サラリーマン生活の最後にもらえる退職金。誰もが大喜び!と思いきや、最近はそうもいかない人が多いようです。さらには、昨今話題の岸田首相による退職金課税宣言で追い打ちとなる可能性も……。本記事では、Aさんの事例とともに話題の退職金課税について、FP1級の川淵ゆかり氏がわかりやすく解説します。
退職金の相場はどのくらい?
厚生労働省『平成30年就労条件調査』によると、定年退職者の退職給付額は、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で平均1,983万円といわれています。そうはいっても、退職金の相場は、「大企業か中小企業か」により、大きく違ってきます。
・大企業では約2,564万円
(厚生労働省「令和3年賃金事情等総合調査」大学卒事務・技術(総合職)モデル退職金より)
・中小企業では約1,092万円
(東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)」大学卒モデル退職金より)
なお、企業規模のほかに業種によっても金額は違ってきます。中小企業の業種別退職金の額は次のとおりとなっています。
・金融業・保険業 1,442万円
・運輸業・郵便業 1,332万円
・教育・学習支援業(学校教育を除く) 1,245万円
・建設業 1,220万円
・情報通信業 1,193万円
・卸売業・小売業 1,133万円
・製造業 1,069万円
・不動産業・物品賃貸業 1,013万円
・学術研究、専門・技術サービス業 965万円
・サービス業(他に分類されないもの) 904万円
・生活関連サービス業・娯楽業 847万円
・医療・福祉 342万円
退職金が減っている!?
最近の光熱費や食料品の値上げのことを考えると、老後の生活のためには重要な退職金の額に不安を感じる人は多いのではないでしょうか。そして、そんな退職金が減り続けている事実がある、というのもご存じでしょうか?
金融審議会市場ワーキング・グループの報告書によると、「定年退職者の退職給付額を見ると、平均で 1,700 万円~2,000 万円程度となっており、ピーク時から約3~4割程度減少している」と発表しています。長引く超低金利の影響で退職金の原資が増やせない企業や、経営不振等により、退職金制度の見直しをする企業が増えていることが要因と考えられます。
退職金がいくらもらえるか、わからないまま働く日本人
同じく金融審議会市場ワーキング・グループの報告書によると、退職金給付制度がある企業の全体の割合は徐々に低下をしており、2018年で約80%となっています。しかも、この割合は小規模の企業ほど小さくなる、としています。つまり、すべての企業が退職金給付制度を導入しているわけではありません。「退職金を支払わないから違法だ」というわけでもありませんし、ベンチャー企業や転職・独立の多い企業では退職金制度のない会社は多いものです。
さらに、退職金の給付額を把握した時期について、約3割が「退職金を受け取るまで知らなかった」、約2割が「定年退職半年以内」と回答しており、老後資金設計の面から考えても「退職金がどのくらいもらえるか知らなかった」ということは、将来のための準備不足のひとつの要因と考えられます。
後悔しないためにも、勤め先の退職金制度については、一度確認しておくようにしましょう。
退職金に大きな差がついた同期の部長職の2人
今年定年を迎えた60歳のAさんとBさんは大学の同期で、卒業後はそれぞれ別の機械製造会社に勤めました。40歳を過ぎたころ、Aさんの会社はバブルが弾けた影響により倒産、この先どうしようかと迷っていたときにAさんの技術力を評価していたBさんが自分の会社に誘ってくれて、一緒に働くことになりました。この会社はロボットアームの製造に早くから着手するなど優秀な企業でしたが、途中入社のAさんも大きな力を発揮して、現在もいい業績を上げ続けています。
その後は2人とも月収70万円となり、部長職まで勤め、定年となったわけですが、その退職金額には大きな差が出てしまいました。Bさんは勤続38年で約2,500万円の退職金を手にしました。Aさんは勤続19年でしたが、Bさんとは同じような給料で部長職にも同じ時期に昇進しましたので、「Bさんの半分くらいは出るだろう」と考えていました。
ところが、実際にAさんに支払われた退職金は約900万円。会社に大きく貢献をしたつもりのAさんは、この大きな差にショックを受けます。
「たったこれだけ? やはり、途中転職者は損なのか……」
退職金の計算方法はさまざまありますが、勤続年数の長さは大きく影響し、長ければ長いほどカーブ状に増える仕組みになっています。Aさんのように途中入社の方は、やはり退職金規程を確認しておく必要があります。
また、こうした転職により退職金の額に大きな差が出るのを防ぐため、転職先の会社が企業型確定拠出年金(企業型DC)を導入している場合は、転職前の会社の企業型確定拠出年金等の資金を持ち運ぶこと(ポータビリティ)ができ、引き続き運用することができます。もし、転職先が企業型確定拠出年金を導入していない場合には、個人型確定拠出年金(iDeCo)に移すことができます。
企業型確定拠出年金や個人型確定拠出年金(iDeCo)は、資産運用で得た利益が非課税となる等、通常の運用よりも有利です。原則60歳まで引き出せない、ということも確実に老後資金を作ることが可能となります。退職金は老後の生活のために大事な資金ですから、転職のたびに退職金を受け取るよりは定年になった際にまとめて受け取れるシステムはいいシステムですよね。
ですが、そんな大事な退職金にも税金がかかります。退職金の課税の仕組みを確認しておきましょう。
退職金の手取りがさらに減少…岸田首相の増税宣言「退職金&給料の優遇減らします」
退職金の税金の計算方法
国税庁は退職金を「長年の勤労に対する報償的給与としてひとときに支払われるものである」と定義しており、このような退職金の性格からほかの所得に比べて税負担が軽くなるように配慮されています。退職所得控除額の計算方法は、勤続年数によって異なり、退職金の税金は次のとおり計算されます。
・勤続年数20年以下の場合……40万円×勤続年数(80万円に満たない場合には、80万円)
・勤続年数が20年を超える場合……800万円+70万円×(勤続年数-20年)
さらに課税対象となる退職所得金額は、退職金の額から退職所得控除額を引いて、さらに2分の1をかけて求めます。
たとえば、勤続年数40年・退職金2,500万円の場合、
・退職所得控除額は、 800万円+70万円×(40年-20年)= 2,200万円
・課税退職所得金額は、(2,500万円-2,200万円)×1/2 = 150万円
この場合の税率は5%となりますので、退職金にかかる所得税は150万円×5%=7万5,000円となり、復興特別所得税も含むと7万6,575円となります。このように、退職金はほかの所得よりも大幅に税負担が軽減されていることがわかります。
退職金の課税ルール見直しへ
退職金の課税ルールが見直しの検討に入っているという話題があるのはご存じでしょうか?
まず、2021年の税制改正で短期退職手当等が新設されました。短期退職手当等が新設されたことで、勤続年数が5年以下で退職所得控除差引後の金額(収入金額-退職所得控除額)が300万円を超える部分に関しては、1/2課税適用がされなくなったのです。ただし、5年以下の勤務で300万円も退職金が出るケースはほとんどありませんから、この改正については大きな話題にはなりませんでした。
最近話題になっているのは、2022年10月に行われた政府税調で、「勤続年数が20年を超えると控除額が増えることが、転職をためらう要因になっているのではないか」といった考えから退職金への増税が検討されていることです。これは、退職金が雇用の流動化の阻害要因となっているとして、雇用の流動化を加速させるためにも退職金に対する税制上の優遇措置の見直しが必要、という案が出てきました。
この制度変更の検討は、今後の退職金制度そのものを揺るがすことにつながっていきそうです。退職金の制度自体が、長期間勤務し続けた人に対して、多くの報酬を支払う仕組みにしている企業が多いため、日本企業の退職金制度や働き方に大きな影響を与える可能性があります。なお、企業年金やiDeCo等は、まとまった一時金を受け取るときに退職金と同じ計算で課税となります。そのため、企業年金やiDeCoも退職金と同じように一時金で受け取る場合は増税対象となります。
さらに退職金への増税は、住民税へも影響してきます。
上記のように、市町村民税(特別区民税)・道府県民税(都民税)を合わせて10%の税金が徴収されますが、課税対象となる退職所得の金額に見直しが入りますと、所得税と併せて住民税も増税となる仕組みになっています。
今後も「知らないうちに増税になっていた!」ということが増えていくと思います。税制の改正についてもアンテナを張り巡らせておく必要がある時代になりましたね。
川淵 ゆかり
川淵ゆかり事務所
代表
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