性同一性障害経産省職員(50代)が、戸籍上は男性であることを理由に、女性トイレの使用制限などをされたのは不合理な差別だとして、国に処遇改善を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第三小法廷(今崎幸彦裁判長)は7月11日、使用制限を適法とした2審判決を破棄し、国の対応を違法とする判断を示した。裁判官5人全員一致の結論。

判決言い渡し後、記者会見を開いた原告は「関係者はこの判決の重みを無視することはできません。判決理由そのものよりも、補足意見で書かれているような裁判官の考えを十分に汲んで、トランスジェンダー同性愛者などの少数者への対応を、感覚的で抽象的な考え方ではなく、具体的に踏み込んで真剣に考えるよう迫られるのではないか」と話した。

●これまでの経緯

判決によると、原告は男性として入省後、1999年ごろには、生物学的な性別は男性だが性自認は女性であるという「性同一性障害」の診断を受けた。

原告は2009年、経産省の担当職員に、女性の服装での勤務や女性トイレの使用などの要望を伝えた。これを受け、2010年に部署の職員に対し、原告の性同一性障害についての説明会が開かれた。説明会でのやり取りを踏まえ、女性トイレについては、勤務するフロアから2階以上離れたフロアのトイレを使用するよう言われた。

健康上の理由から性別適合手術を受けていないが、2011年6月、当時の上司は、原告に対し「性別適合手術を受けて戸籍の性別を変えないと異動できない」などの異動条件を示した。話し合いの中で、その上司からは「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」といった発言もあった。

原告は人事院に対し、職場の女性トイレを自由に使用させることなどの行政措置の要求をしたが、人事院は2015年に要求は認められないと判定した。

1審の東京地裁は、経産省の対応について「自認する性別に即した社会生活を送ることができることという重要な法的利益を制約するもの」と指摘。トイレの使用制限を国家賠償法上違法と判断した上で、国に慰謝料など132万円の支払いを命じた。

2審の東京高裁は「処遇は原告を含む全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を果たすための対応であった」などとして適法と判断。上司の発言については違法と認め、11万円の賠償を命じた。

最高裁の判断は?

最高裁は、原告が性同一性障害であるという医師の診断を受けており、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、勤務するフロアから離れた階の女性トイレなどを使用せざるを得ず、「日常的に相応の不利益を受けている」と指摘。

今回のケースでは、以下のような事情から、原告が庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて「不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかった」とした。

・健康上の理由から性別適合手術を受けていないが、女性ホルモンの投与や女性化形成手術などを受けるなどしている

・性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている

・説明会のあと、女性の服装などで勤務し、勤務するフロアから2階以上離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない

・説明会で、原告が勤務フロアの女性トイレを使用することについて、担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたに止まり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない

・説明会から最高裁判決までの約4年10カ月の間に、原告の庁舎内の女性トイレの使用について、特段の配慮をすべき他の職員がいるかどうか調査がおこなわれたり、処遇の見直しが検討されたりしたことはうかがわれない

その上で、女性の要求を認めなかった人事院の判断は、「具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、原告の不利益を不当に軽視するもので、著しく妥当性を欠いたもの」などとして、違法と判断した。

●弁護団「画一的な判断をすることが、一番よくない」

弁護団の山下敏雅弁護士は「不安に感じた女性がいたとして、女性たちにももちろん配慮は必要だけど、それが具体的なものなのか。一人の人生を大多数の抽象的な不安で押し潰していいのかというメッセージを最高裁が出したことは、弁護団として評価している」と話した。

弁護団の原島有史弁護士は「トランスジェンダーと一言で言っても、性別に違和感があるところから、少しずつホルモン療法をしたり、さまざまな治療を受けたりなど、いろいろな段階がある」と説明。

「戸籍上の性別を変えたら性別の移行を認めるが、変えない間は何をしようと絶対に認めないといった画一的な判断をすることが、一番よくないと考えている。どう見ても男性の人が女性用トイレに入って問題が生じたら規制することは当然であって、我々はそのようには主張していない」とし、具体的な状況の中でどうしていくかを考えることが大切だと話した。

最高裁の補足意見では、「性的マイノリティに対する誤解や偏見がいまだ払拭することができない現状の下では、 両者間の利益衡量・利害調整を、感覚的・抽象的に行うことが許されるべきではない」といった指摘があった。

原告は「感覚的になんとなく嫌いというものはダメで、具体的に考えて対応しなければいけないということは、他の差別問題にも対応できる部分ではないかと思う」と話した。

逆転勝訴のトランスジェンダー職員「判決の重み、無視することはできない」 経産省トイレ制限訴訟