昨年、世界で大旋風を巻き起こした『RRR』(22)に代表されるように、ここ数年でグッと存在感を高めているインド映画。日本でも毎年多くの作品が公開され、熱狂的なファンを生みだしている。

【写真を見る】ボリウッド、トリウッド、コリウッド…多言語国家インドの映画産業のこと、知ってた?(『ランガスタラム』)

世界屈指の多言語国家であるインドでは、“ボリウッド”や“トリウッド”など場所ごとに映画産業が乱立しており、使用される言語や特徴もまちまち。「名前は聞いたことあるけど…」という人も多いと思うので、ここでは映画産業別に中心地や用いられる言語、スター俳優などを、代表作や近日公開の注目作と共に紹介していく。

インド最大の映画産業”ボリウッド

首都デリーと並ぶ最大級の都市である西インド・ムンバイ(旧ボンベイ)を中心に、おもに北インドで話される最大言語、ヒンディー語の映画を製作する最大の映画産業が、ボンベイの頭文字Bとハリウッドをもじった“ボリウッド”だ。

ボンベイは、1912年にインド初の国産劇映画が、1931年には初のトーキー映画が誕生したルーツとしてインドの映画産業を長らくリードしてきた。ゴージャスな歌とダンスや、様々なジャンルのごった煮といったいわゆる“インド映画”として思い浮かべるど真ん中エンタメであり、黎明期の『Indrasabha』(32)には70以上の曲が使われていたというから驚きだ。また都会的で洗練された作風も特徴で、近年は女性の活躍を描くものも増えている。

数多くのスターを輩出し、近年の代表格アーミル・カーンは、日本でも話題を集めた『きっと、うまくいく』(09)や中国で爆発的なヒットとなった『ダンガル きっと、つよくなる』(16)など、主演作はインド映画の全世界歴代興収で1位を5回も記録している大スターだ。

しかしここ数年は、パンデミックによる映画館の封鎖や配信サービスの隆盛といった影響から勢いは下火気味。あまりヒット作を出しておらず南インド系作品の後塵を拝している印象だったが、今年封切られた『PATHAAN/パターン』(9月1日公開)がボリウッド史上No.1、インド映画でも歴代5位の大ヒットを記録しており、復活の兆しを見せている。

ちなみに大都市で人が集まるためヒンディー語を話す人が多いムンバイだが、属するマハーラーシュトラ州の公用語はマラーティー語であり、規模は小さいがマラーティー語映画も一定数作られている。

■近年の勢いがすさまじい”トリウッド

インドの映画産業でボリウッドと同等の規模を誇る”トリウッド”。南インド・テランガーナ州に拠点を置くテルグ語映画産業で、州都ハイデラバードには、世界最大のスタジオとしてギネス認定されたラモジ・フィルムシティやスタジオがいくつか軒を構えるフィルムナガル地区が存在する。

トリウッドは平たく言うならば、商業的スタンスを貫いたエンタメ大作が特徴で、男性中心の作品が多く、過激な描写が飛び出すこともしばしば。最新技術をふんだんに使ったブロックバスタームービーを、テルグ語以外の多言語で同時公開する“汎インド映画”スタイルも近年は盛んで、ボリウッドを上回る勢いを見せている。

このブームを象徴するキーパーソンがS・S・ラージャマウリ監督。インド映画の国内最高興収を上げた「バーフバリ」シリーズや世界的に高い評価を受けた『RRR』といったCGを駆使したスペクタクルな英雄叙事詩を次々と作り上げており、その名を耳にしたことがある人も多いはず。

また『RRR』のラーム・チャランが主演した2018年の『ランガスタラム』が7月14日(金)から日本で公開となり、少し前の作品が遡ってフックアップされることからもその注目度の高さがうかがえる。

本作は1980年代半ばのアーンドラ・プラデーシュ州(かつてはテランガーナ州もこの一部だった)の田園地帯を舞台にした人間ドラマ。金貸しの村長に牛耳られるランガスタラム村で、貧しくも陽気に生きてきた村人のチッティ(ラーム)が、ある事件をきっかけに悪党たちへ復讐心を滾らせていく。エンタメのなかにも階級社会や抑圧といった問題を盛り込んだこの意欲作は、2018年の最高興収を記録したテルグ語映画だけにファンはチェックしておきたい。

ちなみにトリウッドは、インド東に位置する西ベンガル・トリガンジで作られていたベンガル語の映画産業を指す言葉でもある。西ベンガル映画は『大地のうた』(55)、『大河のうた』(55)、『大樹のうた』(59)のオプー三部作で知られるサタジット・レイ監督など、ほかのインド映画とは一線を画す芸術性の高い作品で、1950〜70年代に黄金時代を築いた。

■日本のインド映画ブームを作りだした”コリウッド

もう1つの代表格が、中心地コダンバッカムにちなんで“コリウッド”と呼ばる南インド・チェンナイを中心とするタミル語映画産業。ボリウッドやトリウッドとあまり差がなくアクション、ロマンス、コメディミュージカルまでなんでもありのいわゆる“マサラムービー”だが、強いて言うなら土着性があり、暴力描写も厭わない作品が多い。

そんなコリウッドのなかでも日本で有名な作品といえば、日本興収4億円を稼ぎ出し『RRR』に抜かれるまで、日本において最も稼いだインド映画として長らく君臨した『ムトゥ 踊るマハラジャ』(95)。主演のラジニカーントはコリウッドを代表する別格の大スターで、世界興収100億円を叩き出したSFアクション『ロボット』(10)など大ヒット作を定期的に生みだしている。

また近年のトップスターがヴィジャイで、7月13日まで開催中の「インディアンムービーウィーク2023パート1」では『サルカール 1票の革命』(18)、『ビギル 勝利のホイッスル』(19)といった主演作が特集されている。

■異質な存在として注目作を生みだす”モリウッド

4番手的な立ち位置にいるのが、ケーララ州南部のコーチやティルヴァナンタプラムを拠点とするマラヤーラム語映画産業の“モリウッド”だ。

マラヤーラム語圏のケーララ州は識字率がほぼ100%で、出版業が盛んな比較的リベラルな土地。加えて他言語と比べて話者も3600万人程度と少なめのため、いわゆる大作とは一線を画した現実的かつ文芸的な作品が多い異質な存在だ。

食用水牛が逃げだしたことを発端に人間のあらゆる欲望が明るみになっていく『ジャッリカットゥ 牛の怒り』(19)は、世界中の映画祭で賞を受賞するなど高く評価され話題に。また、中産階級に潜むミソジニーを題材とした『グレート・インディアン・キッチン』(21)など、切れ味鋭い作品も多い注目の存在だ。

■『RRR』を超えるメガヒット作を生んだ”サンダルウッド

カルナータカ州名産の香木・白檀の英語名を冠し“サンダルウッド”と呼ばれるのが、バンガロールを拠点とするカンナダ語の映画産業。1960年代にはパラレルシネマと呼ばれるニューウェーブムーブメントの発展に貢献したが、メインストリームではインド全域や世界をにぎわすヒット作には恵まれてこなかった。

しかし、昨年インドだけで約160億円を稼ぎ出して、『RRR』を上回り2022年のインドNo.1映画に輝いた作品が爆誕。それが『K.G.F: CHAPTER 2』。日本では7月14日から前作『K.G.F: CHAPTER 1』(18)と同時公開される。

本シリーズは、幼い頃に母を亡くしたロッキーマフィアの世界で成り上がっていく様を、金鉱地区の権利を巡る争いと共に描くクライムアクション。主演のヤシュの人気やパワフルな物語の魅力に加え、ヒットの理由の一つが、カンナダ語作品初の汎インド映画として南インド4言語とヒンディー語の計5言語で製作されたことだろう。

今作で大成功を収めたプラシャーント・ニール監督はトリウッドに招かれ、「バーフバリ」シリーズのプラバースの新作『Salaar(将軍)』を撮影しているとのことで、こちらも動向が楽しみな1作だ。

■今年日本に初上陸した”ゴリウッド

今年、日本で初めて作品が一般公開され話題を集めたのが、グジャラート語による映画産業“ゴリウッド”だ。グジャラート州を拠点とするゴリウッドは産業があまり大きくないこともあり、生活に寄り添うようなドラマやコメディが多く作られているという。

今年1月に日本公開され、7月5日からソフトが発売となった『エンドロールのつづき』(21)は、チャイ売りの少年が映画と出会い、やがて世界で活躍する映画監督になるという、メガホンを握ったパン・ナリン監督自身の実話をベースにしたヒューマンドラマ。

学校に通いながら父のチャイ店を手伝う9歳の少年サマイは、初めて劇場で観た映画にすっかり魅了されて以降、料理上手な母が作る弁当と引き換えに映写室から映画を観せてもらう日々を送る。そしてしだいに「映画を作りたい」という夢を抱き始めるが…という夢の物語が、貧困やカーストなどの社会問題と共に紡がれていく。

インド版『ニュー・シネマ・パラダイス』として、アカデミー賞国際長編映画賞インド代表に選出されたほか、バリャドリード国際映画祭では最高賞にあたるゴールデンスパイク賞をインド映画として初めて受賞するなど大きな話題を集めた本作。歌や踊りもなく、いい意味でインド映画のイメージを払拭していると言えそう。

今回紹介したもの以外にも、年間製作本数が2桁に及ばないトゥル語圏の“コースタルウッド”、長らく作品が作られない期間もあったチャッティースガリー語の“チョリウッド”、“ハリウッド(Harywood)”と呼ばれるハリヤーンウィー語映画界、ボージュプリー語で製作される“ボージウッド”など、枚挙に暇がないほど多くの映画産業が乱立するインド。最近ではそれほど違いないと言われつつも、土地それぞれでユニークな作品を生みだしており、近年のインド映画ブームによってマイナーな言語の作品も日本に入ってきている。言語や場所に注目して観てみれば、より作品を深く理解できるかもしれない。

文/サンクレイオ翼

場所によって特徴が異なるインドの映画産業を注目作と共にチェック!(『ランガスタラム』)/[c]Mythri Movie Makers