アメリカ・最高裁判所

アメリカ連邦最高裁は、最近、リベラル派の推進する政策を拒否し続けている。

6月29日には、大学入試に際して、黒人などの人種差別を念頭に、入試基準を緩和する措置を違憲とした。要するに、これまでの差別で不利な立場に置かれてきた人たちの権利を拡大しようという「積極的差別是正措置(affirmative action)」を認めなかったのである。

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■差別是正の行き過ぎに焦点

この入試基準に対しては、白人やアジア系の学生が、自分たちは不利に扱われているとして違憲訴訟を起こしていた。連邦最高裁は、その主張を認め、違憲の判断を下したのである。

第二次大戦後も黒人に対する激しい差別があったことは周知の通りであり、キング牧師らの公民権運動で、事態は改善していき、黒人の大統領まで誕生するようになった。ところが、今度は、その行き過ぎが批判されるようになったのである。


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■「クオータ制」

この問題を考えるときに参考になるのが、クオータ(quota)制である。たとえば、議員の選出枠について、全体の3割以上は女性議員でなければならないと決めることである。それは、これまで女性に議会への門戸が開かれていなかったことを反省し、一気に増やすには、女性枠を設けるしかないという考え方である。

これに対しては、「女性なら能力が無くても良いのか」、「その枠のせいで、優秀な男性が排除され、無能な女性が議員になることが許されるのか」といった反論が出てくる。

この主張も間違ってはおらず、要は、バランスの問題である。何の措置がなくても、議員の半数が女性となるようなら、クオータは不要だが、最初はクオータでも入れない限り、女性は議員になりにくいだろうという発想なのである。


■学生ローン減免は「無効」

連邦最高裁は、6月30日には、中低所得層の学生のローン返済を一部減免するとしたバイデン政権の政策を無効と判断した。

アメリカの大学は学費が高く、学生はローンを組んで対応し、卒業後に返済する。しかし、その負担は重く、貧しい者は大学に行けないような状況になっている。そこで、昨年8月にバイデン政権は学生ローンの減免措置を実行することを決めた。トランプと戦った先の大統領選挙で、バイデン候補は減免措置を公約としており、それが学生たちの票を集めることにつながり、当選に大きく貢献したのである。

バイデン政権は、高等教育救済機会法に基づいて減免措置を講じるとしたが、連邦最高裁は、この法律は戦争や疫病などの非常事態を想定しており、法的に違憲であるとしたのである。これは、バイデン政権の目玉政策であるだけに、政権にとっては大打撃である。共和党は、連邦最高裁の判断を歓迎している。

連邦最高裁は、同じ日にまた、宗教的理由でLGBTのカップルの受注を拒否したコロラドのウェブデザイナーの主張を認めた。デザイナーは、LGBT拒否は宗教的理由としており、連邦最高裁はそれは憲法上認められるとした。昨年6月24日には、女性の妊娠中絶は合憲だとしてきた判決を連邦最高裁は覆し、合憲ではないとし、大きな政治的反響を呼んだ。


■判事は「保守派6人」「リベラル派3人」

連邦最高裁判事は終身制で、トランプ政権のときに、死去したリベラル派判事の後任に保守派を充ててきたために、今の構成は保守派6人、リベラル派3人となっている。保守的な判決が続いているのは、この判事の構成が原因なのである。

連邦最高裁判所と連邦下級裁判所の判事は、大統領の指名を受け、上院の承認を得て就任できることになっている。過去にも、政権と連邦最高裁の政治色の違いはよく起こり、保守政権のときにリベラル派が主流の連邦最高裁ということもあった。終身制の連邦最高裁と選挙毎に選ばれる大統領なので、両者の政治的傾向が異なっても仕方がない。

しかし、民主主義という観点からは、それが必ずしも好ましいことではない。モンテスキュー三権分立を説いたのは、立法、行政、司法の3権力が「抑制と均衡(checks and balances)」を実行して、権力の集中を避けるためであった。

ところが、今回のアメリカのように、民主党政権の政策を次々と連邦最高裁が憲法違反とするならば、国民から選ばれた政府の政策が実行できないことになる。

それは民主主義の機能不全であり、モンテスキューが描いた三権分立の理想とは異なる現実であり、それは民主主義のアキレス腱である。民主主義が権威主義(独裁)に屈する危険性が高まる。つまり、一枚岩の体制で迅速かつ効率的に政策を実行する権威主義体制に敵わないことになってしまう。

民主主義の運営は容易ではない。


■執筆者プロフィール

舛添要一


Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。

今週は、「米連邦最高裁」をテーマにお届けしました。

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(文/舛添要一

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