俳優だけでなく、音楽活動家、声優などアーティストとして多彩な表現活動を続けているのん。日本映画専門チャンネルでは「のんのいま」と題して、脚本、監督、主演を務めた劇場長編デビュー作『Ribbon』(22)や、『さかなのこ』(22)など4作品が7月に放送される。そこで番組の特集タイトルにちなみ、MOVIE WALKER PRESSでは7月13日に30歳を迎えたのんの“いま”について直撃インタビュー!『さかなのこ』と『Ribbon』の撮影を振り返りながら、表現することの喜びやきっかけ、俳優・アーティストとしての今後のビジョンを語ってもらった。

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■「“男か女かはどっちでもいい"というスローガンが背中を押してくれました」

タレントや学者として活躍するさかなクンの自叙伝を、『横道世之介』(13)などの沖田修一監督がフィクションを交えて映画化した『さかなのこ』。のんが演じたさかなクンがモデルの主人公・ミー坊は、のんを当て書きしたキャラクターだ。この性別が異なるキャスティングについてのんは、「お話をいただいた時は、『私がやっていいんだ?』と思ってビックリしました。でもホン(脚本)読みに行ったら、ホワイトボードに『男か女かはどっちでもいい。沖田』という貼り紙がしてあって。そのスローガンが背中を押してくれましたね」と当時を振り返る。

撮影に入る前に、さかなクンの動画を見て物腰や声を研究したと話すのんは、さかなクンという人物について、「お魚のことを知りたいという欲望を止めない、ブレーキをかけないところがやっぱりスゴい。“好き"をあそこまで純粋に貫くことはなかなかできないと思うので、私も演じる時は“好き"に複雑さがない所を大事にしました」と語る。

■「賞というわかりやすい形で褒めていただくと、本当に気持ちがいいです」

この“好き"に向かって進んでいくさかなクンは、のんにも近いのでは?と問うと、「そうですね。さかなクンと話していて共感することも多かったです。好きなことがあるとやっぱり幸せなんですよね。そこに身を浸して頑張れる。苦痛が苦痛じゃなくなるんです」としながらも、「私は“好き"を貫き続けられるスパンが、さかなクンと比べると結構短いんです」と自身との違いを話す。

「私は演技に集中したら疲れちゃって、休まないと次に行けなくなるんですけど、さかなクンはずっと魚のことをやってるじゃないですか。多分、毎日のように朝の3時とか4時に船に乗って魚を捕りに行ってるんですよ。お昼ごろに会うと、いつも目が開いていないですから(笑)」と、さかなクンのスゴさを強調した。

さかなクンの精神と生き様を体現した『さかなのこ』で、のんは第46回日本アカデミー賞の優秀主演女優賞と第32回日本映画プロフェッショナル大賞の主演女優賞を受賞。「めちゃくちゃうれしかったです」と笑顔を見せるのんは、「自分が出演したり監督した映画を観てもらえることが、一番うれしいことなのですが…、やっぱり個人的には褒めてもらいたいです(笑)。賞というわかりやすい形で褒めていただくと本当に気持ちがよくて、『よっしゃー!』って感じになりますね」と、受賞時の心境を語った。

■「『Ribbon』を作ったことで、あの辛い時期を乗り越えられたような気がします」

そんなのんが、『Ribbon』を自らの脚本、主演で監督することは必然だったのだろう。本作は、コロナ禍で大学の卒業制作展が中止になり、1年かけて制作した絵画を自宅に持ち帰ることになった美大生・いつかの複雑に揺れ動く内面を、のんならではの映像美と語り口で描いている。

2020年、コロナ禍の影響で仕事が全てストップしてしまった時に制作を始めたとのんは話す。「家でじっとしていられなかったから、緊急事態宣言が出た時にすぐ脚本を書き始めました。もともと準備していたフェスもコロナで中止になって、みんなに『中止です』ってなかなか言えなかった時の悔しさを『Ribbon』に込めています。でもこれを作ったことで、あの辛い時期を乗り越えられたような気がします。それぐらい大切な作品ですね」。

数多くある表現の手段から“映画”を選んだことに、のんなりの考えがあるという。「映画はフィクションだからこそ、伝えたいことが直球で伝えられる気がしました。普段は言えないようなことでもセリフなら言えるし、私のなかの『伝えたい!』という気持ちの勢いと、映画がうまく合致したのだと思います」。

さらに、自ら主演したことにも明確な理由があると続け、「自分になら気兼ねなく厳しくできますよね。それに、撮っている人(監督)と同じ脳みそを共有している人が、真ん中で演技をすれば、自分が求めるムードやイメージが最短で実現できる。そこがいいんです」ときっぱり。

「演者としても、瞬発力が磨かれたような気がします。演者だけやっていると、待ち時間が長くなった時、眠くなっちゃうんですよ(笑)。なので、身体を起こして、五感を敏感にするのが大変だったりするんですけど、監督をやっていると脳みそが常にフル回転しているから、アドレナリンが出続けている状態で素早く動ける。エンジンをかけっ放しの状態にしておけばいいんだなっていう感覚をつかめたのもよかったですね」。

■「脚本を書いている時は可笑しくて好きなところが、実際にやると感情に刺激されなくて」

話を聞けば聞くほど、監督と演者の二刀流を極めながら、のんのなかで表現者としての思考が渦巻いているのが伝わってくる。そこで『Ribbon』の劇中にある、卒業制作の絵を勝手に捨ててしまった母親に、いつかがキレる具体的なシーンの演出と芝居について尋ねると、「あそこは、どっちの立場にも共感できるシーンにしたかったんです」と瞬時に返ってきた。

「“お母さんが絶対に悪い”という見え方にはしたくなかったんです。でも、お母さんを演じていただいた春木みさよさんには、作品のテーマを伝えただけで、芝居の演出は特にしていなんです。娘さん相手に稽古をしたそうで、『ウザい!って言われたから、よし!と思ってきた』と話してくれて、絶妙な感じのお母さんをやってくれました」と、春木の演技を絶賛する。

一方で、同じ場面での自身の芝居に対するジャッジは手厳しい。「いつかが、自分の部屋にあった“なにか”がなくなっていることに気づくのを、グラデーションのように描いたシーンです。それまで美味しいご飯を食べていてご機嫌だったのに、少しずつ違和感を察知して、ついに爆発します。脚本を書いている時は、お茶碗とお箸を持って怒るという状況が自分でも可笑しくて、好きだったんですけど、実際にやってみたら意外と感情に刺激されなくて。あれは難しかったです」。

■「私にとって表現することに喜びを感じることは、生きていくうえで必要」

表現せずにはいられない。そのことはのんのイキイキとした張りのある言葉や、『Ribbon』の劇中の「世の中の人たち達みんな、芸術なんかなくたって生きていけるんだって」という、いつかの反語のようなセリフが象徴的に伝える。

「私は、芸術がなかったら生きていけないと思います。『身体が動いて食べてれば生きていける』って言われたら、そりゃそうなんですけど。『あまちゃん』をやる前に、役が決まらなくて鬱屈していた時期があったんですが、その時不安になって妹に電話で『私、この仕事してなかったら、どうしていたと思う?』って聞いたことがあるんです。そしたら、『その辺で、のたれ死んでいたと思う』って言われまして(笑)。それぐらい、私にとって演技したり絵を描くことが好きだったり、表現することに喜びを感じることは、生きていくうえで必要なことなんですよね」。

そんなのんが、表現することに喜びを感じるようになったのは幼稚園児の時まで遡る。「節分の日に、鬼の絵を描く時間があったのですが、みんなは赤とか青とか緑とかのカラフルな鬼を描いていたんですよ。でも私は一番カッコいい鬼にしたくて、黒だけで描いたんですが、そしたら私の鬼だけが絵の展覧会で飾られたんです。すっごいうれしくて。このことが自信になって、絵を描いたり表現することが好きになりました」。

■「“好き”を追求したり、大切にすることが、自分を豊かにするんじゃないかな」

6月28日には高橋幸宏とのコラボ楽曲「Knock knock」も収録した、2nd Full Album「PURSUE」をリリース。音楽活動だけでなく、次なる監督作の構想もあるというのんの“好き”は止まらないし、様々な形でこれからも発信され、受け取った人たちを笑顔にするに違いない。そこで最後に聞いてみた。“好き”を仕事にするにはどうしたらいいのか?

「う~ん、難しいですね。『さかなのこ』では、自分の“好き”を大切にすれば、生活が豊かになっていくんだなということを実感しました。それがすぐ仕事に繋がるわけではないので難しいけど、自分の“好き”に敏感になることは大切だと思います。それをどんな風に好きなのか、自分の気持ちに目を向けてみると、同じようなものでも好きなものと嫌いのものとが明確になってきますよね。そんな風に自分の“好き”を追求したり、大切にしていたら、それが自分を豊かにするんじゃないかと思うんです。あ~難しい! 難しい質問だった(笑)」。

取材・文/イソガイマサト

俳優・アーティストとして多彩な活動を行うのんに、直撃インタビュー!/撮影/河内 彩 スタイリスト/町野泉美 ヘアメイク/菅野史絵