在宅医療が有効なのは、患者さんの通院が困難な場合に限りません。たとえば、医師の処方どおりに薬を服用できていない場合など、通院治療では把握しづらい、生活実態に応じた支援が必要なケースでも在宅医療は効果的です。今回は、うつ病を患っている90代女性の事例から、ねりま西クリニックの大城堅一院長が詳しく解説します。

在宅医療で診療している患者・利用者のプロフィール

高齢の母親のうつ病で本人だけでなく娘も疲弊

内科医、精神科専門医、薬剤師らが、チームで療養を支える

基本情報

・年齢性別:90代・女性Bさん

・住まい:サービス付き高齢者向け住宅に入居

・家族:近くに独身の娘が居住

・既往歴:うつ病、下肢筋力低下

・要介護度:要介護1

・在宅医療期間:2020年6月~現在

在宅医療導入までの経緯

Bさんは出産後から不安、抑うつ症状が現れ始めました。子育てを終えて旦那さんと死別した70代頃から再び抑うつ症状が強くなり、自宅近くの精神科クリニックに長く通院をしていたということです。

年齢を重ねるにつれ下肢筋力低下により徐々に歩行能力が衰え、90代に入って娘さんの住む地域のサービス付き高齢者向け住宅に入居しましたが、歩行能力がさらに低下して通院が困難になってきたため、高齢者向け住宅のケアマネジャーからの紹介で私のクリニックが在宅で診療に入ることになりました。

在宅医療の内容

Bさんの診察をしてみると歩行能力は低下していますが屋内で移動するのはさほど問題がなく、年齢からすれば予想以上に身体能力は保たれていた印象です。

ただし気分の落ち込みが非常に強く、表情にも力がなく暗く沈んだ様子でした。そして「生きていても仕方がない」「何もやることがない」といったネガティブな言葉をずっとつぶやき続けていたのです。

また娘さんのところにもBさんから毎朝電話がかかってきて、「つらい」「死にたい」といった悲観的な発言が続くので、娘さんのほうが参っている印象でした。

そこで内科医が主治医となって月に2回訪問診療を行いました。さらに定期訪問診療とは別に精神科専門医が月1回、抗うつ薬気分安定薬などの精神科の薬物療法を行うことにしました。また緑内障の治療のために、眼科医が3ヵ月に1回、3人の医師が合計で月に3~4回訪問し、丁寧に療養生活に寄り添うことにしました。

さらにこれまでBさんは自宅近くの精神科に長く通院していましたが、一人暮らしだったため医師の処方どおりに薬が飲めておらず、自宅に薬をたくさんため込んでいたことも分かりました。訪問薬剤師が服薬指導を行い、訪問介護のスタッフとともに朝夕の服薬を支援する体制も構築しました。

処方どおりに薬を服用するようになって3~4ヵ月経過した頃、Bさんの表情は明るくなり、医療・介護スタッフに笑顔を見せることも増えました。悲観的な思いに沈むことも少なくなり安定して生活を送れるようになっています。

患者本人・家族の感想

最近はBさん自身も回復を実感しており、頭を覆っていた雲が晴れたよう、目の前が明るく見えると感想を述べています。以前は部屋にこもって寝ている時間が長かったのですが、最近は日中に少しずつ散歩や買い物に出る気力が戻っています。

Bさんの抑うつ症状が軽快し、娘さんに電話がかかってくる回数も減少しました。会話の内容も穏やかになり、娘さんも気分が楽になったということです。

主治医の解説

実はBさんの娘さんも仕事や介護のストレスが重なってうつ病を患っており、母娘でつらい状況が続いていました。通院治療では患者が薬を飲めていないといった生活状況は把握しづらいですが、在宅医療であれば医師が患者の生活に入っていき、生活実態に応じた支援ができます。

精神科専門医が適切な薬を見極めて主治医に伝え、主治医の処方を守って服用することで症状が改善し、患者の家族も含めて生活全体を立て直すことができました。

大城 堅一

医療法人社団星の砂 理事長

ねりま西クリニック 院長

(※写真はイメージです/PIXTA)