内科医、整形外科医に次いで医師数の多い「小児科医」。子どもの健康を守るやりがいのある仕事ですが、他の診療科とは異なる「小児科医ならでは」の過酷な労働環境があると、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師はいいます。他の診療科目と比較しながら、“懐事情”を含めた小児科医の実態をみていきましょう。

小児科医になるまでの「茨の道」

子どもたちは未来の希望です。その未来を守るために、小児科医も日々奮闘しています。そんな小児科医ですが、なるにはどれだけ大変かご存知でしょうか。

小児科医になるためには、まずは医学部への進学がその第1歩です。

みなさんもご存知の通り、たとえ他の大学と比較して偏差値が低い大学であっても、医学部というのは他の学部より圧倒的に偏差値が高く、それ相応の知識と努力が必要であることがわかります。入学までもハードルがありますが、入ったあともみっちり6年間学習し、医師の国家試験に合格し、医師免許を取得する必要があります。

その後、2年間の初期臨床研修を経て、小児科の医局に入局したり、市中病院でキャリアアップをすることで小児科医になります。

小児科は「特別な科」

実は、病院によっては特別な臨床研修カリキュラムが組まれているほど、小児科は「特別な科」のひとつです。

なぜ特別なカリキュラムが組まれているのかといえば、子どもの身体というのは、「単に大人を小さくしたものではない」からです。子どもの体の大きさや機能は、その年齢や月齢によって大きく変わるため、その時々に応じた診療や投薬を行う必要があります。

また、小児科の診療は、内科や皮膚科、アレルギー科などのように診療科が分かれていないため、あらゆる科の幅広い知識を持って治療をすることが求められます。小児喘息や小児感染症といった子ども特有の病気に関する知識も必要です。

さらに、小児科専門医になるためには、臨床研修が終了したあとも学会の指定した専門医研修施設(専門医研修関連施設を含む)において3年以上の専門医研修を修了しなければいけません。そのうえで、専門医試験および審査に合格することが条件となります。

小児科医になるための「道」は、かなり険しいものであることがよくわかりますね。

医師数は多いが…過酷な労働環境に置かれる小児科医

医療施設に従事する医師のうち、小児科医は臨床研修医を除くと内科、整形外科に続いて3番目に医師数の多い診療科です。

では、他の診療科と比較して労働環境や労働時間には違いがあるのでしょうか?

小児の急変は突然…長時間労働を余儀なくされる

小児科医の労働時間を調査した報告書によると、

●小児科医の1週間あたりの平均労働時間……約52時間 ●小児科医で1週間あたり60時間以上働いている人の割合……約40%

といわれています。一般的な労働時間が8時間×5日=週40時間とすると、かなり長い労働時間であることがわかります。さらに、診療科全体の医師の労働時間平均(46.6時間)と比べても、約6時間長いです。また、60時間以上働いている人の割合も40%と、他の科の平均(27.9%)に比べ約13%も高い結果となっています。

小児の急変は突然ですし、親としても自分のことなら「様子を見よう」と判断できても、子どもの急変というとそうはいきません。また、日本は他国に比べ非常に安価な値段で診療を受けられるため、夜間でも子どもを病院に連れていきやすいというのも、労働時間が多くなりやすい原因のひとつであると考えられます。

分野を横断した知識が必須…業務量も多岐にわたる

小児科医というのは、子どもが生まれてから成長するまでの期間に発症したさまざまな病気を診断し、治療を行うのが仕事です。

そのため、先述したように子ども特有の病気だけでなく、さまざまな診療科の知識が求められます。実際、地方の病院は小児科医の人手不足が深刻化しており、1人の医師が外来と入院を同時に対応するケースもあり、非常に忙しい診療科目となっています。

また、ワクチン接種業務や、「疾患を予防するためにどうすればよいか」を保護者に対して正しく啓蒙することも求められるなど、小児科医の業務内容は非常に多岐にわたっています。

こうした労働環境が天国か地獄かは、小児科医本人の子どもに対する興味と気質に大きく左右されます。

小児科医は「開業」を検討する人が多い

ちなみに小児科は、キャリア形成の選択肢として、「大学病院や地方病院で専門を極める」ということのほかに「開業」を考えている人が多いです。

実際、開業を検討している小児科医の割合は9.8%と、平均である7.8%よりも高い傾向があります。しかし、開業するためには、開業のための資金はもちろん、経営者としての資質が求められます。開業がうまくいかなかった場合、赤字を抱える可能性もあります。

ただし、開業でうまくいった場合は激務な分、勤務医時代以上の収入が得られます。

小児科医の年収…勤務医と開業医で「約2,000万円」の差

他の科に比べ労働時間も長く、業務量も多い小児科医。では、赤裸々な話、小児科医の年収はどれくらいなのでしょうか。

医師の年収分布をみると、もっとも多い年収帯は1,000万円~1,500万円で全体の33.1%、次いで1,500万円~2,000万円が全体の28.4%を占めています。

小児科医の年収は、その働き方や立場により大きく異なりますが、一般的に病院に勤務する小児科医の平均年収は約1,220万円とされています。もちろん他の職業も含めた平均年収に比べると高額ですが、他の診療科目の医師と比べると低水準です。

一方、開業医となると話は違います。小児科の開業医の平均年収は約3,300万円と、勤務医に比べ約2,000万円高くなります。

ただし、開業医として成功するためには、それなりの開業資金や、子どもたちが喜んで来院するような設備投資など、多くの投資が必要です。また、小児科医は保険点数が低く、経済的な収益性は実は他の診療科と比較すると実はあまり高いとはいえません。そのため、地域のニーズに応じて内科を兼業することもあります。

さらに、小児科医としての仕事は、子どもだけでなくその親とのコミュニケーションも重要となります。特に「モンスターペアレント」などと呼ばれる、過度な要求をする親への対応も求められるケースがあります。そのため、高い精神力やコミュニケーション能力が必要となります。

以上のように、小児科医の年収は多くの要素によって左右されますが、子どもたちの笑顔や元気になった姿を見ることができるなど、やりがいの大きい仕事であることは間違いありません。

まとめ…小児科医は「割に合う職業」といえるのか?

ここまで見てきましたが、総合的に考えると小児科医は「割に合う」仕事といえるのでしょうか。

まず、経済的な観点からみると、小児科医の年収は他の診療科目と比較して中程度の水準であり、特に開業医となると年収は大幅に上昇します。ただし、開業のためには大きな投資やリスクをともないます。また、小児科医は保険点数が低く人件費率が高いため、経済的な収益性は必ずしも高いとはいえません。

そのため、コロナ禍においては経営がひっ迫した病院では小児科の閉鎖・休止が相次ぎました。筆者自身も20年勤め上げた勤務先の変更を余儀なくされました。

次に、労働環境の観点からみると、小児科医は非常に過酷な勤務状況に置かれることが多いです。特に新生児科医は24時間体制での勤務が求められることがあり、これは大きなストレスとなりえます。また、子どもだけでなくその親とのコミュニケーションも重要となり、特に過度な要求をする親への対応は精神的な負担となることがあります。

しかし、それらの困難さを乗り越えたときに得られる達成感や喜びは、他の仕事では得られないものです。そして、子どもたちの笑顔や元気になった姿を見ることができるのは、小児科医ならではの魅力であり、日々の活力となります。実際、年収は同程度でも、満足度は診療科別で見たときにトップクラスに高いというデータもあります。

他の診療科と比べると決して恵まれているわけではありませんが、子供たちの笑顔がなによりも活力となる「小児科医」。あの手この手で少しでも子供たちの笑顔が見られるよう、頼られるように努力しています。

みなさんも、お医者さんのことをあまり毛嫌いせずに、いつでも気軽に子どもの病気について相談してみてくださいね。

秋谷 進

東京西徳洲会病院小児医療センター

小児科医  

(※写真はイメージです/PIXTA)