スウェーデンはOK、ウクライナはダメ

 北大西洋条約機構(NATO)は、スウェーデンのNATO加盟を正式に認めたが、ウクライナの加盟については、「加盟国が同意し、条件が整った時に承認する」(When the Allied agree and conditions are met)と先送りした。

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Russia-Ukraine war live updates: NATO summit begins; Zelensky slams uncertainty over accession - The Washington Post

Russia-Ukraine War: NATO Says It Will Invite Ukraine to Join When ‘Conditions Are Met’ - The New York Times

 NATO加盟国の中には米国が殺傷性の強いクラスター弾ウクライナに供与することにすら反対する国があった。

 ウクライナの加盟についてNATO 加盟国全員が同意すること(必須条件だ)など、ありえないし、整えねばならない条件とは何かの言及はない(戦争が終結して平時を意味するのだろう)。

 ロサンゼルスタイムズ7月11日の社説でこう書いた。

ウクライナは、スウェーデンの加盟が許されているのを見て、なぜ我々は加盟できないのか嘆いている」

「なぜ我々はNATO軍の支援・援護もなく自らを守らねばならないのかと問いかけているに違いない」

ウクライナがそう考えるのは理解できる」

「(ウクライナはNATOには加盟できなくとも)ウクライナ戦争が終結した際、NATO加盟国が加盟国に準ずる安全保障をウクライナに提供することは道理にかなったことかもしれない」

 奥歯にものの挟まった言い方だが、ウクライナのNATO加盟は将来的にもない、と断定している。

 なぜか。

 行間にはこんなホンネが見え隠れしている。

「今ロシアと戦っているウクライナをNATOに加盟させれば、米国は防衛義務を果たさねばならない」

「米国はロシアと一戦交えるのは避けたい」

「米国の若者を遠くの土地で戦わせるのは避けたい」

Editorial: It's not the right time to admit Ukraine to NATO - Los Angeles Times

「NATOウクライナ理事会」ってなんだ

 NATO首脳会議の後、イェンス・ストルテンベルグ事務総長(任期は2024年9月30日)はウクライナウォロディミル・ゼレンスキー大統領に首脳会議の成果についてこう述べている。

一、ウクライナがNATO加盟国との軍事的な相互運用を進めるための複数年の支援を継続する。

二、NATO加盟に向けた課題などを両者が対等な立場で話し合う「NATOウクライナ理事会」を立ち上げる。

三、加盟手続きを従来の2段階プロセスから1段階プロセスに簡略化する。

 疑問はいくつか残る。

一、立ち上げた「NATOウクライナ理事会」は、ウクライナ戦争にどのような変化をもたらすのか。ウクライナのNATO加盟をスピードアップさせるものなのか。

二、加盟に向けたプロセスが簡素化されるとして、(ウクライナ戦争終了後)ウクライナのNATO加盟にはどのくらいの年月がかかるのか、6か月か、30年か。

三、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領はこの程度のNATOによる誓約で満足しているのか。目先の武器・弾薬を確保できただけでほっとしているだけか。

Is Ukraine inching closer to NATO? - GZERO Media

台湾にとっても「対岸の火事」ではなくなる

 これはウクライナだけの話ではない。

 万一、中国が台湾に武力侵攻してきた有事に米国は軍隊を出動させるのか、大いに疑問が湧いてくる。

 台湾メディアのワシントン駐在ジャーナリストH氏はこう見る。

「台湾はNATOのような集団的自衛権が確保される軍事同盟機構には加盟してはいない。米国の同盟国でもない」

「米国内法の台湾関係法*1によって、米国は中国の武力による台湾併合を阻止するという公約があるに過ぎない」

「米国の世論調査では、中国が台湾侵攻した場合、米軍を派遣して台湾を助けると答えた人は46%いるが、これはあくまでも現時点での世論に過ぎない」

2021 Taiwan Brief.pdf

「だが、実際にはウクライナに米軍を出動させるのは嫌だ、だからその義務が生じるNATO には加盟させたくない、と言い出している。これは偽らざるホンネだ」

「台湾についても同じようになる公算大だ。遠く離れた地で米国の若者たちが戦うことには反対するのは当たり前だ」

ウクライナがもっと早めにNATO加盟に積極的に動いていれば、2022年のロシア侵攻はなかっただろう」

「台湾も有事以前に米国と正式な同盟関係を結ぶべきなのだろうが、『一つの中国』という原則からそれはできない」

*1=台湾関係法Taiwan Relations Act=TRA)は、カーター政権による台湾との米華相互防衛条約終了に伴って1979年に制定された。台湾を防衛するための軍事行動の選択肢を合衆国大統領に認める。米軍の介入は義務ではなくオプションであるため、同法は米国による台湾の防衛を保障するものではない。台湾関係法に基づく台湾有事への軍事介入を確約しない米国の伝統的な外交安全保障戦略は、「戦略的あいまいさ」(Strategic Ambiguity)と呼ばれる。

 今回のウクライナのNATO加盟をめぐる米国の対応は、台湾にとっては「対岸の火事」ではなくなってきた。

加盟には時間がかかる、とバイデン

 ジョー・バイデン大統領は首脳会議前の7月7日CNNテレビのインタビューで、こう述べている。

「(NATOへの加盟について)戦争の最中であり、現時点ではすべてのNATO加盟国の同意があるとは思えない」

 首脳会議に出席する前から「加盟には時間がかかる」と予防線を張っていた。

 ワシントンは総じて同じ考えのようだった。

 そうした中、共和党重鎮のリンゼイ・グラハム上院議員(サウスカロライナ州選出)が「民主党共和党同僚議員とウクライナのNATO 加盟を促進する決議案の作成を急いでいる」と発言した。

 グラハム氏は、ワシントン政界で最も良識あるタカ派として知られている。司法委員会の共和党筆頭メンバー。主要委員会の歳出、予算各委員会のメンバーでもある。

 上下両院議員歴28年の大物議員だ。空軍法務担当将校としてドイツに駐留したこともある。

 ウクライナには戦争勃発後、3回も訪れ、ゼレンスキー大統領以下政府・軍幹部と何度も協議してきた。米議会超党派「ウクライナ議員連盟」の有力メンバーでもある。

 提案を予定している決議案についてグラハム氏はこう述べている。

「将来の戦争を防ぐ最善の方法は侵略者が戦争を仕掛けるのを思いとどまらせるだけの安全保障体制を築いておくことだ」

ウクライナをNATOに加盟させることは欧州そして世界の将来に向けた安全保障にとって死活的な重要性を帯びている」

Lindsey Graham backs Ukraine inclusion into NATO amidst divisive cluster munition controversy | KEYE

 グラハム決議案には、民主党のリチャード・ブルメンソール上院議員(コネチカット州選出)も賛同している。

 同氏は、グラハム氏のウクライナ訪問にも同行しているほか、ロシアが戦略核兵器ベラルーシに移送すると発表した際にも、対ロシア警告決議案を共同提出している。

ロシアとの戦争はまっぴら、とトランプ一派

 グラハム氏の決議案提出発言に真っ先に反対したのはドナルド・トランプジュニアだ(当然ドナルド・トランプ大統領の意を汲んでの発言だろう)。

「文字通り受け取ると、あなたのご提案はウクライナをNATO に加盟させれば、我々はウクライナに派兵して、代理戦争ではなく直接ロシアと戦えるということですね。そして我々の子供たちが彼の地で死んでいく」

Trump Jr. Joins GOPers in Slamming Neocon Hawk's 'Ukraine in NATO' Gamble

 そして、トランプ派のラウドスピーカー的存在のマジョリー・テイラー・グリーン下院議員(ジョージア州選出)はこう発言した。

「(ウクライナのNATO加盟は)第3次大戦の崖っぷちに我々を追い込むことになる」

 また、共和党のトランプ派の若手急進派女性議員のローレン・ボーベルト下院議員(コロラド州選出)はこう述べた。

「グラハム氏はご承知だと思うが、ウクライナがNATO加盟国になれば、米軍兵士はウクライナで戦うことになる」

「米国民は我が兵士たちがウクライナ軍兵士と一緒になって戦うことを望んではいない。他人の国の戦争に参戦して戦死するようなことは望んでいない」

 保守派だけではない。リバタリアンランド・ポール上院議員(共和党ケンタッキー州選出)は、グラハム氏の主張に真っ向から反対した。

「この考え方は完全に間違っている。ロシアとの戦争には反対だ。そんなことは誰も望んではいない」

MAGA Reacts to Lindsey Graham's Ukraine NATO Pledge: 'Brink of WWIII'

 どうやらグラハム氏は四面楚歌のようである。

 ウクライナに対する米国のスタンスは微妙に変わりつつある。果たして台湾に対するスタンスも変化してきたのか、どうか。

 前出のH氏の危惧の念はそう安易に一蹴はできない。ウクライナをめぐる動きを台湾メディアは詳細に報じている。

Ukraine updates: Germany plans new military aid package | Taiwan News

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ウクライナのNATO加盟について記者会見するストルテンベルグ事務総長(7月12日、NATOのサイトより)