日本人の給与が上がらないことが問題視されています。しかし、一級建築士である飯村真樹氏は、収入だけでなく「支出」に着目し、「長持ちする家」を建てることで住居費を抑え、可処分所得を増やすことにつながると指摘します。飯村氏が著書『100年使える住宅で暮らす 後悔しないための資産を守る家作りの方法』(WAVE出版)より、日本と同じく経済が停滞するイタリアとの比較等にも触れながら解説します。

日本人が「貧しい」理由

日本人が貧しいのは、皆さんの賃金が増えないからでしょうか? 1989年に株価が最高額をつけて以来、そして、土地のバブルが本格的にはじけて以来、日本人の所得は、ほとんど増えていません([図表1]参照)。

安倍政権で持ち直したかに見えた所得もコロナ禍の影響もあって、残念なことに2020年はマイナス成長になってしまいました。今後2023年、2024年と所得がどんどん増えてくれれば良いと思っていますが、世界的なインフレと資源高によってコロナ禍・ウクライナ戦争などが原因の不況が見込まれています。このあたり心配なところがあります。

「収入」の面については上記の通りですが、「支出」の面を考えると、実は住宅というのは家計の大きなウエイトを占めます。賃貸に住むとしても、ご自分で住宅を取得していくとしても、住宅費用という側面では同じことです。たとえば、3LDKのマンションを購入する場合も、住宅ローンで35年のローンを組みます。その場合は月々の支払いと、マンションの場合は管理費と修繕積立金と固定資産税がかかります。

住宅購入の場合は、住宅ローンと固定資産税だけでいいのですが、住宅は定期的にメンテナンスが必要なので、マンションよりは安いものの、メンテナンス費用の準備が必要です。

賃貸住宅の場合はマンションでも戸建てでも同じですが、家賃と駐車場代がかかります。

よく「賃貸が良いか、持ち家が良いか」という議論がなされます。住宅建築を生業にしている筆者の意見としては、賃貸と持ち家にはそれぞれメリット・デメリットがありますが、長期的に見ると自分の住宅を持つほうがトータルのコストは安くなると思います。そして、今後人生100年時代という高齢化社会を予想すると、賃貸物件に入居させてもらえないことも考えられます。

さらにおすすめする理由は、自宅の場合は、住宅ローンさえ払い終えてしまえば家賃が かからないからです。

そして、最近の日本の場合は、自分で家を建てるとその住宅に死ぬ直前まで住みつづけるケースが多いようです。住宅ローンが支払い終わったあとのことを考えると、もちろん固定資産税やメンテナンスのための費用はかかるものの、トータルの住居費用を抑えることができるため可処分所得も増えて、暮らしが豊かになると思うのです。

人生全体、あるいはお子さんやお孫さんの時代も含めた家計の住居費をどうにかして安くすることで皆さんのファミリーが豊かになる可能性が高くなります。

そのためには、長持ちする住宅を建てることが大切です。

イタリアと日本の違い

実は日本とよく似ている国がヨーロッパにあります。イタリアです。イタリアの何が日本と似ているかというと、イタリアの経済状況が日本に似ているのです。[図表2]グラフを見てもらうと、成長の形が似ているのがおわかりになると思います。

イタリアは日本と同じように、この20年あまりまったく経済成長していません。そのため国民の収入もほとんど上がらなくなってしまいました。ところが、可処分所得を比べると日本よりも多いのです。つまり、それだけ豊かに暮らしていることになります。

イタリアは観光立国であるとともに工業国でもあります。失業率は日本よりもかなり高いですが、国民全体としては豊かに暮らしています。これには、住宅の寿命に関係があるのではないでしょうか?

イタリア単独での住宅の寿命の統計は見あたりませんが、欧州全体では平均して200年程度です。

つまり、イタリアでは住宅を建築して200年はメンテナンスしながら住みつづけているのです。一方、日本は、所得が上がらないのに、住宅ローンを一世代で支払うライフスタイルを続けています。団塊世代のように、景気が良くて子どもが多いときは、子育て世帯が新しい家を建てればよいとは思うのですが、今の日本ではほとんどが一人っ子です。

一人っ子が多いということは、一人っ子同士が結婚するとご夫婦どちらかの実家が1つ余ることになります。もちろん、さまざまなパターンがありますから一概に決めつけられませんが、引き継いだ実家が、ご夫婦が子育てを終えるまで、小規模なリフォームで住みつづけることができれば、それだけ自由に使えるお金が増えます。

その結果として、住宅費用が安くなって、しっかり蓄財できるのではないでしょうか。 このスタイルなら政府が提唱する副業などしなくてもいいのです。実家の1つが空き家になれば貸すことができるかもしれません。さらに家賃収入が入ってくればどんなに豊かなライフスタイルを実現できるか考えてみて下さい。

ヨーロッパやアメリカでは、住宅のリセールバリュー(再販価値)もしっかりあるので、これが民間に富をもたらします。建物の寿命が長いということは、最終的にその家族が長い間豊かに暮らしていけることを意味するのです。その点、日本の住宅の寿命は30年程度です。30年程度で建て替える国と、200年もたせる国ではどちらが住居費用が安くなるかはわかるでしょう。

日米の「国富」比較

リセールバリューという話をしました。最近では、海外の不動産を購入して、節税をしようとか、実際に収益物件として、海外の住宅を購入するということが、富裕層ではブームになっています。そして、その売り文句に必ずあるのは、日本の中古住宅との価格差です。

日本の場合は税制上の決まりとして、建物が無価値になるまでの期間が大まかに言うと木造住宅は20年、鉄骨住宅は30年程度、鉄筋コンクリート住宅は50年程度となっています。これはあくまで固定資産税の算出のための計算式なのですが、この計算式が実勢価格にも影響を与えています。つまり、日本の中古住宅の販売価格はとても安くなっています。税制上の価値を販売価格にも反映させてしまっているのです。

これに対してアメリカやヨーロッパでは、中古住宅の市場があります。たとえば、ドイツは人口8,000万人と日本の3分の2程度なのですが、年間の新築の棟数は20万戸前後と日本の4分の1程度です。人口比では日本の4割以下になります。そして不動産情報では、築20年前後の物件は新しい物件という扱いになっていて、築50年、80年、100年の物件も多数あります。それぞれ建物の価値としては認定されています。

アメリカはさすがに独立から間もないので築100年の物件は少ないのですが、築10年の物件と、築30年の物件ではそれほど価値は変わりません。築50年くらいの物件までは普通に売られています。その結果どうなるかというと、30年間で住宅が富として蓄積される国と、30年経つと建物の価値がゼロになってしまう国とでは、国富といわれる国民全体の資産の合計が大きく異なることになってしまいます。

これでは、われわれがいくらお金を稼いでも、建物に消費されてしまって、自分たちの資産にはなりません。ましてや子々孫々に残る資産としての価値は存在しないことになってしまいます。アメリカやヨーロッパではいったん自宅を建てると、それは万が一のときに売却できるうえに、きちんと子の家族、孫の家族を守る代々の住まいになるわけです。 この差は、[図表4]のグラフのようにとても大きな差になって現れます。

飯村 真樹

株式会社ファーストステージ代表取締役

一級建築士

※写真はイメージです/