「住みたい街ランキング」の常連といえる、東急東横線沿線。タワーマンションが立ち並ぶ「武蔵小杉」は、右肩上がりで人気が上昇してきました。しかし、2022年のランキングをみると第14位と、2018年の第6位から大きくランクを下げています。いったいなぜなのか、東急株式会社常務執行役員の東浦亮典氏が、武蔵小杉駅周辺の変遷と行く末を解説します。※本連載は、東浦亮典氏の著書『東急百年 私鉄ビジネスモデルのゲームチェンジ』(ワニブックス)より一部を抜粋・再編集したものです。

10年で7本竣工…“タワマン乱立”で人口急増の武蔵小杉

東横線多摩川を渡って神奈川県に入りましょう。以前から注目の街だった「武蔵小杉駅」については前著『私鉄3.0』でも触れましたが、引き続きタワーマンションが建設され、生産年齢人口や子供が増えて、駅前商業施設も活況を呈しているところなどに、大きな傾向の変化はありません。

JR東日本東急電鉄武蔵小杉駅の乗降人員推移をみてみると、2011年からコロナ前の2018年までの7年間で、約39万人から約49万人と約10万人も増えました。

朝の通勤時間帯には、駅の入場規制を行うなど、大混雑が報道などでも話題になるほどでしたが、コロナの影響で、2021年には約22万人と半分以下に減りました。コロナが落ち着く中で、また少しずつ混雑が戻ってくるでしょう。

この10年間だけでも武蔵小杉駅周辺でタワーマンションが7本も竣工、販売されたわけですから、いかに勢いのある街であるかが分かります。このような短期間で人口が急増する街というのは、全国でも珍しいケースです。

地元住民からは「もうこれ以上タワーマンションはいらない」という意見も聞かれますが、現在も新しいタワーマンション建設は続いています。

“建てておしまい”はもったいない…川崎市タッグを組んで魅力を高めた「駅前広場」

以前と比べると、「建てておしまい」ではなく、各施設とも魅力的な店舗を誘致すると同時に、豊かな広場空間を公開し、コミュニティ形成にも気を配るようになっています。

分かりやすい変化のひとつは、「こすぎコアパーク」という駅前広場活用の事例です。

この広場空間は2013年に「武蔵小杉駅南口地区西街区第一種市街地再開発事業」を施行したことによって生み出されたのですが、不必要なフェンスに囲われていて、歩行者動線が悪いうえ、広場の設えもあまり工夫がなく殺風景なものでした。たまに地域イベントを開催する時だけ賑やかになるものの、平時は駅に向かう人が通り過ぎるばかりで、非常にもったいない状態にありました。

それを解決するため、川崎市と東急で「公園施設整備等に関する協定書」を締結し、公共性を担保したうえで、「日常的な賑わいと憩いの創出」「一体的な空間利用による回遊性」「利便性の向上」を目指して2021年10月にリニューアルオープンしました。

永らく流動を阻害していたフェンス等を撤去整理して、ベンチや緑量も増やすとともに、飲食店・食物販の店舗も入り、駅前広場に賑わいと潤いが生まれ、見違えるように素晴らしくなりました。私たちの取り組みによって駅の魅力がアップした好事例です。

「等々力緑地」も再整備で“くつろげる街”に

Jリーグの強豪チーム「川崎フロンターレ」の本拠地として使用されている「等々力陸上競技場」がある川崎市のスポーツ公園「等々力緑地」が大幅にレベルアップされることも注目です。

武蔵小杉駅周辺はタワーマンションが林立して、住居と商業施設は充実しましたが、それだけでは日々の暮らしの潤いが足りないかもしれません。元々工場地帯だった場所に、これだけ多くの新住民が定住するようになったわけですから、近場で寛げて、楽しめる広々とした空間が求められます。

もちろん自然環境として多摩川の河川敷も近いので、比較的恵まれた環境だといえますが、アフターコロナ時代には、居住エリアで過ごす時間が長くなるので、等々力緑地がより使い易く、魅力に溢れる施設に生まれ変わったら、武蔵小杉周辺の価値はさらに上がることでしょう。

砂利採取場→釣り堀→グラウンド…「等々力緑地」の変遷

ところで、等々力緑地はもともと東急電鉄の前身、東京横浜電鉄が関東大震災によって被害を受けた東京の都市再生のための砂利需要の増加を受けて、砂利採取をしていた「新丸子採取場」でした。砂利採取をした後の穴に水が溜まり、そこが「東横池」と呼ばれていたようです。

戦後は砂利採取も禁止されたので、池は釣り堀として営業し、「東横水郷」と改称しました。さらに1953年には池の一部を埋め立てて、「新丸子東急グラウンド」という東急電鉄の福利厚生施設となりました。私も入社した頃は、このグラウンドで会社の運動会なども開催されましたので、よく体を動かしに行ったものでした。

しかし、バブル崩壊後のグループ経営危機の際、すでに隣地で都市計画公園として等々力緑地を整備していた川崎市1994年に売却することになり、その後現在の形になったという経緯があります。東急とはとても縁が深い場所なのです。

老朽化・浸水被害からの再生で「住みたい街ムサコ」復活へ

それ以来、川崎市民がスポーツと文化を親しむ場所として永らく利用されてきましたが、多少駅から離れていることもあり、フロンターレの試合などイベントがある日以外は閑散としています。

施設の老朽化なども問題になっていましたが、特に影響があったのは、2019年の台風19号の甚大な浸水被害でした。等々力緑地内にある「川崎市民ミュージアム」が浸水し、収蔵品や設備系統にまで被害が及ぶなど、大変な被害を受けたことでした。

そういった経緯もあり、川崎市では民間資金等を活用した公共施設等の整備を実施するはこびとなり、2022年11月に東急を代表とする企業コンソーシアム「Todoroki Park and Link」が落札することに決定しました。

事業期間は2023年春からの約30年間。時間をかけて運動施設の新設、インクルーシブパークを含む広場空間などの整備、レインガーデン機能を有した親水空間づくり、飲食、物販施設などを順次整備します。

これが実現すれば、従来の施設が更新されるだけでなく、民間企業が提案する、時代に合った魅力ある施設が設置でき、多くの市民に親しまれる等々力緑地に全面リニューアルされることでしょう。

武蔵小杉エリアは、住宅情報誌「SUUMO」の「住みたい街ランキング」でもずっと右肩上がりで人気が上昇してきた街で、コロナ前の2018年には第6位にランキングされていました。

しかし、2019年10月にやってきた台風19号の大雨の影響により、内水氾濫が発生し、一部のタワーマンションが浸水によって電気設備が故障して、長時間停電になるなどの大きな被害を受けました。そうした防災面の脆弱性が露呈した影響もあったせいか、2022年の「住みたい街ランキング」ではベスト10圏外の第14位に大きくランクを下げています。

台風19号の被害をきっかけに自治体も住民も平時からの防災意識は格段に上がったと思います。これに加えて等々力緑地の再整備が完成すれば、武蔵小杉駅圏は再び人気スポットとなり、評価を上げていくことでしょう。

東浦 亮典

東急株式会社

常務執行役員

(※写真はイメージです/PIXTA)