東京・新宿歌舞伎町で4月に開場したTHEATER MILANO-Zaオープニングシリーズとして、7月9日(日) より上演中の『少女都市からの呼び声』。フランスのアヴィニョン演劇祭をはじめ、カナダやアメリカ、オーストラリアなどでも上演され、海外でも高い評価を受けている本作。今年6月には新宿梁山泊第74回公演として、劇場からもほど近い花園神社にてテント初上演された唐十郎の傑作戯曲に、関ジャニ∞の安田章大、元宝塚歌劇団雪組トップ娘役の咲妃みゆが挑み話題を呼んでいる本作のオフィシャルレポートが到着!

少女都市からもう戻りたくない

はぁ、どうしよう、楽しい。観ている間ずっとワクワクしてる。ワケがわからない。でも楽しい。かと思うと切なくて胸が痛い。バカバカしくて涙が出る。美しすぎて泣けてくる。艶かしさにドキドキする。狂気に鳥肌が立つ。でも楽しい。ともかくこんなに感情を揺さぶられる体験はそうそう出来ないと断言しよう。これでもかと畳み掛ける豊穣なイメージの激流に身を任せ、飽きる暇なし、瞬く間のノンストップ2時間だ。

「見どころを一言でお願いします」とかもし訊かれたら軽く殺意を抱く自信がある。そんなもん一言で言えるようなら、わざわざ劇場でナマの体験なんかしないのじゃ! 特にこれは唐十郎作品である。巷で見かける「映画まとめサイト」みたいに、「あらすじ」的なもので要約されてたまるか、というか、絶対に要約なんて不可能だ。むしろ、頭で理解しようとすると脳みそがバグを起こすだろう。余計なことを考えず、頭を空っぽにし、五感の全てを使って、目の前で起きるめくるめく世界を受け入れ、役者たちが発する言葉と熱気をそのまま浴びていれば、唐ワールドの陶酔が待っている。

何しろ演出の金守珍は、この作品と40年にわたり付き合ってきてなお、「まだ実験中」「やっと自分なりに形になってきた」と語るほどだ。唐十郎と並んで金が師と仰ぐ蜷川幸雄は、生涯で『ハムレット』を7回演出したが、『少女都市からの呼び声』は金にとってもそれに匹敵する、底知れない磁力を持った作品ということだろう。THEATER MILANO-Za公演の直前には、自身が率いる新宿梁山泊の紫テント版『少女都市からの呼び声』を上演したばかりだが、生々しく猥雑で、母の胎内で繰り広げられる見世物小屋的エネルギーが充満していたテント公演から、大空間に場を移しても熱気はそのままに、胎児の夢宇宙的規模で時空を超え、手術室から満州まで(何のこっちゃと思うかもしれないが観ていただけばわかる)、主人公・田口の夢の旅路がよりポップに展開する、繊細できらびやかなファンタジーとなった。無数の「子宮の涙」が溢れるクライマックスはテント版をさらにスケールアップさせたド迫力で、ただ呆然と酔いしれるばかり。

もともと小さな空間で上演されてきた作品でありながら、「薄まった」「スカスカの」印象がないのは、唐作品を愛する金のもと、役者もスタッフも関わる人々すべての熱量の高さが客席にも伝わるからだろう。とりわけその中心に立つ安田章大は、念願の唐ワールドに完全同期し、いきいきと水を得た魚の如き躍動ぶりだ。三日三晩の夢の中で彼が探し続ける“妹”は、現世では永遠に会うことのできない自分自身の片割れ。一心同体のはずなのに同床異夢で、心の底から求めているのに一緒には生きられないもどかしさと切なさを迸る熱情で体現し、場内の体感温度をぐっと引き上げる。その妹、雪子を演じる咲妃みゆがまさにガラスの少女そのもので、儚く悲しく美しく、でもどこかすっとぼけた愛嬌と狂気を孕んで絶品だ。雪子がひらひらと舞い歌えば、そこはスウェーデンの城! になる。何が何だか分からないけど、これが美しくて泣けるのだ。フランケンシュタインならぬフランケ醜態博士はガラスの世界を跋扈する異形の存在だが、人造人間らしき半身は敗戦の満州に置き忘れてきたらしい。三宅弘城の博士は恐ろしい怪物ではなく、バカ哀しい滑稽さと隣り合わせでどうにも憎めず、桑原裕子の助手ともども、今度は何をしてくれるのかとつい登場を待ち侘びてしまう。

と、金が言う「適材適所」に尽きる配役の妙を挙げ出すとキリがないのだが、満州を彷徨う連隊長として突如歌い上げる風間杜夫が自在に空気を操り、劇中にたびたび登場する「オテナの塔」に向かう老人コンビの六平直政と肥後克広が、時に残酷でもあるファンタジック・ホラーの隙間をゆるゆるとほぐしてくれる。なのになぜだか物悲しくて、やっぱりじんわり泣けてくるのだ。一方で、現実の田口に付き添うキーパーソン、細川岳演じる有沢と、いかした名前のビンコに扮する小野ゆり子のカップルが、昭和の匂いを感じさせつつもあくまで唐ワールドの住人として舞台上に存在しているのが頼もしい。夢も現(うつつ)も、その境界が混沌としていくのが唐戯曲の醍醐味だ。キュートにカリカチュアライズされた「子宮虫」たちの毒っ気ある可愛らしさも忘れがたい。

開幕直前には田口の歌唱シーンが急遽追加されたそうだが(安田の芝居歌が唐作品らしさ満載でイイ)、もともと戯曲にあった劇中歌だけでなく、音楽も盛って盛って盛りまくる。とにかく「盛る」がアングラの矜持と見た。そしてどんなに装飾を施してもびくともしない唐戯曲の強度にも改めて驚嘆させられる。大正琴の哀切漂う合奏の迫力、ガラスの世界と満州と現世を縦横無尽にビジュアライズした美術と映像、劇世界を増幅させる照明と音響、キャラクターを際立たせる衣装とヘアメイク、舞台空間にリズムを生む踊りと、金演出の熱量に呼応するスタッフワークの総合力は特筆に値する。

この摩訶不思議な少女都市に絡め取られ魅入られると、もう現世に戻りたくなくなってしまう。自分だけの感じ方を探しに、決して倍速視聴ができない世界に迷い込んでみてほしい。観劇後にラムネが飲みたくなったら、もはやあなたも少女都市の住人である。

文:市川安紀 撮影:細野晋司

<公演情報>
THEATER MILANO-Zaオープニングシリーズ/COCOON PRODUCTION 2023
『少女都市からの呼び声』

【東京公演】
2023年7月9日(日)~2023年8月6日(日)
会場:THEATER MILANO-Za(東急歌舞伎町タワー6階)

【大阪公演】
2023年8月15日(火)~2023年8月22日(火)
会場:東大阪市文化創造館Dream House 大ホール

チケットはこちら
https://w.pia.jp/t/shojotoshi/

THEATER MILANO-Zaオープニングシリーズ/COCOON PRODUCTION 2023『少女都市からの呼び声』より