“若手映像クリエイターの登竜門”として知られている「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、今年で節目となる20回目の開催を迎える。本映画祭がいち早く注目し、輝かしい活躍を続ける監督が輩出してきたなか、『雪の轍』(14)でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したトルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督をはじめ、「孤狼の血」シリーズの白石和彌監督、『浅田家!』(20)を手掛けた中野量太監督らも名を連ねる。今年は去年に引き続き、スクリーン上映(7月15日7月23日)とオンライン配信(7月22日7月26日)というハイブリッドの形で開催される。

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映画祭の中核である、国際コンペティション部門には、102の国と地域より過去最多となる合計1,246本の作品が応募。そのなかから、個性豊かな10作品が選出された。ここでは、ハンガリーの女性監督が手掛けた『シックス・ウィークス』をはじめ、“母親の視点”から映し出された4作品に注目。母が抱える悩みや、母と子の多様な関係性などを通して、愛、そして生き方について改めて考えさせられることも多いだろう。

■人生の選択を迫られた少女の激しい心の揺らぎを味わる『シックス・ウィークス』

“産む”ことと“母になる”こと、“母性や愛”とは。産んでも育てられない人と、欲しくても子宝に恵まれない人、双方に里親制度は救世主たりえるのか。パッと脳裏によぎるだけでも、『朝が来る』(20)や『ベイビー・ブローカー』(22)、ここ数年内に公開された『1640日の家族』(21)、『ブルー・バイユー』(21)『いつかの君にもわかること』(公開中)、またはこれから公開される『ソウルに帰る』(8月11日公開)など、里親や養子縁組が重要なモチーフとなった、あるいは真正面からテーマに据えた秀作、傑作の数々を誰もが容易に思い浮かべることができるだろう。

それらと並べても、このハンガリー映画『シックス・ウィークス』は遜色のない、真摯で胸を打つ社会派ドラマである。もっとさかのぼれば、女子高生が養子縁組に奔走する姿を描いたハートフルコメディ『JUNO ジュノ』(07)という画期的な傑作もいまだ色褪せないが、本作はその『JUNO ジュノ』とまさに対を成すような、作品の温度感や明るさの度数やテイストが対照的な作品だ。

舞台は、現在のハンガリー。2014年の法改正により、養子縁組成立後でも出産日より6週間以内なら、実母の変心によって子どもを取り戻すことが可能だという。主人公の女子高生ゾフィは、EU選手権への出場を目指す有望な卓球選手。ところが中絶ができない時期に入ってから望まぬ妊娠が発覚し、養子に出すことを決意する。だが夫に出て行かれて情緒不安定になっているゾフィの母親は大反対。力になるからと養子縁組を思いとどまらせようとするが、母親の稼ぎはわずかで元々ネグレクト状態、幼い妹との生活のためにゾフィがアルバイトで家計を助けているのだ。ゾフィと関係を持った青年は逃げを決め込む、ちゃらんぽらん。そんな男への未練を断ち、未来のためにスポーツで実績を残すことが人生逆転の唯一の方法だと考えるゾフィは、裕福で子どもに恵まれなかった夫婦と、迷いを振り切るように養子契約を交わす。出産後も顔を見ることなく赤ん坊を彼らに渡したゾフィは、医者が止めるのもきかずに卓球の練習に参加しようとする。

カメラは終始ゾフィを、その言動や姿を追い掛ける。口数が多くなく、ゾフィが口を開く時は、胸に溜め込んだ感情を吐き出す体(てい)になる。母親にも、コーチにも、ダブルスを組む親友にも。鋭い言葉は彼らを突き刺し、波風を立てる。その刺々しさに若干辟易もするが、我々観客はゾフィの焦りが痛いほどわかる。のみならず、いかにゾフィが卓球に人生を賭け、妹の面倒を見て、依存症の母親の酒を捨て、インコを大切に世話しているかも目撃し続ける。だからハラハラし、胸が痛い。いわゆる親ガチャに外れても、自力で人生を切り拓こうと奮闘するゾフィに心を寄せずにいられない。しかし焦りから無理をして体調は悪化、すべてが負の連鎖に入っていく。卓球を最優先してきた目論見がズレ、押さえつけてきた赤ん坊への複雑な感情が爆発寸前になることを、誰が責められようか。だが同時に我々観客は、赤ん坊を歓喜で迎える夫婦、とりわけ感動で涙ぐむ養母の幸せも奪われてほしくないと祈ってしまう。果たしてどう決着がつくのか。

「6週間」という猶予は、我が子を手放した実母にとっては落ち着いて自己や自分の人生を見つめ直す貴重な時間ではあるが、養子を迎える側にとっては幸せと不安がせめぎ合う心休まらない時間でもあろう。一度は抱き締めながら、それが奪われるのはあまりに残酷にも感じる。カメラは、息遣いを拾うほどにゾフィに肉薄しながらも、真正面からというよりは横顔や斜め後ろからじっと見つめ続け、それにより観客に主観(ゾフィと同じ体験をさせる)と客観を同時に与える。その距離感が実に絶妙だ。同時にハンガリーという国の状況や時代性、若者たちの運命を左右する世界共通の貧困や格差という問題、さらに肉体的負担のみならず精神的負担や社会的偏見が女性だけに負わせられる、相も変らぬ普遍的な問題もサラリと描き込む。そんななかでも、人生の選択を自分で決するゾフィの強さが、非常にポジティブな後味として胸に残る。きっと誰もが「よく頑張った」と共感と賞賛をこめてゾフィを抱きしめたくなるはずだ。これからのよき人生を祈りながら…。無駄なく、緊迫感を途絶えさせず、96分の中でゾフィの心の襞に分け入らせていく、初長編劇映画を撮り上げたノエミ・ヴェロニカ・サコニーの才能を祝福したくなる。

さらに今年のコンペ部門には、親権を巡る闘いや、命の誕生に立ち会う助産師を追う作品など、母という生き物や親子関係など、母親の視点から語る作品がほかにも並ぶ。

■争乱の中、息子の親権を求め闘う母『バーヌ』

社会的権力をかさにした夫に息子を連れ去られた母バーヌの闘いを描く『バーヌ』は、まずアゼルバイジャン(イタリアフランスイランとの合作)映画ということが目を引く。多くの若者の命が紛争で失われている現状が背景というのも、もちろん効いているだろう。憎しみを駆り立てる戦争や、強者が弱者をねじ伏せる家父長制的な社会において、周囲の人々が夫の報復を恐れてハラスメントの証言を拒む逆境のなか、主人公のバーヌはいかにして闘っていくのか。息子への愛情がほとばしるバーヌを演じたターミナ・ラファエラが、監督と脚本を務める。本作で監督デビューした彼女の、“いまこそ変わらなければ”という熱い想いをとくと味わいたい。ジャファル・パナヒ監督作やハナ・マフマルバフ監督作で編集を手掛ける、マスタネー・モハジェルによるスピード感あふれる編集にも注目したい。

■人生の苦さと生命の美しさを描く『助産師たち』

一方、5年の修行を経て「世界で最も美しい仕事」と言われる助産の仕事に就いたルイーズソフィアの奮闘を中心に、産科医療の現場を描き出す群像劇『助産師たち』は、人生の苦さと生命の美しさ、理想と現実を垣間見せる作品だ。監督は、『愛について、ある土曜日の面会』(09)のレア・フェネール。長編3作目となる本作は、12年前に母親となった監督自身が病院で遭遇した経験が発端となっているという。我々は医者にすがりたくなるが、彼らだって神でも魔術師でもなく、苦悩や痛みを味わいながら、死と生に対峙しているのだろう。そんな彼らの実情や病院の実態など、誰もが広く知見すべきドラマも見逃せない。

■「視覚の共有」による独創的映像で心揺さぶる『マイマザーアイズ

『写真の女』が2020年の当映画祭でSKIPシティアワードを受賞した串田壮史監督による『マイマザーアイズ』は、母と娘の少し不思議な体験が紐解くサイコサスペンス。交通事故で視力を喪った母がつけるカメラ内蔵コンタクトレンズと、負傷した娘が装着するVRゴーグルにより、2人は一つの視覚を共有することに。串田いわく「まぼろしの身体を通じて、真実の愛に到達する人々の物語」は、オリジナリティあふれた映像マジックに酔いしれそうな、特別な映像体験になるだろう。

今年は“母の視点”から描かれた社会のあり様、母と子の関係性や母という生き物について、本映画祭からとくと考えさせられることになるだろう。

文/折田千鶴子

『シックス・ウィークス』など母の生き方に迫る秀作をレビュー/[c]Sparks Ltd.