技術力が急速に成長する中国とアメリカ。そのあいだでは、苛烈な技術覇権競争が繰り広げられています。米国政府の対中国政策に伴い、主要な米シンクタンクでは中国市場に関する研究が盛んに行われています。本記事では、NTTデータ経営研究所グローバルビジネス推進センターのシニアスペシャリスト岡野寿彦氏が、米シンクタンクの中国に関する研究例について、詳しく解説します。

米シンクタンクが発信する「対中国政策の争点」

米国と中国との間で、技術優位を求めてしのぎを削る技術覇権競争が繰り広げられている。背景には技術やデータに関する価値観をめぐる相違が両国の遠心力となっている面もある。

米国は中国を、経済、外交、軍事、技術的能力を結集して米国に挑戦することができる唯一の競争相手と位置付けている。AI、バイオエコノミー、量子、半導体など守るべき先端技術への投資、サプライチェーンの見直しに加えて、共通の利益や価値観を共有する国との同盟関係の強化を進めている。

しかし一方で、米国企業は米中対立が激しさを増す中でも、デカップリングもネタに中国ビジネスを拡大するしたたかさを見せている。米国政府と企業とで中国との間合いの取り方は異なる。また、米国政府内でも、米国の科学技術の発展、経済成長のためには、中国の市場・資金、人材、技術を可能な範囲で活用するべきとの基本認識があるとされる。 

米国の政策決定過程で重要な役割を果たす、ブルッキングス研究所(The Brookings Institution)、戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies:CSIS)、ハドソン研究所(Hudson Institute)、国際平和カーネギー基金(Carnegie Endowment for International Peace)などのシンクタンクは、中国に関する分析・提言レポートを積極的に発信している。

イデオロギー(保守、中道、リベラル)、政党との距離はそれぞれ異なるが、共通しているのは、「客観的、体系的」な分析を踏まえた提言に徹していることである。米国シンクタンクの中国に関するレポートを読んで、筆者は、米国政府の対中国政策における次の争点が、シンクタンクの研究・発信のポイントになっていると認識している。

①中国の技術開発、産業、軍事などの「優位性」と「脆弱性」の分析と米国の対策 

②デカップリングと中国リソース(市場・資金、人材、技術)活用とのバランス 

米国シンクタンクの中国に関する研究・発信の例として、ブルッキングス研究所「グローバルチャイナ:テクノロジー編」と、国際平和カーネギー基金「米中間の技術的デカップリング:戦略・政策フレームワーク」を取り上げて、その特徴から日本への示唆を述べたい。

米国シンクタンクの中国に関する研究例

ブルッキングス研究所の研究「グローバルチャイナ:テクノロジー編」

中国の技術開発競争力について中国政府の競争政策、経済安全保障政策の分析(4分野)、技術開発における中国の進捗を評価(8分野)の合計12分野をサブテーマとして体系的に分析している。着目するべきは、提言に向けた分析の体系性・網羅性である。

中国とのデジタル化競争・技術覇権競争の主戦場である8分野について、それぞれの専門家が米国と中国の「強さ」と「弱さ」を客観的に現状分析・展望したうえで、デカップリングと中国リソース活用とのバランスが問われる「規制とイノベーション」、技術管理、人材戦略などの重要政策領域(4分野)について政策提言をしている。

中国に対して強硬な姿勢を強める米国政権の政策策定の裏側では、このような客観的・体系的な分析が行われているのだ。

国際平和カーネギー基金「米中間の技術的デカップリング」

ジョン・ベイトマン国際平和カーネギー基金シニアフェローは、中国との技術覇権競争において米国が取り組むべき軍事的優位の維持、国家安全保障に関わる中国によるスパイ活動の防止、危機における中国の妨害工作の防止、中国が世界に広げる権威主義的な社会統制システムのインパクトなど、多角的な観点で現状分析したうえで、中国との技術デカップリングに関して検討するべきポイント、課題と対策を体系的に論じている。

その中で戦略的産業の競争力について、

・ 中国はすでに、将来のデジタルバックボーンの核となる5G通信をはじめ、商用ドローン、IoT、モバイル決済、太陽電池、スマートシティなどの技術分野で世界のリーダーになっている

・ その裏付けとなるSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics : 科学・技術・工学・数学)分野の卒業生数で世界第1位、研究開発費で世界第2位となっている

・ 地理的に集中した技術の集積がサプライチェーンの優位性をつくっている

との認識を示している。主要産業における米国の技術的優位性を失うことは、米国の雇用の減少、GDPの低下、税収の減少、さらには米国の技術的優位性から得られる世界的な影響力も低下する。より深刻な脅威は、中国が技術的に優位に立ち、米国企業が多くの重要な市場から大きく締め出されることだと指摘する。

このような危機感から、米国政府は中国との技術のデカップリングを進めているが、政府の技術規制は中国の進歩を阻止し米国が再編成するための時間を稼ぐことはできるだろうが、長期にわたって米国の技術的優位性を確保することはできないと論じている。その根拠として次の点を挙げている。

・技術輸出規制は米国企業の中国への販売を減少させ、研究開発に投入できる収益を減少させる。ビザ取得の禁止、みなし輸出の制限、サプライチェーンのセキュリティ要件は、中国の人材の米国のアクセスを制限し、米国のイノベーション創出にマイナスの影響を与える。対内投資規制は、米国企業が中国企業から資本を調達し、中国企業との企業シナジーを達成する機会を制限する。

・政府の統制に値する戦略的技術を特定することは実際には容易ではない。米国政府は歴史的に、どのような技術革新が将来重要になるかを正確かつ有用に予測し、あいまいな技術分野に管理可能な線引きをすることに苦心してきた。例えば1990年代の日本との経済競争において重要技術リストを数多く作成したが、クリティカルとされた技術の多くがそうでないことが判明し、リストから除外された技術の中には結果的に大きな経済的影響を及ぼすことになったものもある。

ジョン・ベイトマンは、米国が中国に対抗できるかどうかは、中国の技術進歩を阻止・妨害する試み(防衛)よりも、米国のイノベーション・エコシステムの健全性に大きく依存する、と指摘する。そして、米国政府は新興技術の経済的影響を評価するためのより詳細で強固な内部プロセスを開発し、中国が優位性を確保する恐れがある重要な分野に合わせた管理を行えるようにする必要がある、と提言している。

“U.S.-China Technological “Decoupling” について注目するべきは、技術のデカップリングという政策課題に関連して検討するべきポイントを網羅的に抽出して、それぞれの要素についてメリットとデメリットをバランス良く分析していることにある。

背景には、米国は、米中技術関係の明確なビジョンを打ち出すのに苦心している、不確実な時代において米国の選択肢を維持・拡大できるバランスを追求する必要がある、という問題意識がある。

そして、技術的デカップリングのいかなる戦略も、個別最適に陥ることなく米国が持つさまざまな目標を整理したうえで、ハイレベルなビジョンを描いて具体的な政策に落とし込むことを提言している。

米国のシンクタンクは中国政策を提言するうえで、体系的、客観的に中国について「知る」ために多くの研究者が関わり、体系的な知見が蓄積されているのだ。

大学でも重層的な中国研究 

政策提言を目的とするシンクタンクだけでなく、米国や英国の名門大学では中国研究が盛んに行われている。

例えば、米国スタンフォード大学(Stanford Business)や英国ケンブリッジ大学のビジネススクール(Cambridge Center for Chinese Management)では、イノベーションマネジメントなど中国企業の経営に関するケーススタディの蓄積が行われている。

日本が米国の同盟国として適切な役割を果たし、日本企業が米国企業や中国企業との間で「戦略的不可欠性」を獲得するためには、日本においても体系的かつ深いレベルで中国研究を蓄積していくことが不可欠ではないだろうか。

※本記事は、岡野寿彦氏の著書『中国的経営イン・デジタル 中国企業の強さと弱さ』(日経BP 日本経済新聞出版)から一部を抜粋し、幻冬舎ゴールドオンライン編集部が本文を一部改変しております。

岡野 寿彦

NTTデータ経営研究所グローバルビジネス推進センター

シニアスペシャリスト

(※画像はイメージです/PIXTA)