まもなくデビューする東武鉄道の新型特急「スペーシアX」。設備の豪華さに目を見張りますが、歴代の特急も時代を先取りする仕様でした。100年近く継がれる系譜をたどってみます。

戦前から豪華特急電車を運行

東武鉄道の新型特急車両「スペーシアX」が、2023年7月15日(土)に運行を開始します。室内の長さ4.1m、幅2.65mと私鉄最大を誇る個室「コックピットスイート」や、1車両全てがカフェ車両となった「コックピットラウンジ」など、6種類の豪華設備が目を引きます。

東武鉄道は、これまでも歴史的な観光地である日光・鬼怒川方面に、時代の最先端を行く看板特急電車を投入してきました。およそ100年近くとなる歴史を、この機会に振り返ってみます。

東武日光線が開通したのは、1929(昭和4)年のこと。最初から複線電化されており、関東では唯一の「100kmを越える長距離電車の運行」が行われていました。

その開業時に新造された豪華車両が、トク1形500号客車(トク500形という資料もある)です。オープンデッキの展望室を備えており、一般型車両からなる特急電車の最後尾に連結されました。車内には展望室(特別室)、料理室、随員室、ボーイ室を備えており、最大定員はわずか20名。展望室は食堂を兼ねており、シェフや給仕も乗務した「走る貴賓室」でした。

貴賓車としてつくられたトク1形500号ですが、1930(昭和5)年からは特別車座席券制度によって、一般客でも別料金を支払って利用できるようになりました。「スペーシアX」の「コックピットスイート」に通じる制度であり、東武特急は当初から豪華路線であったともいえます。

トク1形500号は1932(昭和7)年ごろから、通年で特急列車に連結されましたが、最後尾に連結するたびに転車台で方向転換する手間がかかることで、稼働率が落ちていきます。

廃車されたトク1形500号、まさかの復活

1935(昭和10)年には、早くも専用の特急形電車デハ10系が投入されています。デハ10系は、長距離運行に対応したトイレや洗面所を備え、シャンデリア風の豪華な室内灯も備えていました。大半の座席は座席間隔1780mmの固定式クロスシート(一部ロングシート)ですが、半室運転台の横は座席間隔880mmの転換式クロスシートとなっており、前面展望が可能でした。

デハ10系は、浅草雷門(現・浅草)~東武日光間を2時間17分(表定速度59.3km/h)で運行しました。当時の鉄道省(現・JR)の特急「櫻」が表定速度51.6km/hでしたから、かなりの速達列車といえるでしょう。

しかし太平洋戦争中の1942(昭和17)年、東武特急の運行は中断されます。トク1形500号は1943(昭和18)年に廃車となり、デハ10系もロングシート化されました。

戦後の1948(昭和23)年、進駐軍専用列車に日本人が乗車できるようになり、「華厳」「鬼怒」として特急が復活します。デハ10系は性能改善、オールクロスシート化のうえ、クハ350形・モハ5310形に改番されて、再び特急列車として走り始めます。

そして廃車されたトク1形500号も、観光団体列車用として改造・復活します。開放式だった展望台は円形テーブルとソファを設けた密閉式となり、料理室、随員室、ボーイ室はスタンドバーに改められました。トク1形500号は1949(昭和24)年より、特急電車に連結。1950(昭和25)年からは定期運用として、土曜日の下りと日曜日の上りで運行されるようになりました。

1951(昭和26)年、5700系電車が新造されます。これはライバルである国鉄が、上野~日光間に快速「にっこう」を設定したことがきっかけでした。東武鉄道は新車で対抗したのです。

5700系は車体長18m、幅2.8mで、デハ10系より車体長で20cm、幅で10cm広い大型車体でした。内装は座席間隔970mmのオール転換式クロスシートで、当時としては先進的な蛍光灯照明を備えていました。白熱灯よりもずっと明るかったので、浅草駅で下車した乗客が暗いホームに驚いて、しばらく歩きにくかったそうです。

国鉄を意識した車両を次々開発

5700系の車内には大型の真空管アンプやレコードプレーヤーを備えた放送室があり、女性乗務員が車内放送やレコード演奏をしていました。こうした豪華列車の登場により、クハ350形・モハ5310形は東武東上線用の特急として転属。同じころ、トク1形500号も引退しています。

そして1956(昭和31)年、早くも新型特急車両1700系が登場しました。1700系も国鉄を多分に意識し、速度と接客設備向上を目的として製造された車両でした。というのも東武鉄道は、国鉄が日光線へ特急形電車を導入するだろうと考えていたのです。座席はリクライニングシートとなり、ビュフェや売店も設けられました。最高速度も105km/hとなり、浅草~東武日光間の所要時間は1時間59分となりました。

1959(昭和34)年、国鉄日光線が電化されると、特急並みの設備を持つ157系電車が投入されます。危機感を抱いた東武鉄道は、1700系に冷房を搭載し、さらに新型特急1720系を開発して、1960(昭和35)年に投入しました。これが「デラックスロマンスカー」と呼ばれる車両です。

1720系「デラックスロマンスカー」は、国鉄1等車並みの座席間隔1100mmを誇るリクライニングシートを備えていました。また、200曲を収録したミュージックボックスを備えたフリースペース「サロンルーム」も、電話室と共に設置されています。所要時間は1時間46分に短縮されました。

客室の仕切り扉には、日本で初めて自動ドアが導入されました。これは当時、「マジックドア」と驚かれています。2か所のビュフェを拠点としたシートサービスも行われていました。あまりの豪華さに、運行から20年を経た1980年代の鉄道誌でも「日本一豪華な私鉄特急」と紹介されたほどでした。

「スペーシア」そして「スペーシアX」へ…

1990(平成2)年、現在も活躍する新型特急100系スペーシア」が投入されます。100系は座席間隔1100mmのリクライニングシートを踏襲しつつ、肘掛内蔵テーブルやオーディオサービス(現在では廃止)も備え、さらなる豪華さで話題となりました。

スペーシア」で特筆すべきは4人用個室の設置でした。天然大理石のテーブルや、厚さ15mmの純毛絨毯、金属部の金メッキなど、「ホテル並みの豪華さ」を実現しています。

ビュフェにも黒御影の人工大理石でつくられたカウンターを備え、オーダーエントリーシステムでのシートサービスを行いました(現在は営業中止)。

スペーシア」は2006(平成18)年よりJR線への直通運転を開始。2011(平成23)年よりリニューアルも行います。特に2015(平成27)年に登場した「日光詣スペーシア」は、豪華な金色の内外装が話題となりました。

そして、2023年。豪華東武特急の系譜を継ぐ新型特急として登場したのがN100系スペーシアX」です。

設備は国内最多の6クラスを備えます。運転台の後ろに配置し、展望を可能したうえで私鉄最大の広さを誇る1~7人用個室「コックピットスイート」、「スペーシア」の系譜を継ぐ1~4人用個室「コンパートメント」、1~2人で使える半個室「ボックスシート」など、プライベート感を重視しています。

開放形客室も2+2列の「スタンダードシート」と、1+2列の「プレミアムシート」の2クラス制となりました。

特筆すべきは、カフェ設備を備えた「コックピッドラウンジ」。厨房+向かい合わせ座席の組み合わせは食堂車的ですが、フリースペースではなく「優先的にカフェ利用できる指定席」という、国内では見られなかった設備です。

近畿日本鉄道しまかぜ」、JR東日本サフィール踊り子」など、豪華さが売りの特急車両が登場する中でも、最高レベルの豪華特急として存在感を示す「スペーシアX」。今後の活躍が期待されます。

「豪華特急」の系譜は脈々と受け継がれている(安藤昌季撮影/画像:東武鉄道)。