備兵力も投入して機動打撃を行い、失地を回復しようと逆襲している。

 これまで、対地攻撃など前線の支援をしてこなかった戦闘機攻撃機攻撃ヘリも前線に進出して、攻撃を実施するようになった。

 そして、ウクライナ軍防空兵器の攻撃を受け、数は多くはないが撃墜されている。

 ロシア軍は占拠した領域を奪還されないように、ある程度守り抜く意志を持って戦っている。

2.ロシア軍陣地の要と弱点を探索

 ウクライナ軍当局者は、反転攻勢(6月10日頃)から概ね10日ほど過ぎた時点で、「まだ、準備した戦力の4分の1程度」「主要な打撃はこれからだ」「反攻は2~3か月が決定的な山場だ」「今はロシア軍の砲撃能力を消耗させる」とも言っている。

 実際、7月初めまでのウクライナ軍の各正面の各地の戦闘を見ていると、主な戦闘地域は、バフムト、ドネツク南西、ザポリージャの正面である。

 それも、それぞれ正面でいくつかの地域に分かれて攻撃している。

 これらのどれかに戦力を徹底的に集中して突破攻撃を実施しているのではなく、概ね均等に戦力を配分して攻撃しているように見える。

 これは、

ウクライナ軍は、ロシア軍が守っている地域で、敵と接する重要な要となる地点、つまり、ウクライナ軍主力の攻撃前進を高台から見下ろして、射撃できる地点を、主力の攻撃開始前に奪取しておこうと考えて、攻撃を実施している。

 あるいは、

②前述の逆で、最終的な攻撃目標への経路の中で、ロシア軍の防御が最も弱い部分を探し出して楔を打つように攻撃しているということだ。

3.犠牲を払ってもロシア軍陣地の要を奪取

 各地域でのウクライナ軍の戦いを詳細に分析する。

ロシア軍のキルゾーン戦法を実施できなくするために、火砲等を徹底的に破壊する。

 ロシア軍の火砲等の14か月間の損失は、月平均約200門である。

 ところが、15か月目は約500門、16か月目は約700門である。

 ウクライナ軍の反転攻勢の前の2か月間に、徹底してロシア軍の火砲等を破壊しているのである。

ウクライナ軍は、ロシア軍が各地域の道路沿いに防御をしている、なかでも重要な地点(要)に対して攻撃している。

 被害を出しても、また作戦の途中で攻撃方向を変えてでも、奪取しようとしている。

③周辺よりも小高い丘を占拠することによって、新たな戦力を投入するための攻撃を援護する。

 小高い丘を確保するということは、そこに対戦車ミサイルや戦車、あるいは砲兵の観測所を置くことができる。

 そして、ロシア軍の次の陣地に狙いを定めて射撃することができる。

 軍事的には、攻撃の支とう点を確保して、事後の攻撃を容易にすることになる。

小高い丘(支とう点)への攻撃と事後の攻撃イメージ

ウクライナ軍は、戦場の要点を奪取した後、その地をロシア軍に奪還されないために、応急的に防御の陣地を作り、主力の投入を支援するための態勢を作っている。

ロシア軍は、攻撃の支とう点となる重要な地点を絶対に失いたくないために、多くの部隊を配置し、火砲等による火力の配分を増やし、絶対に守り通す努力をしている。

 ウクライナ軍に占拠されても、機動打撃(逆襲)を繰り返してでも取り返そうとしている。

 このような戦闘では、ロシア軍にもウクライナ軍にも多くの犠牲者が出るのはやむを得ないことである。

 ウクライナ軍は、犠牲者を少なくしたいという思いで作戦を実施しているが、ロシア軍の防御の要陣地を奪取しなければ、主力を投入した時にさらに多くの犠牲者が出てしまう。

 そのため、現在の地道な作戦を遂行するのはやむを得ないことだと考えているだろう。

4.戦場の要点を確保した後の戦い

 ウクライナ軍が戦場各地域の要点を確保し、少しでも高い所からロシア軍の配備を見下ろすことができるようになれば、そこに対戦車兵器ジャベリンや戦車を配置し、その射程内にあるロシア軍の兵器を発見して、狙い撃ちができるようになる。

 また、火砲等の射撃の効果を観測できる観測所を設置できれば、火砲等の射撃目標を発見し、長射程精密誘導砲弾(ロケット弾)を目標に対して、正確に短時間で誘導し命中させることができる。

 このように、戦場の要点を確保できれば、その後の戦闘が容易になる。特に、主火力を投入する場合には、その戦果に大きく影響する。

 ウクライナ軍は今、そのための戦いを実施しているのだ。

 だから、時間もかかるし犠牲者もこれまでよりは多く出ている。

 ロシア軍は機動打撃を頻繁に行っている。機動打撃する場合は壕の中から外に出て戦うことになるので、成功すれば敵を撃破できる。

 だが、狙い撃ちされれば、その分損失も多く出る。

 ロシア軍が機動打撃するのには、2つの理由がある。

 1つ目は、ロシア軍にとって機動打撃は十八番であるということある。

 ロシアは大量の戦車と歩兵戦闘車を持ち、その戦車等で勝利する作戦、つまり戦車等で頻繁に機動して、戦車の火力で敵を撃破する戦法をとってきた。

 機動打撃は、機械化部隊兵士の頭の中に染み込んでいるものなのだ。

 2つ目は、陣地の中で戦闘していても米欧の精密誘導の自爆型無人機や長射程精密誘導弾によって破壊される可能性があり、それを回避したいということである。

 壕の中にいてもやられるのであれば、十八番の機動打撃を繰り返し実行して、ウクライナ軍部隊を撃破しようとする考えである。

5.今後2~3か月でアゾフ海に到達か

 ウクライナ軍は、戦場の要点を奪取すれば、米欧から供与された兵器の特性を生かして、ロシア軍戦車・歩兵戦闘車を破壊できる。

 さらに、ロシア軍が引き続き機動打撃戦法を採用すれば、今後破壊される戦車等の数が急増するだろう。

 火砲等の次に破壊され続けるのは、ロシア軍の戦車や歩兵戦闘車になる。

 現在、反転攻勢の準備戦闘中だと言われている。

 実際の戦い方を見てもそうだ。これからの成果が、今後の戦闘を有利に導いてくれるだろう。

 ウクライナ軍は、準備戦闘中であるにもかかわらず、徐々にではあるが、占拠する範囲を増加しつつある。

 ウクライナ軍は、負けてはいないのだ。

 ウクライナ軍が要点を確保して反攻部隊の主力を投入すれば、第2線、第3線陣地の戦闘でも有利に進展できるだろう。

 第2・3線の防御線の戦いでも、ロシア軍は訓練が行き届いていない部隊や、第1線から後退してきた疲弊している部隊が防御戦闘を行うのだろう。

 繰り返すが、「反攻は、2~3か月が決定的な山場だ」という。

 第1線防御線の突破に、1~2か月かかるだろう。

 第1線陣地が破られれば、ロシア軍は十分な戦闘ができないであろう。

 続いて第2と3線陣地の突破には約1か月かかるだろう。

 ロシア軍戦力の実態を考えれば、山場の2~3か月後にはアゾフ海に到達し、クリミア半島を孤立させるだろう。

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