2023年8月5日(土)より歌舞伎座で、三代猿之助四十八撰の内『新・水滸伝(すいこでん)』が上演される。中国の「四大奇書」に数えられる『水滸伝』は、江戸時代のはじめに日本に伝わった。読本や草双紙となり庶民にも広まり、幕末には二次創作物もヒット。歌川国芳葛飾北斎もこれを題材に筆をふるっている。

登場するのは、魅力的な豪傑たちだ。山賊あがりの無頼漢。美貌の殺し屋。女親分。かつては朝廷軍兵学校の教官をつとめた元軍人でありながら、エリート街道からドロップアウトした孤高の新入り。荒くれ者たちを束ねる大親分。個性豊かなアウトローたちが、梁山泊(りょうざんぱく)を根城に、腐敗した巨大権力に立ち向かう。

2015年に上演されて以来8年ぶり、歌舞伎座では初上演の『新・水滸伝』に向けて、作・演出の横内謙介、演出の杉原邦生、そして主人公の林冲(りんちゅう)を勤める中村隼人に話を聞いた。

『八月納涼歌舞伎』第3部『新・水滸伝』

『八月納涼歌舞伎』第3部『新・水滸伝

なお8月20日(日)には、イープラスによる歌舞伎座の全館貸切公演が行われる。通常は一等席として販売されるエリアを「特等席」と「一等席」に分け、全席を独自の価格設定で販売している。

■『新・水滸伝』、悲願の東京公演へ

ーー初演は2008年のル テアトル銀座(有楽町・2013年閉館)。横内さんの脚本・演出で、二十一世紀歌舞伎組公演として上演されました。

横内三代目市川猿之助/現・猿翁)が病気になり、舞台に立つことはむずかしくなった。自分が出られなくても新作を作ろうじゃないか、と三代目からの指令で作ったのが『新・水滸伝』でした。評判も良く、中日劇場(2011年名古屋)での再演が決まると、三代目から「劇場も大きくなる。スーパー歌舞伎とは言わないまでも、スケールの大きな作品に変えよう」とリクエストがありました。そこで脚本に手を入れて演出も変えた。さらに新歌舞伎座2013・15年大阪)での再演を経て、手応えを感じられる仕上がりになった。スケールアップした『新・水滸伝』の東京公演は、僕にとって悲願でした。でも最後の公演の翌月から、スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』の稽古で、「海賊が暴れるのも盗賊が暴れるのも、そんなには変わらないんじゃない?」みたいな空気が漂っていたのだと思う。

ーー海賊船か梁山泊か、集合場所の違いはあるものの……。

横内:だいたい同じだから、再演は急がなくてもいいだろう、と。

杉原:ハハハ!

ワンピース歌舞伎に、隼人さんはサンジとイナズマとマルコの3役、横内さんは脚本・演出、杉原さんは演出助手で参加されました。

ワンピース歌舞伎に、隼人さんはサンジとイナズマとマルコの3役、横内さんは脚本・演出、杉原さんは演出助手で参加されました。

ーー隼人さん、過去の『新・水滸伝』や今回の脚本を読んだ感想をお聞かせください。

隼人:誰か一人が物語をひっぱるというより、皆で作る群像劇のような印象を受けました。猿翁さんがお倒れになったあとに、市川右團次(当時右近)さんを芯に皆さんで作られた新作ですよね。今回の座組には、初演以来の市川猿弥さん、市川笑也さん、市川笑三郎さんをはじめとした先輩方がいらっしゃいます。そして僕も含め、初めてのメンバーも同じくらいいます。皆で話し合い、より良い作品を作りたいです。

ーー主人公の林冲は、官軍の教練場の先生でありながら梁山泊のアウトローになります。

隼人:過去4回、右團次さんが勤められたお役です。このような新作の場合、役を教わることはないのですが、右團次さんの林冲の素晴らしい部分は絶対的に踏襲したいですし、しなくてはならないと思っています。そして自分の魅力が出せるところでは、出さなくてはいけないとも思います。

「父(中村錦之助)は若い頃、猿翁さんの下で修行をしていました。歌舞伎の基礎は三代目猿之助さんに習った、と聞いています」と隼人。

「父(中村錦之助)は若い頃、猿翁さんの下で修行をしていました。歌舞伎の基礎は三代目猿之助さんに習った、と聞いています」と隼人。

ーー今回は演出に杉原さんが加わります。

杉原:『ワンピース』で演出助手、『東海道中膝栗毛(弥次喜多シリーズ)』で構成、スーパー歌舞伎II『新版オグリ』では演出と、これまでさまざまな形で歌舞伎公演に関わらせていただきました。けれども歌舞伎座での演出は、初めてです。自分にとってとても大きなことで、良い作品にしたいという思いでいっぱいです。

ーー隼人さんへの印象を伺えますか?

杉原:これまでいくつかの作品でご一緒して、僕は隼人くんを信頼しています。いい意味で、素直に“まず受け入れてやってみる”が出来る方。林冲は、梁山泊のリーダーになります。リーダーになる人物って、必ずどこか孤独でナイーブなものを抱えていると思っていて。隼人くんからは、それが自然と出てくるのでは、と思っています。ですから隼人くんには今回、芝居自体は豪快にやっていただけたら。期待しています!

隼人:がんばります!

杉原さんは、直近では原案・構成・演出・振付シディ・ラルビ・シェルカウイ『舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド』で演出補をつとめました。

杉原さんは、直近では原案・構成・演出・振付シディ・ラルビ・シェルカウイ『舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド』で演出補をつとめました。

■血湧き肉躍る、冒険活劇

ーースケールアップのお話がありましたが、再演を重ねる中で、この作品はどのように変化してきたのでしょうか。

横内:台本から何から全部手を入れました。初演では、高俅(悪人)は梁山泊との戦いで死にませんでした。けれども再演に向けた三代目からのリクエストは、「スケールを大きく」以外にもいくつかあって。そのひとつが「高俅をぶっ殺せ」でした。

隼人・杉原:(笑)。

横内:メモにそう書いてあった(笑)。初演の脚本は人間の心理を描くドラマとして出来あがっていたから、ここで高俅を討ち果たすのはどうだろうか、とも思いました。原作でも、高俅は生き延びて生き延びて、いつの間にか出なくなる。おそろしく現実的ですよね。現代劇で(高俅を)やったら安直にみえたかもしれない。けれども歌舞伎は、殺しの場にさえ拍手がおこる演劇です。悪い奴はやられる。「血湧き肉躍る、冒険活劇でいいんだ」と思い直し、何でもありの西部劇だと思って、再演では台本から演出まで変えました。

杉原:その分かりやすさは、歌舞伎らしいダイナミズムやストレートなメッセージ性として魅力的ですよね。『新・水滸伝』は勧善懲悪というか、世の悪を「毒を以て毒を制す」みたいな物語です。分かりやすい一方で、今の僕たちにはやや距離のある精神論にも感じられるのかな、と。現代のお客様に納得してみていただくためにも、何が林冲をその想いや行動に至らせたのか。スケールの大きなダイナミズムの中に、繊細な心理のドラマを隼人くんと作っていけたらいいですね。

2階ロビーへ

2階ロビーへ

ーースケールといえば、宙乗りが加わったのも再演からだそうですね。今回、宙乗りは?

横内:(すかさず)やる。

杉原:やります。

隼人:僕、どうやって飛ぶんですか?

杉原:ネタバレになるかな。

隼人:ならないでしょう? むしろ読んでくださる方に伝えたい。

横内:林冲は龍にのります。(声を大にして)梁山泊には秘密兵器がいっぱいあるんです。

隼人:なんでもありですもんね!

一同:(笑)。

ーー舞台美術のイメージはいかがでしょうか。

杉原:初演は、黒がメインの舞台に、毛利臣男さんの鮮やかな衣裳が映えていた印象があります。今回、衣裳や音楽は基本的にこれまでのものを踏襲すると聞きました。ならば空間は、これまでと異なる印象でお見せできたらと。そこで、現段階では白に振り切った舞台美術を考えています。反転という考え方が好きなんです。『新版オグリ』を演出した時も、黒や赤などのイメージを持ちやすい地獄の場を、僕のアイデアであえて真っ白にしました。これまでの『新・水滸伝』は真っ黒だった。どうせ変えるなら反対にしちゃえ、の精神です!

一同:(笑)。

杉原:『新・水滸伝』は梁山泊に集まった豪傑たちが腐り切った世の中を変えようと暴れ回る熱い作品です。ですから、逆に空間の印象をクールかつシンプルにすることで、物語の核となる怒りや情熱を際立てることができるのでは、と思います。歌舞伎座ではあまり見たことのない空間をお見せできるよう、 美術の金井勇一郎さんと作戦を立てています。楽しみにしていただきたいですね。

ーー2015年の新歌舞伎座公演では、たくさんの俳優さんが客席の通路を行き交う演出がありました。今回はいかがでしょうか。

杉原歌舞伎座は、あの人数だとできないですよね。

隼人:まだ厳しいんです。

杉原:やはり、客席に降りてきてほしいものですか?

ーー状況が許すならば、いちファンとしては。

杉原:そうですよね……。ちなみに、僕か横内さんは本番中客席にいますから(真顔。一同笑)。

横内:ご意見がありましたらそこに言いにきてください(同上)。

隼人:1日くらいは僕が降ります。無断で降りて怒られればいいんじゃないかな(真顔。関係者一同「だめだめ!」「いや、それは」など口々に止めに入る)

■梁山泊に集う豪傑たち

ーー共演の皆さんについて伺ってまいります。澤瀉屋を支えてきた猿弥さん、笑也さん、笑三郎さんは、過去の公演に続き、重要な役で登場されます。

横内:8年前に上演した『新・水滸伝』はかなり完成度が高かったと思っています。その中で、この3人の芝居もかなり良い感じだった。東京の劇場でみせたいという気持ちがありました。

隼人:ただただ心強いです。『ワンピース』以後、僕は澤瀉屋の座組で本当にたくさん育てていただきました。その中でも猿弥さん、笑也さん、笑三郎さんは、まだ20代前半だった僕が、坂東巳之助さんとやらせていただいた新作歌舞伎NARUTO -ナルト-』でも、作品を支えてくださいました。お一人おひとりが素敵な役者さんなのですが、3人揃うと馬力が変わるんですよね。

横内:そうなんだよ。おもしろいよねえ。

ーーお夜叉を演じるのは、中村壱太郎さんです。

横内:猿弥さんと親友の役だね。

隼人:実年齢は親子ほど違うけれど。

横内:安心です。壱太郎さんならシレっとやってくれるでしょう。あのやりとりをこの2人で……想像するだけでおもしろい!

(左から)中村隼人、中村壱太郎、市川團子、浅野和之、市川門之助、市川中車、松本幸四郎

(左から)中村隼人、中村壱太郎、市川團子、浅野和之、市川門之助、市川中車、松本幸四郎

ーー高俅は、浅野和之さんです。

横内三代目に「ぶっ殺せ」と言われた役です(笑)。どれほど悪い奴になってくれるか、とても楽しみにしています。

隼人浅野さんって、芝居の質問をすると必ず答えをくださるんですよね。映像の先輩方もそう仰っていて。そして歌舞伎役者が疑問に思わずにやる芝居にも「これはどういう感じなの?」とディスカッションをしにきてくださる。作品をより良くするために、一緒に頑張っていける大先輩です。

ーー松本幸四郎さんが演じる魯智深(ろちしん)は、初登場のキャラクターです。原作では重要な人物の一人として描かれています。どのような役になるのでしょうか。

隼人:すべてを持っていく!

杉原:いいお役!

横内歌舞伎では「ごちそう」といわれるのかな。

隼人:作品に厚みを持たせてくださる役だと思っています。稽古次第では、出ていただく比重が変わる可能性は充分ありますよね。これはもっと出ていただかないと! って。

杉原:あり得ますね。魯智深が登場するのは、8月の歌舞伎座公演だけです。9月の南座は、さらに演出が変わった『新・水滸伝』だと思っていただけるといいですね。先ほど話に出た客席に降りる演出が、南座ならできる可能性もありますから。

隼人:スーパー歌舞伎もそうですが、澤瀉屋の新作歌舞伎はいつも、芝居の根幹は変えず、初演よりもその後の公演でパワーアップしていきますね。歌舞伎座も京都南座も、どちらも見届けていただきたいです!

ーー93歳の寿猿さんも出演され、前回寿猿さんが演じた公孫勝(こうそんしょう)を市川門之助さんが。そして晁蓋(ちょうがい)が、市川中車さんです。

横内:晁蓋は、梁山泊という荒くれ集団の実質的な大親分。初演では、新国劇の笠原章さんがなさった役ですから、歌舞伎らしくなくていいんです。自由度が高い役を、中車さんにお願いできるのは楽しみです。大親分として、存分にこってりとクドくやっていただきたいです。

ーー若手の方々も活躍されますね。中村福之助さん、中村歌之助さんも大事な役で登場、朝廷軍の若い兵士・彭玘(ほうき)役は、市川團子さんです。彭玘は林冲の教え子という設定ですね。

横内:前回は右團次さんの林冲先生に、青虎さんの彭玘という組み合わせでした。骨太な師弟関係でこれも良かった。けれども今回、青虎さんには笑也さんの悪い許婚役を。そして隼人さんと團子さんに、新しい師弟関係をみせていただきます。ここに新しい感覚を期待しています。林冲はエリートで優秀な軍人で腕もたつ。精神的なことも教える。そんな林冲に「先生! ついていきます!」というのが團子さんの役。林冲が梁山泊に身をよせてボロボロになった姿を見て、彭玘は葛藤し……。隼人さんの林冲は、そのうねりがよく見えるんじゃないかな。青春ドラマのように見えたらいいな、と期待しています(笑)。

隼人:僕自身「水滸伝」には、武骨な男の集団のイメージを持っていました。僕は役者として骨太な芝居に憧れつつも、今の僕がもっているのは、横内先生がおっしゃるような“線”だとも思っています。もってはいても、そこにあえて期待せず、今ある引き出しに頼らず、毎回挑戦のつもりでやりたいです。

ーー團子さんには、どのような印象をおもちですか。

隼人:そうですね。團子くんに限らず、後輩たちみんなに才能や光るものを感じ、羨ましく思うところがたくさんあります。その中でも團子くんに特に感じるのは、明るさ。陰(いん)の部分があったとしても、それが外からは見えづらい。そこに、役者を天職として生まれてきた人なのだろうな、と感じます。

ーー隼人さんは、後輩の俳優さんたちにも基本的に敬語でお話しされるそうですね。

隼人:正直、後輩たちがみんな魅力的に見えます。僕自身はただ周りの方に見つけていただいたり、運が良かっただけで、自分の力で何かをやれたということはまだなくて。

ーー隼人さんは、歌舞伎だけでなく『巌流島』のような舞台、主演の時代劇『大富豪同心』のシリーズ化など、華やかに活躍の場を広げられています。「運が良かっただけ」は謙虚すぎるようにも……。

隼人歌舞伎の世界で、周りの先輩方を見ていると、どうしようもなく勝てない人ばかりです。なかなか「自分が!」という気持ちになれるものではないような気がします。もちろんお芝居の時は、「誰にも負けない!」という気持ちで舞台に出ますが、先輩方はその経験を、10年20年あるいはそれ以上なさってきた。敵うわけがないのに、その方々と同じ舞台で太刀打ちしなきゃいけない。怖いところです(苦笑)。

■澤瀉屋の歌舞伎

ーーあらためて隼人さん、本作への意気込みをお聞かせください。

隼人:『新版オグリ』は、少し不器用なところのある役でした。だから、ある程度等身大の自分で演じることができました。今回は、年齢だけでいえば近い設定かもしれませんが、「皆がついていきたい」と思う林冲でなくてはいけません。ある種「隙のない大人の男」を意識して勤めます。また『新・水滸伝』も最後の上演から8年が経ち、この期間で僕らの感覚やお客様の感覚は目まぐるしく変わってきたはずです。良いものを残し、令和にやるからには新しいものを入れて。難しいことではありますが、この作品の眼目を自分なりに見つけていけたらと思っています。

ーー8年ぶりの再演でも、時代にあわせたアップデートが大切なのですね。たしかに歌舞伎に限らず、10年前の演劇の再演でも、初演で気にならなかった設定に時代錯誤を感じてしまうことはあります。映画や古典ならば気にならないのに。

杉原:そこは演劇のむずかしいところですよね。目の前で生身の人間がやる以上、古い時代の台詞を言うことも、古い言葉を使っている現代の人がいる、という前提になります。男女観の描き方なども、時代とのギャップが生々しく伝わってしまう。だから演劇って、時代にあわせて変化させていかなくちゃいけないんじゃないかと思っていて。「変える」と言っても、作品の中で描かれている時代の精神や習慣そのものではありません。変えるのは、あくまでも表現の仕方。見せ方、伝わり方の工夫で、今の観客が納得できる形にして届けること。そこが上手くできなければ、観客の心はどんどん離れてしまいます。ただ『新・水滸伝』で言えば、横内先生が書かれた梁山泊の人たちは、男女平等な意識が強いですよね?

横内:そうだね。けれども時代を意識してそうした、というより、澤瀉屋に良い女方が揃っていた結果なんだよね。笑也、笑三郎、市川春猿(河合雪之丞)もいて生かさない手はない、と。一方で「時代の感覚にあわせて変えていく」ことについては、何となく思うことがあるんです。梅原猛先生と三代目がスーパー歌舞伎をはじめて、僕も『八犬伝』からこれまで何作も一緒にやらせていただいた。それをふり返ってみると、梅原猛先生の作品は『オグリ』『ヤマトタケル』など、主人公の名前が作品のタイトルで、主人公の活躍を中心に描かれています。一方で僕は、タイトルも内容的にも、ほとんどがチーム戦なんだよね。

ーー『八犬伝』、『新・三国志』シリーズ、『新・水滸伝』、『ワンピース』などでしょうか。

隼人・杉原:なるほど!

横内:梅原先生と私の間に、少し世代の違いがあります。梅原先生は大正の生まれ、私は戦後の民主主義で育ちました。だからチーム戦が好きなのかな、とかね。歌舞伎には座頭がいるし、役にもヒエラルキーはある。でも隼人さんは「みんなで創る作品」だと言ってくださった。座頭でありながらその意識をお持ちなのは、今の時代らしい新しい感覚じゃないかなと思っています。

ーー横内さんは、長く澤瀉屋の歌舞伎に関わってこられました。一度はできあがった作品に手を入れる時、変わらない、あるいは変えてはいけない、澤瀉屋の新作歌舞伎“ならでは”の部分はあると思われますか。澤瀉屋の歌舞伎俳優が出ていれば成立するのでしょうか。

横内:もし境目があるとしたら、時代にあわせて必ず変えていく。そこかもしれません。僕が死んだ後は、誰かが変えてくれないといけない。振り返ってみれば、文化勲章者(梅原猛)の脚本なんて、普通に考えたらアンタッチャブルですよ。その脚本さえも「この部分は現代にそぐわないから」と、どんどん変えてスーパー歌舞伎Ⅱでやってきた。『四の切』も古典として完成していたはずだけれど、皆さんは、やはり工夫を重ねていますよね。僕は、そこに澤瀉一門の流儀を感じます。

ーー横内さんの本も、50年後には大胆に書き換えられているかも、ということでしょうか。

横内:そう。今の精神や流儀が繋がっていればね。そして書き換えられたとしても、良いところ、面白いところは必ず残っていく。

隼人(深く頷く)

杉原:残りますよね。

横内:結局2020年にやれなかったけれど、 『ヤマトタケル』の打ち合わせでもそうだった。「変えてみたけれど、やはりあの場面のままがいい」と元に戻したり。変えよう。やっぱり変えない方がいい。それをくり返して本当の古典になっていくんでしょうね。だからスーパー歌舞伎を含めた『新・水滸伝』のような澤瀉歌舞伎も、いつか守るだけになったら、これは澤瀉屋じゃなくても上演できるね、ということになる。それは作品が、本当の意味で古典になった時、と言えるかもしれません。

ーー最後に読者の方へメッセージをお願いします。

隼人:心強い澤瀉屋の先輩たち、才能のある後輩たち、そして幸四郎にいさんや中車さんなど、多くの方にお力添えをいただき、この作品をやらせていただきます。そして『八月納涼歌舞伎』の精神性も忘れずに勤めたいです。歌舞伎の人気が低迷していた時期、8月の歌舞伎座歌舞伎公演ができませんでした。それを当時若手だった中村勘三郎さん、坂東三津五郎さんといった先輩方が、『八月納涼歌舞伎』を立ち上げて盛り上げ、歌舞伎座が年間を通して歌舞伎をやれる、歌舞伎専用の劇場になれたんです。その挑戦の気持ちで、全神経を研ぎ澄まし、新しい歌舞伎に臨みます。ぜひ観に来てください。

杉原:今年も暑い夏になると思いますが、そんな夏にぴったりの辛口のクラフトサイダーのような作品をお届けしたいです(笑)。きゅっと飲んで「爽やかで旨っ! でも辛!」みたいな体感が楽しめるものを目指します。それに、イープラスさんが貸切公演に選んでくださった公演ですからね。年間にどれだけの数の公演を扱っていらっしゃるか!(一同笑)。その中から僕たちの『新・水滸伝』を選んでくださった。まず間違いない作品だ、と信じてお越しください。

「あ! 21時までには終わります!」と杉原さん。「 終演時間、大事!」と隼人さん。

「あ! 21時までには終わります!」と杉原さん。「 終演時間、大事!」と隼人さん。

横内:僕は歌舞伎に先入観のない方にも来てもらいたい。台詞も分かりやすいし、絶対に退屈させません。それでいて本物の歌舞伎の要素で作ったものをお見せします。要するに……話題のイケメンを観にくるつもりでお越しください。

一同:(笑)

(うなずく隼人。皆の目線に気がつき)

隼人:團子さんでしょう? 僕も入れてくれるんですか!?

一同:(ふたたび笑)

歌舞伎座『八月納涼歌舞伎』は、8月5日(土)から27日(日)まで。『新・水滸伝』は、午後6時開演の第三部で上演される。


中村隼人
ヘアメイク=佐藤健行(HAPP’S.)
スタイリスト=石橋修一

ジャケット¥46,200、シャツ¥29,700、パンツ¥34,100(以上全てS'YTE/YOHJI YAMAMOTO Press Room)
問い合わせ先:YOHJI YAMAMOTO Press Room 東京都港区南青山5-3-6 03-5463-1500

■杉原邦生
衣裳協力=ANTOSTOKIO


※澤瀉屋の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”

取材・文・撮影=塚田史香

(右から)作・演出の横内謙介、中村隼人、演出の杉原邦生。歌舞伎座にて。