ある日、警察から「借主が逮捕されました」と連絡が入ったアパートオーナー。緊急連絡先に記されていた借主の母親に連絡をとるも、母親は家賃の支払いを拒否。大家は母親の許可をとり部屋の荷物をすべて処分したところ、釈放された借主は「勝手に家財処分したことは違法だ」と裁判沙汰に。裁判所はどのような判決を下したのでしょうか。賃貸・不動産問題の知識と実務経験を備えた弁護士の北村亮典氏が、実際の判例をもとに解説します。

音信不通の借主…母親の許可をとり、荷物をすべて処分するも

【アパートオーナーからの相談】

私の所有しているアパートの賃借人が、窃盗未遂で警察に逮捕されたと警察から私宛に連絡がありました。

困ったことになったと思い、契約書で緊急連絡先に書いてあった賃借人の母親に連絡をして、今後の家賃の支払いはどうするのか、賃借人の代わりに家賃は支払ってくれるのか等を確認しました。

そうしたところ、賃借人の母親は、「自分は家賃も支払えない。賃貸人に一任するので、部屋の荷物は賃貸人のほうで処分してもらいたい」と言ってきました。私は、念のため、母親から「荷物の処分をこちらに一任してもらうために一筆ほしい」と頼み、母親からその旨を書いた手紙をもらいました。

その後、2ヵ月ほど経っても賃借人が釈放されたという連絡もなかったため、私のほうで賃借人の居室内の家財道具をすべて処分しました。

それからさらに約1ヵ月経ったころ、突然釈放されたと賃借人から連絡があり「部屋の荷物が全部処分されている。どうなっているんだ」と言われました。

私からは、「あなたの母親から荷物の処分などは一任されているので、全部処分した。ただ、今後の生活用品を揃えるためのお金として10万円は渡す」ということを伝えました。

しかし、賃借人は納得せず、勝手に家財等を処分したことは違法であるとして、慰謝料200万円を求めて訴訟を起こしてきました

賃借人が逮捕されて連絡が取れず、やむなく緊急連絡先とされていた賃借人の母親の了解も取ったうえで行ったことですが、それでも私に非があるのでしょうか。

【弁護士の解説】

本件は、東京地方裁判所令和2年2月18日判決の事例をモチーフにしたものです。本件のように、突然所在不明となった賃借人について、賃貸人が裁判の手続を経ずに賃借人の室内の荷物の処分や鍵の交換等を行うことは、法的に「自力救済」といいます。

この自力救済は、原則として許されないというのが法律の考え方です。例外的にこの自力救済が許されるのは、以下のとおり極めて限定された場合です。

「法律の定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能または著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるにとどまる」(最三小判昭和40年12月7日判決)

この点、本事例の特殊要因としては、「緊急連絡先」として契約書に記載されていた賃借人の母親から居室内の荷物の処分について承諾を得ていたことであり、この点が法的にどう評価されるのかという点が問題になりました。

荷物の処分は「違法」…オーナーは慰謝料を払うことに

この事例で、裁判所は、結論として、賃貸人が荷物を処分したことは違法であると判断し、賃貸人に対して慰謝料として30万円の支払いを命じています

裁判所が、違法であると判断した理由は以下になります。

賃借人が母親に対して緊急時の事務処理を委任していた事実や、緊急時には母に連絡してほしいとか、母の指示にしたがってほしい旨を述べた事実はない

・したがって、賃貸人が賃借人の母親から動産の処分が依頼されていたとしても、このことをもって動産の処分について賃借人による承諾があったと認めることはできない

・したがって、賃貸人が賃借人の承諾を得ないまま本件居室内の動産等を処分したことについて少なくとも過失があったといえるから、賃借人に対して、不法行為による損害賠償責任を負うことを免れないというべきである。

要するに、仮に賃借人の母親の承諾を得たとしても、賃借人が母親に「荷物処分等の判断についての権限を委任する」というような事情が明確に認められないと、やはり賃貸人による荷物処分等は違法になるということです。

また、慰謝料が30万円とされた理由については、裁判所は以下のように述べています。

・賃貸人が賃借人の家財一式をすべて処分したことにより、本件居室内で逮捕・勾留される以前のとおりの生活をただちに続けることができなくなったものと認められ、従来どおりの生活の再建のためには各種の生活用品を揃えるなどの一定の時間や手数がかかることはごく自然であるといえるから、個々の動産が滅失・損傷した場合とは異なり、家財一式を失ったことによって賃借人に一定の精神的苦痛が生じたものといえる。

・そして、賃貸人により処分された動産の内容や金額を認定することが証拠上困難である点については慰謝料を算定する上でその増額理由としてしん酌することが可能というべきである。

・賃貸人は、本件居室に帰宅した賃借人に対して生活用品を揃えるための10万円をただちに交付しており、これによって賃借人の生活の再建が早まったといえるし、また、本件居室内の家財一式の処分に際しては、事前に賃借人の実母に対処方針を相談して、同人の承諾を得ていたこと、賃借人が逮捕されてから上記家財一式の処分まで2ヵ月程度の期間をあけていたことがそれぞれ認められる

・これらの各事情を総合すると、賃借人の被った精神的損害を慰謝するに相当な額は、30万円が相当である。

この種の自力救済の事案の慰謝料は、100万円程度の慰謝料が賃貸人側に命じられることも多いのですが、本件では、賃借人の母親の承諾を得ていたという事情が慰謝料の金額の算定において考慮され、慰謝料が減額されたということになります。

なお、賃借人は、荷物そのものの損害として30万円を賃貸人に請求していますが、賃貸人が10万円を支払っていたこと、荷物の価値は10万円を超えることはないと判断して、この請求は否定しています。

賃借人が逮捕されて長期間連絡が取れなくなるなどという事態はアパートオーナーにとって起こり得ることではありますが、その場合の対応は極めて慎重に行うべきということを改めて示した事案として参考になります。

※この記事は、2022年11月3日時点の情報に基づいて書かれています(2023年7月7日再監修済)。

北村 亮典

弁護士

大江・田中・大宅法律事務所

(※写真はイメージです/PIXTA)