くすぶっている若手芸人が集まった「湘南劇場」を舞台に、ブレイクをめざしてもがく姿を描くオリジナルドラマ『あいつが上手で下手が僕で』(通称:カミシモ)。今年4月から日本テレビ系列でシーズン2が開始し、ついに6月13日に最終回を迎ました。同作はドラマと同じキャストで舞台化も果たします。

主演を務めるのは荒牧慶彦さん。そのほか和田雅成さん、崎山つばささん、鳥越裕貴さん、陳内将さん、梅津瑞樹さん、橋本祥平さん、田中涼星さんなどが出演。人気俳優が勢揃いの豪華なキャスティング故に、恐らくこのドラマを視聴するのは「お笑いファン」より、俳優さんのファンの方が多いのではないでしょうか。

しかし若手芸人でありこの作品のファンであるライターの住岡さんは、「お笑いファンにも見てほしい!」と鼻息荒く伝えます。なかでもその“芸人ぶり”に驚愕した人物とは?

『あいつが上手で下手が僕で』日本テレビ公式サイトより

『あいつが上手で下手が僕で』日本テレビ公式サイトより

若手芸人にぶっ刺さる、凄い作品だ

私は芸歴数年の地下芸人だ。お笑いの養成所を卒業し、ライブを中心に活動する平均的な「若手芸人」と呼ばれる位置づけの存在である。「湘南劇場」でくすぶる芸人達とほぼ同じような境遇にいる。

ちなみに「湘南劇場」は客が大体3人しかおらず、劇中で「遭難劇場」と呼ばれているが、湘南に行かずとも平日の新宿のライブハウスでも遭難することは可能。客が2人に対して、芸人が40人くらい出演するライブが地下ライブには普通にあったりする。

ところで、医療ドラマは医療従事者が見たら「ファンタジーみたいなもの」だと感じるという話をよく聞く。しかしながら、この『カミシモ』。若手芸人がぶち当たる壁や抱える悩みを繊細に、詳細に描き切っている。

明るくポップで面白いのに、「イケメンたちがお笑いやるなら見るか~」と軽い気持ちで見た若手芸人の心にぶっ刺さる、すごい作品だ。以下で「すごい」ポイントについて述べていこうと思う。

話題作『だが情熱はある』と比較した『カミシモ』

実は同時期にはもうひとつ「芸人」をテーマにしたドラマ作品が放送されていた。オードリー若林正恭さんと南海キャンディーズ山里亮太さんの下積み時代、そしてブレイク後の苦悩などを描く『だが、情熱はある』日本テレビ系)だ。

若林さん役を髙橋海人さん(King & Prince)、山里さんを森本慎太郎さん(SixTONES)が演じる。

この作品も、もちろん「すごい」。ほぼノンフィクションとなっており、高い再現性が毎週トレンド入りするなど話題となっている。若林さん・山里さんを演じる髙橋さん・森本さんが、それぞれの喋り方や仕草が本当にそっくりで、毎週見るたびに新鮮に驚く。

また漫才を完全コピーしてみたり、実際にあった事件を描くなど、両コンビファンからするとたまらないくらい細かく表現されている。

ドラマ「だが、情熱はある」オリジナル・サウンドトラック(バップ)

ドラマ「だが、情熱はある」オリジナル・サウンドトラック(バップ

今でこそスターになった2人も若手の頃に絶望したり取り返しのつかない失敗をしたりするんだ、と鑑賞しながら感慨深く思ったりする。

対して『カミシモ』。こちらは当然だが、完全にフィクションである。出演者は2.5次元舞台などで活躍する俳優を揃えているため、もれなく抜群のイケメンだ。『だが情熱はある』の主演お二人ももちろんイケメンだが、ある程度ビジュアルも若林さんと山里さんに寄せており、脇役やエキストラには多くの若手芸人を起用している。

「ここを突くか!」と唸るテーマ

『カミシモ』はどちらかというとキャラクターが2次元寄りの感覚がする。というのも、こんなに小綺麗で顔が整った芸人は正直いない。楽屋でわちゃわちゃするシーンのときもとても爽やか。

実際の若手芸人が集う楽屋は夏でも冬でも臭い。この辺りは「ファンタジーだな」と感じるし、視聴者の人も「芸人をテーマにした青春ドラマね、面白いね」と楽しんで鑑賞しているかもしれない。

だが『カミシモ』のすごい所は、扱うテーマにある。若手芸人の私からしたら「ここを突くか!」と痛いくらいのポイントが勢ぞろいしているからだ。

芸人志望にも見てほしいシビアな現実

ここでは、シーズン2を例に説明する。毎話ごとに売れるためにクリアしなくてはならない「課題」が設けられ、クオリティによってランキングがつけられるため、各コンビはより上をめざして奮闘していくストーリーとなっている。

「リアクション芸」「エピソードトーク」「SNS」「営業ネタ」「キャラ芸」などが課題に上がるのだが、正直どの課題も若手芸人が売れるために本当に必要な事で耳が痛すぎる。売れている先輩たちはこのどれかを極めているし、若手芸人たちはどれかをモノにしてブレイクしようとして試行錯誤している。人気で格好良い俳優さんたちを揃えてポップにデフォルメしながらも、描いているテーマが芯を食いすぎている。

「お笑いファン」にも見てほしいと言ったが、お笑い芸人や芸人をめざしている人こそ『カミシモ』は見た方がいいかもしれない。

『あいつが上手で下手が僕で シーズン2』日本テレビ公式サイトより

『あいつが上手で下手が僕で シーズン2』日本テレビ公式サイトより

そして『カミシモ』は容赦がないので、芸人たちが演じる漫才コンビ「エクソダス」は苦手な分野では最下位を取ってランキングが急落したりする。絶対に自分のせいなのに相方や周囲を責めたり、笑わない客のせいにしたりする様子なんて、全若手芸人が寝込むくらいのぶっ刺さり方をすると思う。

寝込みたくなるほど、芸人の苦悩を的確に表している

また、「細かいけどそこを突くのか!」と感心してしまったのは第5話。染谷俊之さんと和田琢磨さんが演じる「ラストワルツ」は芸歴15年で、かつて若手実力派として注目を集めていたが、今ではすっかり迷走中だ。

第5話では、賞レースのラストイヤーとなるラストワルツのテレビ出演と3回戦の日程が被ってしまう様子が描かれる。こんな究極の選択、芸人なら想像するだけで悶絶してしまう。

シチュエーションも超リアルで、例えば賞レースの「決勝」と「番組出演」なら芸人は満場一致で「賞レース」を選ぶ。「3回戦」が一番迷うラインだ。例えばM-1だと準決勝まで進むと大きく箔がつくが、3回戦進出くらいでは「箔がつく」とは言い難い。

だが実は賞レースは「2回戦」が鬼門であり、2回戦の倍率は『M-1』だとプロで約10~12%、アマチュアだと1%以下だとも言われている。

つまり2回戦を突破した時点で、「今年は行けるかも」と強く感じてしまうのが芸人のサガだが、その上には準々決勝、準決勝、決勝と信じられないくらい高い壁が立ちはだかっている。

それくらいなら現実的に「番組出演」を選んで、番組で爪痕を残す方が有益ではないか……という「究極の選択」である。ましてやラストイヤーの「ラストワルツ」の苦悩は、見ている私まで倒れそうだった。

鳥越裕貴の漫才が上手すぎる問題を考える

でも「賞レースでの優勝」は、芸人の夢だ。カミシモはこのような「夢にかける思い」と「厳しい現実」を的確に表すのに長けた作品である。そして個人的には最終回となる第8回の課題が「ネタ」なのが熱すぎる。

売れるために色々な武器を身につけなければならないが、本分である「ネタ」をおろそかにしない重要性を踏まえているあたり、『カミシモ』は芸人のリアルを描いているのだなと感動した。

『あいつが上手で下手が僕で シーズン2』日本テレビ公式サイトより

『あいつが上手で下手が僕で シーズン2』日本テレビ公式サイトより

先ほども述べたが、カミシモのキャストは全員よい意味で「芸人」に見えない。その理由としては顔が整いすぎていたり、小綺麗で清潔感があることに起因している。

例えば荒牧さんと和田さんが本当に芸人であったとしたら、とてつもなく面白くなくても食っていけるくらいのファンがつく可能性はある。それほど現実感がないくらい、地下芸人としてはビジュアルが良いのだ。

ただ一人、「え?こんな人先輩にいるよな」「楽屋で見たことあるな」と思わされる人がいる。漫才コンビ「らふちゅーぶ」のツッコミ担当・蛇谷明日馬を演じる 鳥越裕貴さんだ。もちろん鳥越さんのビジュアルも抜群だし清潔感もあることは間違いない。なのに何故か「芸人」に見えるのだ。

ちゃんと“芸人に見える”という凄さ

カミシモは2021年に舞台化。劇中ではフル尺で漫才を堪能することができる。ネタはどの組もめちゃくちゃ面白く、「俳優さんたちの表現力すげ~!」と感動した。なかでも鳥越さんには度肝を抜かれてしまった。

喋りやツッコミの間、抑揚、表情など、どれをとっても漫才が上手すぎて感動を通り越して仰天した。

私は元々お笑いが好きなので、ライブに出演すると袖などで先輩たちのネタを見ることにしている。恐らく年間でいうと300ネタくらいは見ていると思うが、劇場で負けなしの先輩たちと同じくらい鳥越さんが上手い。

もっと言うと、サンパチマイクを触る仕草、つっこむ角度、お客さんへの視線のやり方なども、とても「芸人」っぽい。演じるのではなく、本当にネタをたくさんやった人が行きついた動きになっていた。

『鳥越裕貴アーティストブック COLORS』(ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス)

『鳥越裕貴アーティストブック COLORS』(ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス)

他のキャスト陣も演技力がある方々ばかりなので、もちろん上手い。だが鳥越さん「上手い」は演技だけが上手いのではなく、「漫才」が上手い。芸人の目から見ても芸人に見える。

まず最初に断っておきたいのだが、 鳥越さんのビジュアルも抜群だし清潔感もあることは間違いない。なのに何故か「芸人」に見える。

私はミュージカル『刀剣乱舞』 で鳥越さんが演じた大和守安定の大ファンだ。可愛くて強くて、一目見てすぐにファンになった。あの可憐な安定を演じた鳥越さんが、どうして一番「芸人」に見えるのか、真剣に考えてみた。

“芸人”と“俳優が演じる芸人”の違いとは?

その理由のひとつに「発声や喋り方」があると思う。

ナイツさんがパーソナリティを務める『ザ・ラジオショー』(ニッポン放送)で、ゲストとして出演したドランクドラゴン鈴木拓さんが「俳優と芸人の発声の違い」について持論を語ったことがある。

鈴木さんは「俳優が芸人の役を演じて漫才やコントをやるときに違和感がある」といい、その理由として「芸人は喉で声を出すけど、俳優は腹式呼吸で声を出すから、間とかリズムが違う」と分析していた。(2022年10月3日放送回より)

恐らくだが、鳥越さんは「芸人の喋り方」をしているのだと思う。

コンマ数秒の世界で完璧にツッコむ

なので間とかリズムが芸人とぴたりと合うのかもしれない。コンマ何秒の世界の話だと思うが、完璧にタイミングを合わせて的確に突っ込んでくれている。演じているというより、「ネタ」をやってくれている気がする。

試しに芸人仲間に上の動画を見てもらったところ、やはり満場一致で鳥越さんが上手いと言っていた。最終回を迎えたばかりの『カミシモ』だが、鳥越さんのツッコミをもっと見たいので、今後も長く続いていってほしいと願うばかりだ。

どんだけ「お笑い」に真面目なんだ、カミシモ!

最後に忘れてはならない『カミシモ』の魅力は、舞台上ではフルに面白いネタを見せてくれるところだ。キャスト陣の熱量を感じる漫才を、あんなに豪華に堪能できる作品は他にないのではないだろうか。

現在予約受付中のBlu-ray・DVDボックスでは100分超のメイキング映像のほか、ラストライブで7組が披露したネタの完全版が収録されたスペシャルDVDが付属する。7組が披露した渾身のネタを収録してくれるなんて、どんだけ「お笑い」に真面目なんだ。嬉しいです、ありがとうございます。

そして『カミシモ』を見て「お笑いって面白いな」と少しでも思ってくれた人は、ぜひ一度劇場に足を運んでみてほしい。都内だと平日・土日に関わらず毎日どこかしらでライブが開催され、無料で見られるものもあったりする。

生のお笑いを見て、「これカミシモで見たやつだ!」と感動してほしい。そして「カミシモ」の制作陣、スタッフ陣がどれだけ繊細に芸人たちが奮闘する姿を描いてくれたか実感してほしい。

若手芸人からみた『あいつが上手で下手が僕で』は最高でした。とにかく続編を願って、待機してみようと思います。

(執筆:住岡)

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ドラマ「あいつが上手で下手が僕で」

お笑いライブハウス『湘南劇場』―。
<遭難>劇場と揶揄される寂れた劇場へ“島流し”された8人の芸人たち。
「ここを脱出しないと、芸人としての未来は無い…!」
絶対絶命絶望手前のこの状況、どんな手を使ってでも脱出すべく、時に手を取り、時に蹴落とし合いながら、芸人としての賞味期限までのカウントダウンが始まる!
家族でも恋人でも親友とも違う、『相方』という距離感が生み出す友情・喧嘩・嫉妬、そして笑い。
個性豊かなニコイチたちが、劇場からの脱出のため奮闘し、共闘する、芸人青春群像劇!!

出演:荒牧慶彦、和田雅成、鳥越裕貴、陳内将、梅津瑞樹、橋本祥平、田中涼星
石田剛太、酒井善史、角田貴志、町田マリー、指出瑞貴、島田桃依/崎山つばさ