「社員がうちは給与が低いと言っているようだ」「一人50万円も夏季賞与を支払っているのに、社員に少なすぎると言われた」…税理士という仕事柄、経営者からこのような声を聞くことがあります。2023年夏の民間企業平均夏季賞与は40万円276円とされており、50万円は決して少ない賞与ではないはずです。なぜ、経営者と社員で、給与に対する感じ方に差が出てしまうのでしょうか。給与の仕組みから紐解いてみましょう。※本稿は、税理士の都鍾洵(みやこ しょうじゅん)氏が事例をもとに解説します。

31歳営業マン・佐藤孝雄(仮名)さんの手取り

佐藤さんは機械メーカーの営業をしている31歳のサラリーマンです。今月の給与振込額を見て「今月もカツカツだな……。せめて年齢と同額くらいの手取りは欲しいところだが……」と落胆していました。

前日にもらった給与明細の袋を開けると、給与明細には次のように書かれています。支給項目として、総支給額300,000円、交通費8,950円と記載されています。また、控除項目には、健康保険料15,000円、厚生年金保険料27,450円、雇用保険料1,853円、所得税6,750円、住民税12,800円、控除合計額63,853円とあります。そして、差引支給額は245,097円となっています。

ちなみに、厚生労働省の『令和4年 賃金構造基本統計調査』によると、30~34歳の平均月収は30.2万円となっており、佐藤さんはちょうど平均的な給与をもらっていることになります。

「25万円もないのかぁ。うちの会社はケチだなぁ……」

佐藤さんは通帳に振り込まれた金額、つまり『手取り額』にフォーカスしています。次に、経営者側の視点から見てみましょう。

経営者側から見ると…

竹田工芸株式会社(仮名)の竹田社長(50代・仮名)は「何とか今月も社員の給与を支払えて良かった。それも社員の皆には概ね年齢と同額くらいは支払えているぞ」とホッとしています。

実は、会社の社員給与に対する負担額は、給与明細に記載されている額面を大きく超えるため、資金繰りの大部分が給与関連の経費である場合も多く、「給与を支払えてホッとする」という中小企業経営者は少なくないのが現状です。

会社負担額が給与明細に記載の額面を超える理由を、先ほどの佐藤さんの例で見ていきましょう。

総支給額300,000円と交通費8,950円は当然会社負担です。この時点で佐藤さんの手取りの認識(25万円以下しかもらっていない)とは6万円(①)ほど乖離します。

更に、社会保険料は労使折半のため、健康保険料と厚生年金保険料の合計額42,450円(15,000円+27,450円)(②)は会社が負担します。つまり、社員の給与から控除された社会保険料の倍額84,900円が会社の通帳から引き落としされるのです。この時点で10万円ほど認識の乖離(①+②)が生じています。

更に、雇用保険料にも会社負担があり、しかも会社負担の方が多いのです。1,853円の控除額の約1.5倍にあたる額を会社は負担しています。

ちなみに、源泉所得税や住民税はどのような手続きをされているかご存知でしょうか。実は、会社が控除した額、そのままを国と地方自治体に納付しているのです。つまり、佐藤さん所得税6,750円、住民税12,800円は、会社が佐藤さんの代わりに納付しています。その際の銀行へ行く交通費や労力はもちろん会社負担です。

佐藤さんは「引かれている」と感じていますが、会社は「佐藤さんの代わりに支払っている」という認識で、ここでもズレが生じるのです。

これらを合算すると、会社負担は総支給額+交通費で308,950円+社会保険料会社負担分42,450円+雇用保険料会社負担分2,770円+源泉所得税等事務費2,000円=356,170円となります。

佐藤さんの実感では「給与は25万円にも満たない」でした。しかし、経営者からすると「35万円以上負担している」となるのです。その差は実に10万円以上となります。10万円以上の認識の差は大きいですよね。

年収で考えると

もちろん、年収も同じです。源泉徴収票上で年収500万円の場合、手取りは400万円に満たないことが多い(昨年の収入や扶養状況による)です。一方で会社は570万円ほどを負担しています。

ちなみに、年収1,000万円の場合、手取りは730万円ほどとなり、会社負担は1,120万円ほどとなります。社員の手取り額と会社負担額の間には、実に400万円ほどの開きが生まれることになります。

このように、経営者と社員では、給与をそれぞれの方向から見ることで、認識に乖離が生じるのです。

どちらかが間違っているわけではありません。会社負担もその通りですし、手取りも実際に振込まれる額です。どちらも正しいのです。大事なことは、双方が互いの立場を理解することです。

経営者と社員は、給与の仕組みを知ることで、お互いの見方を正確に認識することができます。社員側は「経営者に搾取されている」と感じる前に、経営者側は「こんなに払っているのになぜ不満が出るのか」と感じる前に、一歩立ち止まり考えることができるようになるのではないでしょうか。

(※写真はイメージです/PIXTA)