日本の平均年収は443万円(国税庁:民間給与実態調査)、平均世帯年収は514万円(総務省:家計調査)です。そのようななか「世帯年収1,000万円」と聞くと、余裕のある生活を想像する人も少なくないでしょう。しかし、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社現代新書)の著者でジャーナリストの小林美希氏が該当世帯に取材を行ったところ、世帯年収1,000万円の“シビアな実態”が明らかになりました。詳しくみていきましょう。

「心の豊かさ」はお金で買うしかないんじゃないですか?…35歳女性の本音

「私は下のほうで生きている」コンビニは行かず、クーラーもつけない生活 ※取材対象──東京都・米田美鈴(仮名)・35歳・自治体職員・年収348万円(世帯年収1,000万円)

日々の生活で精いっぱいで、「買う責任」とか「使う責任」を考えるのって、経済的な余裕のある人の話なんじゃないでしょうか。自分たちは違うと思う。責任なんてことを考えること自体が贅沢なことです。

それって、ひと昔前だったら「金持ち=BMWベンツに乗る」なんでしょうね。もののある豊かさは、心の豊かさに直結していると思うんです。道徳で習ったような「心の豊かさ」って、結局、お金で買うしかないんじゃないですか?

でも、ママ友と一緒に出掛けたら、ちょっと見栄を張って高級食パンとか高級フルーツを買えないわけではないんです。そこそこ、個人消費に貢献できているかもしれない。それができるのは今、私が働けているからです。専業主婦でいたときは、すごくつらかったんです。

「延長料金300円」を払わないための怒濤の生活

私にとって働くことは必要で、それは家計のためだけではないんです。けれど、小学生の娘には我慢させてしまっていますね。

朝はまず息子を保育園へ送って。自転車に息子を乗せて7時30分に家を出るんです。夫は朝5時30分には電車に乗って会社に向かうので、あてにできない。

息子を送って私が戻るまで、娘が家で一人になってしまうから、猛ダッシュで7時45分に戻るようにしています。そして娘は7時50分に家を出て学校へ行くので、私も一緒に出勤します。

仕事の定時は午後5時15分です。でも、時間通りには終わりません。5時40分にビルのエレベーターに乗ることができれば、ダッシュして駅に向かって5時45分に駅に着き、5時50分の電車に飛び乗るんですよ。駅からまた走って保育園に5時57分に着けば、ギリギリセーフ。

タイムカードを切って6時を回らなければ、延長保育の料金300円を取られずに済むんです。1分たりとも遅れるわけにはいかない。1分遅れても延長料金1時間分の300円取られるので、もったいない。タイムカードに「18:01」と打刻されると、かなりショックです。考えてみたら、この延長料金の300円を払えると思えるのが、今の私にとっての最大の贅沢かもしれないですね。

この300円を払わないということを死守するために息を切らして電車に飛び乗り、乗車時間5分の間に家の冷蔵庫のなかを思い出して、何を食べるか考えるんです。あー、しまった、お米をといでおくの忘れた! というとき、仕方ないので「サトウのごはん」をレンジでチンしますが、それも贅沢なことです。

いつも大変。帰り道、ああ、お風呂を沸かす予約スイッチを押すのも忘れた、と思い出すと、帰ってすぐお風呂に入れない、と焦ります。お風呂が沸くのを待ってる間に子どもがテレビ見ちゃってお風呂に入らないよぉ……って。夫が帰ってくるのは夜8時です。それまで私一人で、ご飯を作って食べさせて、お風呂に入れて……怒濤のような時間に耐えなければならないんです。

4歳の息子はトイレで用が済むと「ふいてー!」と私を呼ぶんです。しかも、パパがいる土日でも、お昼ご飯を食べている時でも「ママー! ふいてー!」なんです。夫は自分が呼ばれず、「よし!」とガッツポーズしていて、すごくイラッとくるんです。

同僚の女性の「プチ家出」がうらやましい

こんなに余裕ない生活をしていると、なんで子どもを預けて仕事しているんだろうと、ふと思うことがあります。子どものいる女性がなぜ働きにくいのでしょうね。シングルインカムで生活できない社会だからですよね。

1日12時間近く、子どもは保育園で他人と過ごす。子どもが起きている間に顔を合わせるのは1日3~4時間くらい。その数時間は、ご飯、風呂、次の日の支度で終わってしまう。「早寝早起き朝ごはん」って、分かるけど、そう言われても困りますよ。無理です。

子育て中の同僚の女性がうらやましいんです。彼女は育児や家事に疲れるとプチ家出するそうで。息子くんが小さい頃から、子育てや家事に疲れると、ビジネスホテルに泊まりに行っちゃうんですよ。彼女が家出すると、息子くんは「この世の終わり」という顔をするらしいです。でも、「ちょっと、もうダメ。サヨナラ」と言って彼女は家を出るんですって。ああ、私もお金があったらな……私もそうしたいです。うちの家計を考えたら、無理です。

新幹線に乗りたい。地元でない空が見たい。そう思うんですが、今は、自宅から3~4キロ離れたところに行っただけで「ああー、出かけた」と思ってしまうんです。

思い返せば、娘を産んだ産婦人科病院を退院する前日、どうやら娘は生後4日目にして、私をママだと分かり、私が少しでもいなくなるようなら、それを察知するようになってしまったようです。娘はパパがいても、おばあちゃんがいてもダメ。ママ以外は人にあらずという感じで。乳幼児に慣れている私の母が抱っこしてもダメでした。

少しでも私から離れると、ずっとギャンギャンと泣き続け、私が抱っこした瞬間に泣き止むんです。なんで私ばかり大変になるの? そう思うと、うんざりしてしまうんです。

この時、私は気づいていなかったけど「産後鬱」だったんです。私は、少年団とかボーイスカウトガールスカウトも好きで、ボランティア活動も大好き。子どもと接することが好きだったはずなのにと思うと、自分の子のことで鬱になるなんてショックでした。

妊娠すると仕事が続けられない…「就職氷河期」「非正規」の弊害

そもそも、社会人としてのスタートが就職氷河期だったことが、私のその後の人生に大きな影響があったのではないかと思うんです。

小さい頃からアウトドア派で、仲間うちでは、姉御肌と言われていたのに、産後鬱になったのは、仕事を諦めたからじゃないかって。私は、いろんな矛盾を感じ続けているんです。

大学を卒業してから、子どもに関する仕事や社会問題を扱う仕事がしたくて自治体の非正規の職員になりました。月収は手取り17万円だったので、それでは自立できないから、実家に住み続けました。

サービス残業が多くて、土日もない状態で。非正規で働いていた20代の頃、同じように非正規で働いていた女性の先輩が妊娠すると、私の職場では非正規の職員に育児休業がないことを知って愕然としました。

先輩は早産しかかって絶対安静が必要になって、そのまま辞めていったんです。長く付き合っていた彼がいた私は、「ああ、私が結婚して妊娠しても、仕事は続けられないんだな」と確信しました。その確信が絶望に変わったとき、彼の転勤、私たちの結婚が決まって、27歳で“寿退社”したのです。

小林 美希

ジャーナリスト

(※写真はイメージです/PIXTA)