「消えてしまいたいとき、たった一日だけの旅行。歩いて、食べて、ぼーっとできたら」というフレーズからはじまるドラマ「パク・ハギョンの旅行記」がLeminoで独占配信中。ソウルのとある高校で国語教師を務めるハギョンは、恐らく30代後半の独身。学校の生徒が授業に聞く耳を持たなかったり、生徒の親からクレームの電話がきたり。誰にもでもあるモヤモヤする瞬間、その場から逃げ出したくなる瞬間があると、彼女はふらっと旅に出る。それも土曜日のたった1日で。

【写真を見る】シム・ウンギョンらゲストも豪華な『パク・ハギョンの旅行記』

イ・ナヨンが「ロマンスは別冊付録」以来4年ぶりにドラマに復帰したとあり、韓国での注目度も高い今作。1編あたり約25分と短めの尺で、観てさくっと現実逃避できるのが特徴だ。ソ・ヒョヌ、ハン・イェリ、ク・ギョファン、チョ・ヒョンチョル、シム・ウンギョンなど脇を固めるキャスト陣も豪華で、1話ごとにハギョンが旅先で出会う設定のためバラエティに富んだ面々を揃えることができたそう。今作がドラマ初演出という『サムジンカンパニー1995』(21)のイ・ジョンピル監督の斬新なストーリー展開に引き込まれ、あれよあれよという間に観終わってしまうだろう。

■現地で味わいたい!ヘナムのビビンパッやプサンのミル冷麺

第1話でまずハギョンが訪れたのは、韓国の西南の端にある海南(へナム)。ソウルからは高速バスで4時間半ほどと1日で往復するのは正直しんどい距離だが、ハギョンはへナムでテンプルステイを体験した。そこで食べるビビンパッの美味しそうなことと言ったら! 新鮮な野菜やキノコ、豆腐などで作られた寺院ならではのビーガンビビンパッは、ハギョンの言うように、なんてことないのになぜか食欲がそそられる魅惑のビジュアル。ほかにも礼仏をしたり座禅を組んだり、境内を散策したり。韓国ではテンプルステイが割と定着していて、申し込みさえすれば誰でも手軽に宿泊することができる。ソウルにもテンプルステイできる寺院がいくつかあるので、ハギョンのように気持ちを一新したい方は検索してみるのもいいだろう。

このドラマを見ていると、情緒あふれる韓国の路地裏の映像とのんびりとしたBGMのおかげか、自分が旅しているかのような錯覚に陥ることも。回を重ねるごとに旅の要素が強まり、第3話でハギョンは韓国第2の都市・釜山(プサン)を訪れる。毎年10月に開かれる釜山国際映画祭のため訪問したのだが、その地で不思議な魅力を放つ男性(ク・ギョファン)に出会い、彼との偶然の出会いを中心に物語は展開。プサン名物のミル(小麦)冷麺のお店でさっぱりとした水冷麺か真っ赤なビビン冷麺かで悩む姿には、つい「そうそう!」とうなずいてしまう。その後は、これまたプサンで有名な宝水洞本屋通りへ。ここは朝鮮戦争の際、プサンが臨時の首都だった時代にできた通りで、所狭しと古本が並ぶ姿はとても絵になる。ほかにも釜山の地下鉄やなんでもない街のスーパーの前など、韓国人が観たら日常の一部、外国人が観たら韓国に行きたくなるシーンが随所に。ドラマを通して韓国のリアルな空気を感じることができる。

■テジョンで宇宙の神秘に触れ、ソウルの穴場スポットへ

ハギョンのショートトリップは、まだまだ続く。第5話では高速鉄道KTXに飛び乗って、韓国の中西部に位置する大田(テジョン)へ。ソウルからは1時間ほどで着き、科学技術系の研究所が多く、1993年には科学EXPOが開かれた都市として知られている。ハギョンもひょんなことから大田市民天文台に行くことになり、宇宙の神秘に触れることに。劇中、マンドゥ(餃子)鍋を食べるシーンがあるのだが、調べたころ食堂は実際には大田ではなくソウルの弘大(ホンデ)にあることが判明。北朝鮮式のマンドゥの人気店で、「南北統一」という名前だった。

そして、第6話の舞台はついにソウル高速バスや電車に乗って遠くに行くのが旅ではなく、近場でも旅はできるもの。「行ったことのない道に行ってみよう。住んでいる街でも冒険はできるんだ」というハギョンのセリフ通り、この回では普段見るにぎやかで活気あふれる大都市・ソウルとは違った、人の喧騒が感じられないしっとりとしたソウルを見ることができる。外国人観光客が多く訪れる景福宮もいいけれど、ハギョンは少し離れた慶熙宮(キョンボックン)を旅先にセレクト。雨が降っているから人の気配も少なく、ソウルとは思えないほど静かなひと時を過ごしていた(道中、アクシデントはあったがそれも旅のお約束)。その後は慶熙宮(キョンヒグン)のすぐ横にある国立気象博物館へ。日本統治時代の1930年に建てられた白い建物は、ソウル市内によくある赤いレンガ造りの建物とは少し異なり、私たち日本人になじみのある風貌。だからこそ韓国人にとっては異国情緒が感じられ、旅をしているような感覚になれるのだろう。そこで無料の展示をぼーっと観覧し、ハギョンは遠くに行くことなく、自分のルーティンである土曜日の旅行を終えたのである。

■ハギョンの旅を通して、人のぬくもりにも触れることができる

第7話「パンがないと生きていけない」と宣言するハギョンが出向いたのは、朝鮮半島の最南端に位置する済州島(チェジュド)。日本人にとっての沖縄のような存在で、韓国人なら修学旅行や家族旅行で一度は訪れたことのある南のアイランドだ。火山島なので起伏が激しく、世界遺産も多くあり、自然や生態系も豊か。韓国で最も高い山・漢拏山(ハンラサン)を中心に小さな街が点々としている。韓国内の旅行先としてはぶっちぎりの1番人気で、観光地のため物価も高め。最近は若者が移住するケースが目立ち、ドラマでもおしゃれなベーカリーが何軒か登場したが、最後を締めくくったのは市場のはずれにある昔ながらの小さなパン屋さん。このドラマはいつ、どこででも“韓国らしさ”を大切に、この国ならではの人情や風情を丁寧に描いている。こうしてハギョンは旅先で日常の喧騒から離れ、見知らぬ人のあたたかさに触れ、また月曜日から仕事に向き合えるのだろう。

ハギョンとのショートトリップも8話でいよいよ完結。日本で7月12日(水)の11時から配信される最終回は、世界遺産の寺院や古墳が集まる歴史都市・慶州(キョンジュ)が舞台に選ばれた。古代の朝鮮半島東部に位置した新羅王朝(紀元前57年~935年)の首都があった街で、ソウルからは高速鉄道KTXSRTで2時間強、釜山からなら高速鉄道で30分ほどの距離。日本の京都・奈良のような位置づけで、こちらも済州島に並ぶ修学旅行の聖地だ。子供のころの思い出を求めて大人になってから訪れる人も多く、ハギョンもこの地で青春を振り返りながら大人になった自分と向き合い、なぜ旅行をするのか、旅行というものはなんなのかを考える。ホウレンソウやニンジンがたっぷり入った太めのキムパッを片手に。韓国人にとってのキムパッは私たち日本人にとってのおにぎりのような存在で、口にすると作ってくれた母親や一緒に食べた友人を思い出すもの。旅だからと言って特別な食事を求めるのではなく、思い出の土地で思い出の味を食べれば、記憶が一気によみがえるだろう。

ハギョンの旅行スタイルは、なんだかとってもシンプルだ。正直、行き先はどこでもいいのかもしれない。日常から脱して、自分の知らない場所に行く。ハギョンにとってはたった1日の旅先でも、その地に住む人もいる。旅先の見知らぬ人と交流をして、その人の考えに耳を傾けてみる。何にも知らない赤の他人だからこそ、抵抗なく自分とは違う価値観を受け入れることができる。日本人よりも情熱的で、いい意味でおせっかいな韓国人ならではの“他人でもほっておけない精神”は、ドラマを見ているとうらやましくもなる。時には本音で言い争うこともあるけれど、根っこは相手を思う気持ちが強いからこそ。ハギョンの旅を通して、人のぬくもりにも触れることができる。

コロナがあり、旅行が自由にできなかった約3年間。様々な制約が今年になって解除され、会いたい人にも会えるようになった。海外旅行は魅力的だが、まだまだ腰が重い人もいるだろう。そんなときはハギョンのように近場でもいいから、ふらっと出かけてみるのはどうだろう。深く考えずに、身軽にサクッと。1人で行っても、どこに行っても、旅行は楽しいものなのだから。

文/鈴木ちひろ

『パク・ハギョンの旅行記』はLeminoで配信中/[c]Content Wavve Corp